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顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
本編

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樹海 3


 「ああぁぁぁぁ!」


 叫び声と共に、”狐憑き”の状態の夏美が再び蹴りかかる。

 不味い、これじゃ駄目だ。

 頭の何処かで、理性が早鐘を鳴らしていた。

 どうみたって頭に血が上っている。

 何も考えず突っ込んで勝てる程、”コイツ”は甘くないはずだ。


 「駄目です! 夏美、一度下がって!」


 とにかく一度引いて態勢を立て直さないと。

 先生の安否はわからないが、先生が居なくなった事に対して全員がパニックに陥ってるのが手に取るように分かる。

 こんなんじゃ数分もしないで全滅する、どうにかして夏美を止めないと……


 「姉さんは先生を探しに行って! 夏美さんの方は僕が行く!」


 そう叫びながら、弟も”烏天狗”に向かっていく。

 ここで二人を置いて行ってしまっていいのか?

 とてもじゃないが二人で何とかなる相手じゃない。

 でも今の状況をどうにかしないと、連携が取れたもんじゃない。

 であればやはり、ここは二手に分かれて……


 『逃がすと思っておるのか? 随分とまぁ舐められたもんじゃのぉ』


 夏美の猛攻を片手で払いのけながら、”ソイツ”は手に持った錫杖を鳴らした。


 「……は?」


 その声を上げたのは誰だったのか、それさえ理解が追い付かない状況に落とされた。

 シャンッ——と金属音が鳴り響くと、私たちの周りに立ち上る黒い霧。

 それらは一つ一つの個体に集まる様にして、すぐに視界は晴れていく。

 そしてその場に残っていたのは……瞳に光の無い、無数の女性たち。

 彼女達の姿を見て、とんでもない寒気が全員を襲った。


 「嘘、ですよね? は? まさかこれ、全部『上位種』?」


 思わず乾いた笑いが漏れてしまった。

 こんな事態、誰が想像出来ただろうか?

 今まで『上位種』一体であんなに苦労していたのだ。

 だというのに、なんだこれは。


 「く、黒家さん……この子達何? なんか皆生きてる見た目してないんだけど……内臓とか出ちゃってるんだけど……」


 ガクガクと震える椿先生が、私の服を掴んだ。

 そりゃそうだ、椿先生は”怪異”に一度も触れてこなかったのだ。

 そんな彼女が初めて見た怪異が、よりにもよって『上位種』の大群。

 パニックを起して勝手に逃亡しなかっただけでも大したものだ。


 「『上位種』となると、私と天童先輩で引き付けるのも……ちょっと現実的ではありませんね。 何より三手に別れては、黒家先輩と椿先生の二人、何かあった時に対処できません……」


 ギリッと奥歯を噛み締める鶴弥さんは、忌々しそうに舌打ちしながらも音叉を調整していく。

 彼女の言う通りだ。

 例え夏美と俊に”烏天狗”を、鶴弥さんと天童さんに”上位種”を任せた所で、残る私と椿先生には何の力もない。

 先生の安否を確認する為にここで別れてしまえば、すぐさま全滅の危険がある。

 早くも結論が出てしまった、バラバラに行動するは下策も下策。

 ならば今は目の前の敵をどうにか撃退するしかない。

 たとえ、”先生の安否”を後回しにしても。


 「クソッ……椿先生は私の後ろに! 鶴弥さんと天童さんはどうにか『上位種』の対処を! 時間が稼げればそれでいいです、とにかく近づけないようにして下さい! 夏美! いつまで暴走してるんですか!? 俊! 抱えてでも夏美を連れてきなさい! 一度撤退します!」


