<第三章:狂階層のロラ>1
<第三章:狂階層のロラ>
密集陣形のままパーティは進む。
しばらくは、敵と遭遇しなかった。
一歩一歩進む中、僕は全神経を使って警戒している。雪風にも全センサーを作動させている。護衛対象の四人には、黙ってトレーサーを付着させていた。
万が一捕らえられた場合、それで追跡できる。不確定な要素が絡まない限り、追跡できるはずだが、不安は残る。
ふと。
通路の先、ぬばたまの闇の中に白い影が浮き出る。
カンテラの明かりに入り、背筋が凍る。
不気味でおぞましい。
現れたモンスターは、人の形をしていた。水死体を思わせる白い肌色、体毛が一切なく、やせ細ったガリガリの体、手の爪だけが妙に長く鋭く伸びている。
顔面全てを占める縦に付いた眼球。感情ない瞳ではない。感情の乗った人間の青い瞳だ。
この階層まで色々なモンスターを見て来たが、こんな生理的な嫌悪感を抱く敵は初めてだ。
親父さんが、僕とシュナを片手で遮り、足を止めさせる。
速かった。10メートルを一気に詰め、それの首を落とす。
首を持ってパーティに戻って来る。
「こいつらは『苗』と呼んでいる。理由は死ぬと、ああなるからだ」
首のない死体が捻じれて木のような形を取る。先から崩れて塵に消える。
親父さんの持った首も捻じれ始める。だがまだ、原型は留めていた。
「見ろ。エルフの耳だ。去年行方をくらませた冒険者もエルフだった。あまり楽しい予想ではないが、この『苗』は消えた冒険者が元になっているのやもしれん」
皆、無言である。
この階層が狂階層と呼ばれる所以<ゆえん>が分かった。
消えた仲間を捜索しに来たパーティは、ここでこの『苗』と戦うのだろう。失った仲間の特徴を持った敵と。
悪夢だ。
想像すらしたくない。
「この『目』の他に、無貌の『耳』、一番厄介なのが『口』で魔法を唱える。消えた冒険者が使用した魔法だ」
魔法を使うモンスターか。
やばいな、他の皆はともかく。再生点が少ない僕には、威力の低い範囲魔法が死に繋がる。
「こいつら一匹、一匹は大した強さではない。それなりの冒険者なら一撃でやれる。ただ、危険な特徴が一つあってな。『目』に一定時間以上見つめられる。もしくは、大きな音を『耳』に察知されると、階層全ての『苗』が集まって来る」
似た様なモンスターは上にもいた。しかし、増援は多くても四、五匹。階層全ての敵が集まって来るとは。
「こいつらの総数って把握されてますか?」
冷や汗を浮かべ聞いて見る。
「普段は50から70。過渡期。丁度、今の時期なら100を超える。しかもこいつら、全滅させてもすぐ湧く。つまり正確な数は不明だ」
「最悪ですね」
「そうでもないぞ。見つからず、見つけたら、静かに即倒す。これで問題ない。何の、問題もない」
いうだけは簡単だが、いや、対策があるというだけで簡単な事なのか。
朽ちた首を潰して、親父さんは僕らを見なおす。
「ソーヤ、エア、『目』はお前らが潰せ。殺せなくても良い。確実に顔のどこかを射抜け。『目』は、カンテラの明かりには反応しない。だから、落ち着いて正確に、見据えて射ろ。止めは俺がやる。しくじったらシュナ、お前がやれ」
『了解』
僕とエア、シュナは同時に返事をする。
「無貌の『耳』が現れたら全体止まれ息も止めろ。俺がやる。『口』は、全員でかかれ。最優先、速攻で倒せ」
「親父さん、一つ疑問が」
「何だ?」
「複数、しかも種類違いで現れたら?」
「俺が頑張る。お前らはサポートしろ。俺の邪魔をしないようにな」
というか、基本親父さん任せである。
後で聞いた事だが。
この階層の番人は、親父さんだけではない。
