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顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
本編

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樹海 4


 人というのは、頭に血が上ってキレていたとしても、自分以上にブチ切れた人を見ると冷静になってしまうらしい。

 それを今、私は身をもって経験した。


 「消えろぉ!」


 体中から黒い霧を吐き出す巡が、目の前に居る大量の『上位種』を睨みながら叫ぶ。

 普段からは考えられない程の剣幕、肌で感じ取れるほどの殺意。

 その『感覚』を向けられた『上位種』の数体が、彼女から伸びた影に頭から飲み込まれ、そして文字通り消滅した。


 「く、黒家さん……? 急にどうしたの? ねぇこれ何が……」


 彼女の後ろに居る椿先生が腰を抜かしたのか、尻もちを付いた状態で震えながら巡を見上げている。

 椿先生の瞳にはどこまで映っているのか定かではないが、とても恐ろしいモノを見せられている事は分かるんだろう。

 離れた場所に居る私ですら、巡の放つ黒い影が恐ろしくてたまらないのだ。

 一番近くに居る椿先生にとっては、そりゃもうトラウマ級の代物だろう。


 『ほぉ、中々まともに扱える様ではないか。 面白い、やはり面白いぞ娘』


 ニヤニヤといやらしく笑う”烏天狗”の声に、巡が反応を示した。

 視線で相手が殺せるなら、間違いなく殺傷力がありそうな視線で睨みつけている。


 「死ね!」


 『力比べでもしてみるか? 小娘』


 両者から伸びる影が中間地点でぶつかり合った。

 物質感は無いのに、その衝撃が辺り一面に広がっていく。

 視線が黒い影で遮られていく、その時だった。

 巡が一瞬だけ私に視線を向ける。

 そして何かをポーチから取り出す素振りを見せると、彼女は周りに視線を移した。

 あぁ、なるほど。


 「俊君動くよ! 私は巡とつるやん、俊君は椿先生をお願い! 天童君は全力ダッシュ!」


 「え? あ、はい!」


 言うと同時に走り出し、すぐさまつるやんを抱える。

 視界の端では俊君が椿先生を抱えて、天童君に「走りますよ!」と叫んでいた。


 「巡!」


 「皆こっちを見ないで下さいね!」


 両手に持った計4つのソレを、彼女は”烏天狗”に向かって思い切り投げつけた。

 慌てて視線を反らしながら、巡の体を抱えて走り出す。

 一瞬遅れて、背後から強い光が輝いたのが分かった。

 懐かしき巡特製閃光手榴弾モドキ。

 思わず視線で追いかけてしまったらしい椿先生だけは、目を押さえて悲鳴を上げていたが、今は構っている暇がない。


 「効いたかどうかわかりません! さっさと逃げましょう!」


 巡の声と同時に、私たちは足を動かした。

 どうかしばらくは追いかけてこないでくれ、むしろ光に焼かれて失明しろ。

 心の中で悪態を吐きながら、川の下流だと思われる方向へ進んでいく。

 一度は取り乱したが、草加先生の事だ、きっと大丈夫。

 今はそう信じるしか、冷静を保つ術がないのだ。

 皆不安そうな面持ちだが、誰も不安を言葉にする事は無かった。


 とにもかくにも、今は走るしかできない。

 少しでも遠くへ、草加先生を探しながら逃げる。

 結構無茶な作戦だけど、誰も文句は言わずただただ走り続けた。


 ————


 しばらく走り続けたが、今の所”烏天狗”が追ってくる事も浬先生が見つかることも無かった。

 正確に言えば私は抱えられてるので、走ってはないのか。

 変化がまるでない様に見えた逃亡劇だったが、やがて目の前に一軒の山小屋? らしきものが現れる。

 ただただ樹海が広がっていた”迷界”の中に、ポツンと建っているソレは余りにも怪しいが、皆の顔には疲労が色濃く滲んでいる。

 一度休むべきか、休むにしても建物に入ってしまっていいのか。

 ちらりと黒家先輩の方へ視線を投げれば、彼女も同じ事を悩んでいるのか難しい顔で小屋を睨んでいた。


 「どうする? 巡」


 やがて全員の視線が黒家先輩に集り、彼女は諦めた様にため息を吐いた。


 「入ってみましょう、このまま闇雲に先生を探しても見つかる保証はありませんし、なにより休憩が必要です。 屋外で周り全てを警戒するより、幾分か楽になる……かもしれません」