 とにかくココを離れるしかない。

 逃げられるかどうかは分からないが、それでもこの場に留まっているよりかは——


 『——黒家、サん』


 「は?」


 何者かが私の名前を呼んだ。

 この場に居るオカ研のメンバーではない。

 喉が枯れたように擦れてはいるが、どこか幼さが残る声色。

 そしてこの声は、以前聞いた記憶がある。

 出来ればこの場では聞きたくなかった、あの子の声がした。


 『ゴメん、ね。 逃げ、テ……』


 「……」


 その声を追って視線を向ければ、『上位種』の軍勢の中に、彼女は居た。

 血に塗れた服、食い荒らされた肉体。

 長い髪を揺らしながら、当時はもっと覇気があったはずの瞳が、虚ろ気に私を捉えていた。

 見間違う筈もない。

 私と一緒にこの”迷界”に落とされ、目の前で喰われた彼女だった。


 「浅倉……ひかりさん、ですよね……?」


 『名前……ヤッと、呼んデ……』


 両目に涙を溜めながら、まるで操られている人形の様に、彼女はこちらに向かって歩いてくる。


 「すみません、あの時は名前も呼べずに。 あの後調べました、貴女の事を。 その、こう言っていいのか分かりませんが、ありがとう……ございました」


 『酷い人……だね、黒家サんは』


 「当時の貴女だって、似たようなモノです」


 なんて、言葉を交わしている時だった。

 急に空気が重くなり、先程と同じ様に錫杖の音が鳴り響く。


 『いつまでやっている? さっさとそちらの連中を捉えんか愚図が』


 夏美と俊の攻撃を払いのけながら、つまらなそうな顔で”烏天狗”が吠えた。

 次の瞬間、目の前に居た”カノジョ”がお腹を押さえながら悲鳴を上げた。

 まるでかつて見た、彼女の最期の光景の様に。


 『あああぁぁぁぁぁ!』


 激痛に耐えかねて地面に転がる姿は、とてもじゃないが見て居られるものじゃなかった。

 涙を流し、口から血の泡を吹き、そして私に向かって手を伸ばしてきたのだ。


 『お願、イ……殺シて……』


 「……っ!!」


 その言葉を聞いた瞬間、何かがキレた。

 体中から黒い霧が溢れ、握った拳からは血が滴り始める。

 無意識の内に、私は『感覚』を広げていた。


 「お前は! こうまでして人が苦しむ姿が見たいのか!? どれだけ命を弄べば気が済むんだ! この外道が!」


 思わず”烏天狗”に向かって叫んだ。

 だというのに、”ソイツ”は口元を釣り上げながら盛大に笑ってみせた。


 『そうだ、それでいい! 怒れ、苦しめ! その感情が、儂の糧となる! もっともっと苦しめ! 例え死んでも、その苦しみから逃れられると思うなよ!?』


 楽しそうに笑う”ソイツ”の顔を見て、改めて決意を固めた。

 こいつだけは、絶対に”殺して”やる。


 ————


 川のせせらぎの音、僅かに揺れる草木の葉音。

 まさに自然。

 大自然の中に放り込まれ、サバイバル的な生活を送る事は俺にとって苦ではない。

 むしろ望むところだ。

 夏休み何してた? って言われれば、森で原始人みたいな生活してた! って元気よく答えられるくらいに、俺は自然が好きだ。

 そして今、その大自然の中、呼吸の出来ない俺がいる。

 解せぬ。


 「ぶっはぁ!!」


 いつの間にか気を失っていたらしい。

 川を流れる木ノ葉の様に、クルクルと回転しながら俺は川を下っていた。

 いかん、このままでは海に流れ着いてしまう。

 何やらズキズキと痛む身体を無理矢理動かして、何とか川岸まで泳ごうと足掻いてみた。

 どうしたんだろう、筋肉痛にでもなったかな……

 身体が重い、って言うか関節が痛い。

 流石に歳を感じる世代に到達した事に涙を飲みつつ、なんとか川から脱出してから寝転がる。

 未だ日食は続いているらしく、空は赤黒い。

 こんな事なら、日食グラスを持って来るべきだっただろうか?


 「ったく、どこまで流されたのやら」


 体温は……まぁちょっと冷えたが問題ない、少し動けば戻るだろう。

 荷物は……駄目だな、全滅だ。

 というか既に背中に背負っていた筈のリュックが、どこかへ消えてしまった。

 カロリー〇イトも即席ラーメンも、全て川流れしてしまった様だ。

 森の中で「旨すぎる!」って言いながらアレを食べるのが醍醐味なのに、楽しさが半減してしまった気分だ。

 そしてなにより、俺の服装が色々ワイルドになってしまった。

 各所盛大に破れ、背中とか大気に向けてこんにちわ状態だ。

 コレは不味い。

 こんな状態で下山すれば、背中フルオープンのワイルドな露出狂がいますって通報されてしまう。

 何とかあいつ等と合流してから、リュックの一つでも借りて背中を隠さなければ。

 こういう時女性ならセクシーになるのに、おっさんだと不審者になるのだ。

 背中筋肉モデルですって言ってポージングしながら行ったら、何とかならないだろうか?