親父さんが就くのは、エルフや強力な魔法使いがパーティにいる場合だけだ。それ以外は、上級の冒険者が引率に就く。
ようは、格上の技を新米に見せつけるのだ。
羨望を集める為、いつか自分達もその高みへと辿り着けるよう。指針となる強さを見せつける為に。
僕らの場合、この階層に来る前に十分魅せて貰った。
そう思っていたが、この階層での親父さんは凄まじい技の冴えを見せた。
速い、という言葉では遅い。
鋭い、という言葉では足りない。
全て凡庸な剣技の延長線上。特殊といえる術ではない。
しかし、剣を振るい、盾を持つただの人間が、ここまでの高みに行けるとは。まともに剣を持てない僕には、親父さんの技は極致に見えた。
身一つ、剣一つ、盾を添え戦う。どこまでも、高みへ。
熱くなる。
男として憧れる強さだ。シュナも、食い入るように親父さんの技を見ている。
薄暗い僕にも、こんな感性があるとは。意外だ。
触発されてか、こっちの技も冴える。
『敵、四体』
雪風のセンサー出力は最大にしている。水溶脳の内部電力は、この階層を踏破するまで持つ計算だ。不用かもしれないが、親父さんにもこの情報は通達している。
雪風の説明は、人工精霊という事で誤魔化した。
報告通り、十字路には『口』が二体。それを挟んで『目』が二体。
エアと目線を合わせて僕は右、エアは左を射る。
矢は『目』を貫く。
美しい女の声が『口』から流れる。
「火よ。素と踊り、向かい襲い―――――」
親父さんとシュナが跳ぶ。
詠唱中の『口』を交差した剣線が両断した。僕らが射抜いた『目』は、両方ともギャスラークさんがレイピアで止めを刺している。
美しい意匠の細身剣だ。針のような刀身にびっしりと文字が彫られていた。
この人も、底の見えない強さの片鱗がある。
油断はしない。そう思いつつも、余裕を感じた。
気になるのは、ラザリッサが陣形を乱している事だ。フレイに寄り添うように列中央に移動している。
「ラザリッサ、どうかしたか?」
「いえ、嫌な予感がして。何か視線を」
声をかけると、ソワソワとした様子で辺りを見回す。
「ラザリッサ、動きにくいですわ」
フレイのいう通り、五人も固まると移動の邪魔になる。ただでさえ、ラザリッサは大荷物を担いでいるので尚更だ。
「リズ。合図をしたら、中央列の四人だけを防御魔法で包めるか?」
「できる」
「頼む。親父さん、それで大丈夫ですか?」
「黙れ」
指示を求めると黙るよういわれた。親父さんはパーティ全員に屈め、と手で合図する。
静寂が三分ほど流れる。
『探知、一体』
更に二分ほど経過して。
無貌の『耳』が現れる。親父さんの勘と経験は、雪風のセンサー以上だ。
キョロキョロと、目がないのに辺りを見回す『耳』。他の個体より足元がおぼつかない。体をくねらせ遅く移動している。不気味さに拍車がかかる。
親父さんは中腰で音を立てず、『耳』に近づいてナイフを引き抜く。
正面から心臓を一突き、後ろに回り首を刈る。
ほぼ一瞬で敵を仕留め「静かに」と熟練の冒険者が合図する。
また、しばらくの静寂。
『接近、四体』
僕らは呼吸を浅くして、身じろぎもせず待つ。
何かを探知しているのか、歯軋りのような音が聞こえる。また『耳』が現れた。
四体。
流石に多い。
静寂の中、やけにうるさく弓の弦が張り詰める。エアが弓を引く為に、やや前列寄りに移動していた。コンパウンドボウの矢が『耳』を狙う。
危険だと思うが、親父さんは「やれ」と目でいう。
僕も手をかざしてアガチオンをゆっくりと抜く。
妹と同時に攻撃する。『耳』の頭部を、矢と魔剣が貫き壁に縫い止めた。
残り二体は親父さんとシュナが斬り捨てる。
「よし」
親父さんの合図で一息吐く。
神経を使う戦いだ。