 正直どちらも危険は伴うだろう。

 明らかに怪しい建物に踏み込むのは勇気が居るが、『迷界』の中では怪異達も壁を抜けたりは出来ないと聞いている。

 だが今回ばかりは相手が相手だ。

 急に現れたりする怪物ジジィなのだ、結局警戒を解くわけにはいかないだろう。

 どっちにしても下策、なら少しでも気持ち的に楽な方という選択だったんだろうか。

 とはいえ彼女の判断を責める者も、反対する者は居なかった訳だが。


 「それじゃ入りましょうか、俊と夏美が先行。 椿先生と鶴弥さんを挟む形で私と天童君が後ろに着きます」


 早瀬先輩の腕を離れた黒家先輩が、迷いなく私たちに指示を出す。

 恐らく怪異に対して力がある人間と、そうでない人間を組み合わせてある程度どこから来ても対処出来る様にと考えたのだろう。

 真ん中に配置された私の役目は間違いなく”結界”を張る事。

 前方後方どちらから怪異が襲ってきても、しばらくは時間が稼げる。

 その間に音叉の調整を行う、それが私の役目。

 やはり速攻性の無い私は、どうしても裏方に徹する事になるのだ。

 そこに不満はない。

 ないが……どうしても足を引っ張ってしまっている感覚が付きまとう。


 「行きますよ? 俊と夏美は準備を、急に襲ってくる事がないとも限りません」


 警戒した面持ちで両者が頷けば、黒家先輩が山小屋の扉を勢いよく開いた。

 次の瞬間には先行組が勢いよく屋外に踏み込み、構えたまま周囲に目を光らせる。

 しばしの沈黙、そして戦闘態勢を維持したまま頷く二人。


 「椿先生、行きましょう」


 「え、えぇ……」


 へっぴり腰の椿先生の手を引きながら、建物の中に入り二人の後に続く。

 もう片方の手には音叉を強く握りしめながら。

 建物の中はそう広くない。

 廊下は薄暗いが、先に見える部屋では窓から差し込む光が見える。

 ゆっくり進む二人と歩調を合わせて進めば、すぐ後からは天童先輩と黒家先輩が入ってくる。

 天童先輩は屋内を、黒家先輩は屋外を警戒しながら。

 なんというか、自然とそういう行動が取れる皆が羨ましい。

 私なんて、椿先生の手を引きながら周りをキョロキョロと見回す事くらいしかできない。

 そんな力不足の自分が、こんな場所にきて露見してしまい思わず奥歯を噛み締める。

 もう少し私に出来る事はないんだろうか?

 皆の様に、確実に力になれる何かが、私にはないんだろうか?

 このメンバーと共にいるからこそ、そんな感想を抱いてしまう。


 「リビングまで抜けるよ、皆ちゃんと付いて来……つるやん? どうしたの?」


 金色の髪を揺らす早瀬先輩が、首を傾げながら呟いてくる。

 いけない、一番足を引っ張っている人間が皆に気を使わせる事態に陥ってしまっては、迷惑を掛けるばかりだ。


 「いえ、なんでもありません」


 静かに首を振れば、早瀬先輩は再び前を向きゆっくりと前進していく。

 そうだ、これでいい。

 私はなるべく皆に迷惑を掛けないように……


 「鶴弥さん」


 黒家先輩の落ち着いた声が、周囲に響き渡った。

 視線を向ければ相変らずこちらに背中を向けている先輩が、ゆっくりと息を飲むのが分かった。


 「私や貴女は感知するのが仕事です、警戒を緩めないで下さい。 そしていざという時は、貴女の作る”結界”が全員の生命線になります。 貴女が要です、最重要な存在なんです。 気持ちは分からなくもないですが、今は集中してください」


 静かに、そしてはっきりと伝わる警告を彼女は言い放った。


 「黒家さん、そんなプレッシャーになる様な事言わなくても……」


 「重要な事です。 私たちにとっても、彼女にとっても」


 反論する天童先輩に対して、黒家先輩は容赦のない言葉告げる。

 だが、私とって二人の言葉はこの上ない励みになった。

 不安に囚われたこの状況だからこそ、その言葉は私の胸に刺さる。


 私を気遣ってくれた天童先輩に感謝を、そしてウジウジ悩んで居た私に明確な役目と立ち位置を示してくれた黒家先輩に尊敬を。

 その思いを胸に、私は胸の中に溜まった鬱憤を吐き出す様に深呼吸した。


 「大丈夫です、ありがとうございます先輩方」


 今一度しっかり目を開けて、”耳”を澄ます。

 そうだ、これは私にしか出来ない事だ。

 ならば、しっかりと役割を熟そうじゃないか。


 「リビングは……大丈夫そうだよ」


 先行した二人、片方はボクシングスタイル。

 もう片方はいつでも踏み込めるように膝を落とした姿勢で、背中合わせに警戒しながらリビングの中央まで進んでから歩を止めた。

 いつかは、あんな風に誰かとタッグを組んで頼られる存在になってみたい。

 高校に入るまで友達さえろくに居なかった私に、そんな目標が出来てしまった。

 あり得ないだろうと思う一方、もしも誰かと組むなら……私の隣には誰が立つんだろう。

 なんとなく、本当に何となく天童先輩が視線に入った。

 目が合ったと気づくと、当人は「どうしたの? 大丈夫?」とばかりに心配そうな視線を送ってくる。

 きっと気のせいだ。

 彼が好きなのは黒家先輩であり、私が好きな人は別の人だ。

 だからこそ、こんなのは気のせいなのだ。

 吊り橋効果みたいなもんだ、きっとそうだ。

 若干熱の籠った頬を掌で擦りながら、私たちはリビングに足を踏み込んだ。


 


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