 なんて事を目を閉じて真剣に悩んで居ると、頭上から声が聞こえて来た。


 「随分とやられましたねぇ、先生にしては珍しい」


 瞼を開ければ、いつもの超高性能ナビゲーター黒セーラーさんがこんにちはしていた。

 長い髪を垂らし、寝転がった俺の顔の上でニコニコと微笑んでおられる。


 「お前さんはどこでも現れるな、流石は高性能。 ミツ〇シもびっくりなナビゲーションシステムだよ」


 「人をカーナビみたいに言わないでくれますかね?」


 やはり忍者先輩と呼ぶ他あるまい。

 困ったときは呼ばなくても参上するお助けキャラの登場だ。

 流石にお前のセーラー服貸してくれとは言えないので、道案内をお願いする他あるまい。

 もしも言葉にして本当に彼女が脱ぎ始めたら色々捗ってしまうかもしれないが、その後が最悪だ。

 ぱっつんぱっつんのセーラー服を着たおっさんが爆誕してしまう。

 そんなの誰も嬉しくない、俺だって見たくない。


 「先生、出来れば早めに移動しません? 結構ヤバイ状況なので」


 「別に構わんけど、どうした?」


 「んーっと、どこまで覚えてます?」


 可愛らしく首を傾げる彼女を視線に収めながら、記憶に残った最後の光景を思い出す。

 古い吊り橋だと言うのに、不安要素が一つもないほどピクリとも動かないソレを渡りながら、俺はソイツを視界に捕らえた。

 丁度半分くらいの位置だっただろう。

 その時、部員達の後ろに”ソイツ”は居た。

 袴姿で天狗の仮面を被った、髭の生えたジジィ。

 どう見てもそれは、間違いなく。


 「やべぇ! アイツらを不審者の元に置いてきちまった!」


 「あ、はい。 確かに不審者ですよね、見た目」


 ガバッ! と状態を起すと、黒セーラーナビゲーターが苦笑いを漏らす。

 なにやら俺の発言に思う所があったらしい。

 もしかしてアイツは不審者ではない……? だとすると……


 「コスプレイヤーか! 山に住む老人コスプレイヤー! それはそれでやべぇ!」


 「う、うん。 ソウデスね」


 何やら眉毛をピクピク動かしながら再び困った顔を浮かべて居るが、今はもはやそれどころではない。

 山で生きる不審者老人コスプレイヤーにあいつ等が襲われているとしたら、非常に不味い。

 黒家弟が居るからある程度は安心だが、アイツも肝心な所で詰めが甘い。

 相手が老人だと分かれば、変に手加減して痛いしっぺ返しを食らっている可能性だってある。

 早く合流しなければ、薄い本が厚くなってしまうかもしれない。


 「今の所全然平気そうですね、治る速度が尋常じゃない。 やっぱりあの烏を食べたせいなんですかね? 普通なら即死なのに……」


 「へ? 何か言ったか?」


 ボソボソと呟くように言葉を紡いでいた彼女に振り返れば、慌てたように両手を振ってから口を開いた。


 「いえいえ、先生は丈夫だなぁって思っただけです。 ある意味人間辞めちゃってるなぁって……あぁいえ何でもないです。 さて、それじゃ行きましょうか? いつまでもここに居る訳にもいきませんし」


 そう言って、彼女は珍しく道案内をするかのように歩み始めた。

 普段ならアソコいけー、ココいけーって言うだけなのに、今回は本人のナビ付きらしい。

 凄いぞ忍者、可愛いぞ黒セーラー。

 でもさっき凄く失礼な事言われた気がするぞ? まあいいか。


 よく分からない絶賛の声を半分くらい胸に収め、そして半分は口から漏らしながら立ち上がった。

 

 「ではでは参りましょうか」


 そう言って背を向ける歩く忍者ナビ先輩に続き、おっさんは歩き出したのであった。



 感想を頂いた限り、誰も先生の心配をしてくれませんでした。

 生きてますよ! そりゃ生きてますけど! だって先生だもん!

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[一言] ↪︎感想を頂いた限り、誰も先生の心配をしてくれませんでした。生きてますよ! そりゃ生きてますけど! だって先生だもん! 当たり前なんだよなあ……
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