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異邦人、ダンジョンに潜る。  作者: 麻美ヒナギ
異邦人、ダンジョンに潜る。Ⅲ 狂階層のロラ 【3部前編】
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<第二章:囚われの冒険者>4


 夢?

 夢を見た。

 夢の気がする。

 記憶のある森にいた。

 どこかの誰かになっていた。

 ハラワタを掻き乱す痛みと、血。

 血と火薬の匂いがする。遠くに悲鳴が。

 木々の隙間から、おぞましい生き物が垣間見えた。

 大きく歪で飢えている。

 視線の先には、エルフが一人と、灰色の猫が一匹。どちらも知っている顔だ。

 囁き、祈り、契約を交わす。

 一人のエルフと、黒髪の少女がいた。

 エルフの双眸が満月のような金色に変わる。

 巨大な獣が月に吼えた。

 月の涙のように赤い炎が森に落ちる。

 

 目を覚ますと。


 栗色の瞳が僕を見ていた。

「あなた、うなされていましたよ?」

 二日ばかり距離を空けていたので、近づかれるとドキリとする。

「ごめんラナ。ちょっと夢見が悪くて」

 腹に鉛玉をくらったような痛み。

 幻肢痛のようなものだ。飲み込んでしまえば、すぐに消える。

 今の今まで寝ていたのは僕だけのようだ。

 パーティの皆は準備完了で、すぐにでも動ける様子。

 水を一口飲んだ。

 ラナは、まだ傍にいる。心配そうな顔で僕を見ている。

「ごめん、ラナ。関係のない話だが、君って金色の目をしていなかったか?」

 何度も見ていたはずだが、彼女の目は栗色だ。

 だが最初出会った時、彼女の瞳は金色だった。それを今の今まで忘れていた。

 認識がズレていた?