一つのミスで、こいつらが殺到すると思うと気が気でない。でもつまりは、静かに素早く、気付かれず殺せば、敵がいくらいようが問題ない。何の、問題もない。
後はミスをしないよう行うだけ。
ダンジョン探索とは未知の領域に踏み入れる事。今のこれなど、比べ物にならない困難が出て来るだろう。
これは正解が分かっている楽な戦いなのだ。先人が気付いた定跡をなぞる。新米の冒険者としての試練。こんな事もできないのなら先は挑めない、引き返せ。という助言だ。
モンスターを片して移動を再開する。
陣形はズレたまま。
「ラザリッサ、後列に戻ってくれ」
「すみませんソーヤ様。聞けません」
僕の注意は聞かれなかった。
ラザリッサは、中央列に入ってフレイの肩に手を置いている。エアは弓を撃つ為に前列に移動して、そのまま僕の隣にいる。
「聞きなさいラザリッサ。パーティ行動中の勝手は許しませんよ」
「申し訳ありません、お嬢様。聞けません。先程から尻尾の先が痺れて何かを感じ取っています。何かいます。危険です」
スカートが捲れて爬虫類系の尻尾が揺れる。
盾を叩かれ、リズがもの凄く迷惑そうにしていた。
こんな敵の渦中にいてモメるとは。ラザリッサは聞き分けが良いと勝手に思い込んでいた。誤算だなこれは。
まずい、陣形がズレるのは良くない。中央に五人も固まると、身を守ろうにも邪魔になる。
ラザリッサに三度忠告するが従ってくれない。言い争うわけにもいかず、そのまま進む。
十三回戦闘を片付けた。
陣形はズレたままだが、なんなしと戦闘をこなしてしまった。不安はあるが、それも階層を突破すれば問題ない事だ。うるさくいうのは止めた。
ふと敵に遭遇せず、50メートルを歩いた。
敵が出なさ過ぎて不安なモノを感じる。
地図を確認すると、階段までの道のりを三分の二は踏破しているが、あれ? おかしい。
慎重策なのか、回り道をしている。
本当に回り道をしている。ぐるっと一周回っている。
僕の気のせいか? それとも親父さんに深い考えがあっての事か。これは、もしや。
親父さんが戦闘態勢を取る。
静かに、と合図。
足を止めた場所はL字の通路の角。
『接近、三体』
僕にも微かに歯の鳴る音が聞こえた。
親父さんが壁に背を預ける。パーティも同じ側に待機。
僕も壁に姿を隠しつつ、敵を覗き見る。
四体いる。『耳』が二体、『口』と『目』が一体ずつ。
何故か、陣形のような立ち並び。先頭に『耳』その後ろ左右に『口』と『目』。後ろに『耳』がもう一体。
いやそも、雪風のセンサーより一体多い。センサーの故障か、ダンジョンの干渉か。思ったよりも敵の速度が速く、考える間もなく戦闘に入る。
確認する時間はない。
「俺が『耳』をやる。エアは『目』だ。シュナは『口』をやれ。ギャスラーク殿、後詰をお願いしたい」
「わかったー」
僕は空いた後列を警戒する。センサーに反応はないが、ラザリッサの予感が正しければ闇から何が出てきてもおかしくない。
「行くぞ」
皆が一斉に角から飛び出る。
僕は、矢を番え、後列を警戒しつつも、親父さん達の戦いを追う。
親父さんのロングソードが『耳』の首を落とし、シュナの長剣が『口』の喉を貫く、エアの放った矢は『目』を貫いた。
後詰のギャスラークさんが『目』と『口』の急所をレイピアで突く。小さいが、しっかりとした致命傷。しかも同じ個所を見えないほどの手腕で五回は突いている。
「え?」
おかしな事が起こった。
皆が、戦闘態勢を解除しようとしている。
シュナが長剣を収め、エアが弓を下げ、ギャスラークさんも後列に戻る。
親父さんが、ロングソードを鞘に収めた。
呆けた一瞬、内側から激情に似たモノが噴き出る。『耳』は、もう一匹残っている。
こいつだ。




