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05 飯田さん

「ふみさん、顔恐いよ」

 昼休み、私の背中をガムテープでぺたぺたしながら淵野が言った。

 除けども除けども、まだまだ出てくるパウダービーズ。じっと手を見る。

 やばくない? これ一句できてない? やばくない?

 思わずふふっと零した笑みを、淵野が横からちょっと気味悪そうな顔で見ていた。


 一つ解った。どうやら私は、嫌がらせをされていると。

 ある日デスクの引き出しを開けると、そこは雪国だった。

 ごめんな、嘘だ。あと、ある日って言うか今日の話だ。出勤してすぐに開けたデスクの引き出しいっぱいに、何か白い物体がこれでもかと降り積もっていた。

 一瞬、他のデスクから引き出し盗んで交換してやろうかと思った。やってないけど。

 引き出しの状態を確認して、課長がはっきりと眉をひそめた。

「困るわね、これは」

 そう、困る。降り積もっているのは、ビーズクッションの中身だった。それもパウダービーズとか言う、特に細かい種類のものだ。

 これがまた厄介で、肌から服から床から何まであっちこっちにめちゃくちゃくっつく。マジ静電気。そして取れない。全然取れない。

 試行錯誤の結果、ガムテープでぺたぺたと地道に取って行くしかないと結論した。課長の許可の下、午前中はこれで潰れた。

 ついでに、席の近い同僚達からはものすごく迷惑がられた。気持ちは解る。私も迷惑だ。しかし私のせいではない。

 そこを勘違いして私に憤りをぶつける奴が現れるたび、私は私の過失ではないと強く拳で主張した。

 そして今、同僚達の憎しみは真っ直ぐ犯人に向けられている。気持ちのよい話だ。

 犯人への憎しみと、大量に消費されたガムテープ。白い粒にまみれた服に、排除しても排除してもどこからともなく舞い戻るパウダービーズの残存兵。

 これが、我々の奮闘の結果である。


 昼休み、外でコンビニのおにぎりを食べた。いまだに出てくる白い粒に注意を払い、一緒に付いてきた淵野にガムテープでぺったぺったと服のごみ取りをされながら。

「これ、取っても取っても出てくるね」

「取っても取っても出てくるし、掃除機借りて吸ったらさ、掃除機の排気口がら白い粒が飛び出してきたんだぜ。サイコーだろ?」

 掃除機を貸してくれた清掃の人が、呆然としていた。そして課長が菓子折りを持って、清掃会社の偉い人の所へ謝りに行った。

「ふみさん、ふみさんは何も悪くない」

 へへっ、と無気味に笑い出した私の肩をそっと抱き、淵野は痛ましそうに首を振った。

 さて、犯人である。

 私はこれを見付けなくてはならない。なぜならば、事故の可能性は皆無に近い。

 デスクの中には少しの私物と、仕事に使う書類や文具しか入っていなかった。この事件より前に、引き出しの中にはパウダービーズを使用したものは存在しなかったのだ。

 宣言しよう。私は嫌がらせには屈しない。絶対にだ。

 ――って。

 思っていたら、犯人あっさり見付かった。

 昼休みを終えて外から戻ると、デスクの上に証拠があった。

 その紙は白く、写真程の大きさで、端がわずかに浮いている事から少し厚みのある紙全体が軽く反っているのが解る。手に取って裏返してみると、実際それは写真だった。

 光沢のある印刷用紙に、デジタル画像をプリントしたものだ。それには、デスクの引き出しに大量の白い粒を注ぎ込んでいる女子社員の姿が真正面から映し出されていた。

 駄目じゃん。こんなん、復讐するに決まってるじゃん。

 即座に犯人の所属を特定し、私と同じ目に合わせてくれる。……と、言う気持ちに。正直ちょっとだけなった。ちょっとだけ。

 だがしかし、それはいけない。報復は何も生まない。今度は私が怒られる事になる。それは嫌だ。

 せめて偉い人から怒られて欲しい。あと課長が自腹で買ってった、清掃会社への菓子折りを何とか弁償して欲しい。

 私は大人しく、上司にその証拠を提出した。

 こちらの件について、関わったのはここまでだ。しかしすでに私の中ではまた別の、それともやはりこの事件とは一続きの、見逃せない懸案事項が持ち上がっていた。