「いえ、私は生まれた時から木の実と同じ色ですよ。あなたも、青い目が好きですか?」

「いや、そんな事は」

 瞳の色一つで、人間の好き嫌いは変わらない。

「お姉ちゃんって、時々瞳の色変わるよね。お兄ちゃんもだけど。何かの魔法? アタシにもかけてよ」

「え? 初耳です。私の瞳が?」

 妹にいわれてラナが驚く。

「ソーヤ起きたな。行くぞ。お前、寝過ぎだ」

 この疑問は親父さんに遮られた。

 この件も、ダンジョンを上がったら話し合おう。この冒険が終わったら………何か止めておこう。縁起でもない。

 眠ったおかげか、僕の再生点は満タンになっていた。子犬と同じ容量だからすぐ満タンだ。

 背伸びを一つ。

 ダンジョン探索を再開する。

「ソーヤ、俺から提案がある」

 親父さんの提案で、陣形を変えた。

 鬼門である十九階層の対策陣形。

 前列に、親父さんとシュナ、僕。

 中央に、フレイ、ラナ、エア、リズ。

 後列に、ラザリッサ、ギャスラークさん。

 ただ、ギャスラークさんは遊撃担当なので、中央、前列と自由に動いてもらう。

 中央の人選は、十九階層で攫われる可能性が高い者だ。

 あの敵は一人しか攫わない。だから分散させず、まとめて皆で守る。

 これから二十階層まで、この密集陣形で行く。

 移動を開始して、すぐ敵と遭遇した。

「目」

 親父さんの声に合わせて、僕はモンスターの目を射抜く。

 目を射抜いたのは、足が発達した敵だ。ダチョウに形は似ているが体毛がなく。頭はカエル頭のように平べったい。何となく加工済みチキンに見える。

 目を射抜かれたチキンが、バランスを崩して倒れバタバタと暴れる。最早、頭を射抜いたくらいでは簡単に死なない。

「シュナ、お前は左から。俺は右からだ」

「はい」

 シュナと親父さんが駆ける。

 刃が閃き。頭と胴を切り落とす。

「ソーヤ、処理しろ」

「了解」

 隅に寄せて油をかけオイルライターで点火。匂いもチキンだ。こいつは普通に食えそうだ。

「次」

 移動再開。

「足」

 声に合わせてモンスターの足を射抜く。

 足を射抜いたのは、目が無数に存在するモンスターだ。冒涜的な形で、大きな肉の塊に多目と鋭い無数の触手。それを細い脚で支えている。

 矢を触手に弾かれないようフェイント入れて射た。

 当然、バランスを崩してモンスターは倒れる。地面に伏せた分、触手の動きが制限される。

「シュナ。俺の背中に、屈んで影に隠れろ」

「はい!」

 親父さんが盾を構え身を屈める、後ろのシュナも同じように屈んだ。

 二人とも慎重に確実に進む。

 丸盾が無数の触手を弾く。精確な動きで攻撃に対し、斜めで返している。

「シュナ、合図したら左に飛べ」

「はい!」

 シュナは気合いが入っている。

 冒険者の父だ。それと肩を並べ戦うのは良い経験だろう。

「今だ!」

 親父さんが触手の束を盾で床に押し伏せる。

 シュナが敵に飛び込みモンスターを突き刺した。間髪を入れず、触手を踏み付けながら親父さんも突撃する。

 二本の剣に貫かれモンスターが絶命する。

「処理」

「はい」

 油ドバー、着火。

 移動、次の戦闘。

「手」

 命令通りに射抜く。

 体勢の崩れたそれを二人がかりで止め。僕が処理、移動再開。

「三例も見せれば気付くだろうが」

「あ、はい」

「?」

 親父さんの問いに、シュナは疑問符を浮かべる。

 僕は感じ取った事を口にする。

「モンスターの発達した器官は狙わず。隙のある場所を狙う、と?」

「そういう事だ。モンスターの特徴になっている部分は、習性的に対策を行っている。だから別の場所を狙う。上手くいけば、矢の一つ、ナイフの一本で、敵の態勢を崩せる。こかした後は、冷静に急所を狙って攻撃。これで知能の低い敵は何とかなる」

「狙う基準は?」

 普通に手足がない敵とかいるのですが。

「そりゃお前、経験の積み重ね。試行錯誤だ」

 それが一番難しいのだが。

「シュナ、お前さんの剣技は中々のものだ。同年代で並ぶ者はレムリアにはいないだろう」

「ありがとうございます!」

 別人のようなキラキラした瞳。

 僕にも、そういう顔を向けて欲しい。無理か。

「だから、あまり急くな。若さ故、仕方ない事だろうが剣に表れている。時には、斬りかかる前に一つ呼吸を入れるのも良い」

「わかりました!」

 と、足を止める。

「親父さん、差し迫ってアレはどこを狙えば?」

「ん」

 通路の先に大亀がいた。

 ダンジョンの壁をボリボリと食べている。

 石食い亀というモンスターだ。

 これの大型変異種と戦った事がある。比べたら前にいる個体は小型も小型。でも、通路の七割は占有している。

「自分で考えろ。何でも簡単に答えが出ると思うな」

「………了解です」

 僕一人で先行する。

 拙い経験によると、これ系のモンスターは。

「あなた、危ないですよ」

 ラナの声に手を振って答えた。

 亀の傍まで寄って、山刀を使って外壁を崩してやる。固いが、刃の先が通れば後は簡単に壊せた。崩れた石壁には斑のように発光物質が浮いている。純度の低い翔光石だ。

 壁を拳大に加工して六個ほど塊を作った。壁から直食いよりかはこっちの方が食べやすかろう。それを点、点と置いて亀を移動させ、通路を開けた。

「進んでくれ」

 皆を誘導する。

 何事もなく通り過ぎた。

「という感じで良いでしょうか?」

 ダンジョンに巣くうモノ、全てが凶暴というわけではない。

 目を合わせて無反応な敵は、積極的に襲ってこない。

 というのが僕の経験だ。

 この先、この知識が役に立たない敵も出て来るだろうが、それは親父さんがいうように経験と試行錯誤だ。

「まあまあ、だな」

 あんた、僕に厳しくないか?