 証拠となったあの写真は、一体どこからきたのかと言う話だ。

 嫌な予感しかしない。

 帰る頃になると、淵野がわざわざ私の席まで迎えにきた。

「もう行ける?」

「んー? うん。まぁ」

 仕事は終わり、人を待っていただけだ。席の荷物はそのままだから、社内にはいる。だが、なかなか戻ってこなかった。

 自分のデスクの真正面。待ち人の戻らない向かいの席を諦め悪く少し眺めて、それから仕方なく席を立った。

 私の真向かいの席にいるのは、飯田さんと言う女性だ。

 飯田さんは大人しく、控えめな人だった。服も髪も正直地味で、これと言って特徴がないのが特徴と言う他にない。

 それに、真面目だ。まるで小人さんの様に気付かない内に仕事を処理し、気付かない内に先回りして次の仕事の準備をしている。

 堅実な仕事ぶりである。

 廊下の端に淵野と並んでエレベーターを待つ間、私はものすごく険しい顔で腕組みしながら指で眉間をぐりぐりと揉んだ。

 正直、めちゃくちゃ悩んでいる。悩んでも仕方ないのだが、悩まずにいられない。

 証拠になったあの写真、盗撮じゃね? と。

 しかもあの真正面からのアングル、完全に、飯田さんの席からじゃね? と。

 しかもタイミングよく犯行現場が映ってる事から、常時設置されてんじゃね? と。

 そんなん、めちゃくちゃ気になるわ。

 何かの間違いであって欲しい。同僚の目を盗んでの、私の一人おやつがばれてしまう。

 あの真面目な飯田さんが。小人さんの様な飯田さんが。

 何のために、自分の席から私の机に向け、隠しカメラなどを……。

 何のために、隠しカメラなどを……。

 何のために、……ってお前。

 私はそこまで考えて、急激に冷静になって隣を見た。

 廊下に並び、私の横でエレベーターを待っているのは今日も輝く淵野である。

 ……あー、これ。あー、これ。あー。

 考えてみれば、私の席には淵野が顔を見せる機会もまぁ、それなりに多い。

「なぁ、淵野」

「何? 疲れちゃった?」

「疲れたよ。大変だったよ。そうじゃなくてさ、飯田さんって知ってる?」

「飯田さん? どんな人?」

「私のデスクの前の人」

「あぁ、あの大人しそうな人?」

「そう、どう思う?」

「どうって……」

 ぼんやりとしか覚えていない様子で、淵野は困った様に首を傾げる。ほとんど同じタイミングで、エレベーターが到着した。

 扉が開くのを待ちながら、両目を閉じて眉間を指でぐりぐりと揉む。

「飯田さんの机から、私の机に向けて隠しカメラ設置してあるみたいなんだよね。それって……」

「あっ」

「あ」

 あ、と言う声は二種類あった。

 一つは淵野。

 もう一つは、到着したエレベーターの中にいる女性だ。

 コピー用紙と書かれた重たそうな段ボールを抱え、彼女は立ち尽くしていた。私もまた、立ち尽くしていた。

 誰も動かずいる内に、エレベーターの扉が静かに閉じた。

 のんびりと、淵野が言う。

「今の、飯田さんじゃない?」

 あー、そうだよねー。私もさ、そう思った。

 私は閉じたエレベーターの扉の前で、うずくまって頭を抱えた。


 翌日、私が出社するとすでに飯田さんは会社を辞めていた。

 あー、何か。あー、何か。あー。

 行動の早さに呆然とする。

 飯田さんは、真面目な人である。今回の事だって、私に証拠写真を渡さなければバレなかったに違いない。

 だけど、渡した。犯人を知っていて、黙っているなんてできなかったのかも知れない。そして、自ら去ったのだ。

 悲しみの内に、正義はなされた。

 うん、まぁ。正義って言うか。私も薄々思ってる。何かこれ、逃げたかなーって。


 胸の辺りであと味悪く疼く何かを酒の勢いで押し流し、淵野相手にしみじみ呟く。

「淵野もさぁ、大変だなぁ」

「どうしたのふみさん。お腹空いたの?」

 二本目のワインを開ける手を止め、不思議そうな顔をした淵野は私の前に分厚く切ったハムを置いた。おいしかった。

※フィクションです。

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