「被害なく乗り切ったのは評価に値するが、あの亀の甲羅。高く売れるぞ。あのサイズなら、金貨20枚くらいか」

「ヌートリアさん! 戻りますわよ!」

 勇者様が一番に食いつく。

「お嬢様、流石に恥ずかしいので止めてください。ダダ引きです」

「恥ずかしいなー」

「ギャストルフォの名が泣きますよ」

 ラザリッサ、ギャスラークさん、ラナの三人に糾弾されてフレイが半泣きになる。

「お金、お金が」

「はいお嬢様、行きますよ」

 陣形を乱しそうになったので、フレイはラザリッサに背中を押される。

「倒すのは中々大変だからな。時間もかかる。今回は忘れろ」

 親父さんにいわれても、フレイは諦めきれない様子。

 ダンジョンの探索を簡単にまとめると、移動、探索、戦闘、解体、休憩。

 の繰り返しだ。

 今回急ぎの探索なので“解体”は抜いている。素材は全部無視する。

 朝合流した時に説明したはずだが、勇者様よ。

 液晶に表示させた地図によると、この階層の階段は30メートル先。階段付近は敵が現れない。軽く一息吐ける。

 これとして何もなく、下の階層に移動した。


 経過だけをいえば、十八階層は一番楽に踏破できた。

 敵の種類も十七階層と変わりなく、親父さんが先頭に立って指令と先陣を切る。

 全部、親父さん任せ。

 ダンジョンに潜って一番楽だった。

 自分で考えなくてもよく、しかも頼れる人間がいる。ほとほと、自分がリーダーに向いていない事を痛感した。

 パーティの状態は、ダンジョンに潜った時よりも良い。

 戦闘の高揚感や、探索の慣れ、優秀なリーダーがいる安心感。ちょっと散歩したくらいの疲労感。魔力もフル充填。怪我もなし。

 ベストコンディションで十九階層に降りる。



 十九階層も、他の階層と変わりはない。

 しかし何か、

「?」

 シュナも違和感を覚えたようだ。

 空気が違う。

 ピリっとしたものを感じる。皆は十九階層の空気だと思っているようだが、僕は今気付いた。

 親父さんの空気が違う。

 ちらりと見えた横顔に、鬼気迫っていた。

 こんな薄暗い中で、30年かけて消えた仲間を探し続ける。見えない敵を追う。

 たった一人で。

 常人には計り知れない精神だ。人の域ではない。

「さて」

 親父さんがあらたまってパーティに向く。

「この階層の番人を紹介する」

 自分を親指で指す。

「俺だ」

『は?』

 というリアクションがパーティに響く。

「別に俺を倒せとはいわん。俺と一緒に二十階層に到達する。それが新米冒険者の最後の試練だ。これを達成すると同時に、お前らはレムリア冒険者組合に“本物の冒険者”として認められる。新米には割り振られなかったクエストも、組合が斡旋する。報酬も危険も新米の時と段違いだ」

 という事は、今まで僕らは偽物の冒険者だったのか。

「それと一つ、この階層で、少なからず行方不明者が出ている。エルフや、魔法の才が高い者。そこの四人が対象だ」

 ラナ、エア、リズ、フレイを見る。

 ホーエンス学派の終炎の導き手二人、エルフの射手一人、神媒の巫女(何か憑き済み)。この中の誰かが、犠牲になるかもしれない。

 できれば、それが――――

 止めよう。浅ましい。

「この十九階層には魔が棲む。行方不明の原因も、おそらくそいつだ。ソーヤにはもういったが、俺はそれを、30年追っている。

 ………手掛かりはゼロだ。

 かつて29組のパーティが、消えた仲間を必死に探した。この階層を隅から隅まで探した。

 だが見つからなかった。

 だから俺は、死ぬまでそれを探し続ける。

 だからな、もしこの中の誰かが消えたとしても、お前達は探すな。

 それは俺がやる。

 30年もかけて、一人の仲間も助けてやれなかった俺だが、お前達の代わりに探し続ける事はできる。そのうち見つかるさ、必ずな。

 だからお前達は、ここで立ち止まるな。

 この狂階層に囚われるな。

 二十階層を踏破すれば、その時点でお前達は俺より格上の冒険者となる。

 冒険者は結果が全ての職業だ。

 格下が、格上にかける言葉などない。明日からお前達は、俺より上の冒険者だ。そこを弁えて、お前らも俺を無視しろ。

 俺は哀れな老人だ。

 囚われた冒険者だ。

 冒険者の落伍者だ。

 だからな、こうはなりたくないと肝に銘じて俺を見ろ。それが俺の―――――」

 親父さんは言葉が詰まる。

「いや、いい。行くぞ、ひよっこ共。最後の教育だ」

 詰まった彼の言葉を理解したのは、僕だけだろうか。


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