<第二章:囚われの冒険者>4
夢?
夢を見た。
夢の気がする。
記憶のある森にいた。
どこかの誰かになっていた。
ハラワタを掻き乱す痛みと、血。
血と火薬の匂いがする。遠くに悲鳴が。
木々の隙間から、おぞましい生き物が垣間見えた。
大きく歪で飢えている。
視線の先には、エルフが一人と、灰色の猫が一匹。どちらも知っている顔だ。
囁き、祈り、契約を交わす。
一人のエルフと、黒髪の少女がいた。
エルフの双眸が満月のような金色に変わる。
巨大な獣が月に吼えた。
月の涙のように赤い炎が森に落ちる。
目を覚ますと。
栗色の瞳が僕を見ていた。
「あなた、うなされていましたよ?」
二日ばかり距離を空けていたので、近づかれるとドキリとする。
「ごめんラナ。ちょっと夢見が悪くて」
腹に鉛玉をくらったような痛み。
幻肢痛のようなものだ。飲み込んでしまえば、すぐに消える。
今の今まで寝ていたのは僕だけのようだ。
パーティの皆は準備完了で、すぐにでも動ける様子。
水を一口飲んだ。
ラナは、まだ傍にいる。心配そうな顔で僕を見ている。
「ごめん、ラナ。関係のない話だが、君って金色の目をしていなかったか?」
何度も見ていたはずだが、彼女の目は栗色だ。
だが最初出会った時、彼女の瞳は金色だった。それを今の今まで忘れていた。
認識がズレていた?
「いえ、私は生まれた時から木の実と同じ色ですよ。あなたも、青い目が好きですか?」
「いや、そんな事は」
瞳の色一つで、人間の好き嫌いは変わらない。
「お姉ちゃんって、時々瞳の色変わるよね。お兄ちゃんもだけど。何かの魔法? アタシにもかけてよ」
「え? 初耳です。私の瞳が?」
妹にいわれてラナが驚く。
「ソーヤ起きたな。行くぞ。お前、寝過ぎだ」
この疑問は親父さんに遮られた。
この件も、ダンジョンを上がったら話し合おう。この冒険が終わったら………何か止めておこう。縁起でもない。
眠ったおかげか、僕の再生点は満タンになっていた。子犬と同じ容量だからすぐ満タンだ。
背伸びを一つ。
ダンジョン探索を再開する。
「ソーヤ、俺から提案がある」
親父さんの提案で、陣形を変えた。
鬼門である十九階層の対策陣形。
前列に、親父さんとシュナ、僕。
中央に、フレイ、ラナ、エア、リズ。
後列に、ラザリッサ、ギャスラークさん。
ただ、ギャスラークさんは遊撃担当なので、中央、前列と自由に動いてもらう。
中央の人選は、十九階層で攫われる可能性が高い者だ。
あの敵は一人しか攫わない。だから分散させず、まとめて皆で守る。
これから二十階層まで、この密集陣形で行く。
移動を開始して、すぐ敵と遭遇した。
「目」
親父さんの声に合わせて、僕はモンスターの目を射抜く。
目を射抜いたのは、足が発達した敵だ。ダチョウに形は似ているが体毛がなく。頭はカエル頭のように平べったい。何となく加工済みチキンに見える。
目を射抜かれたチキンが、バランスを崩して倒れバタバタと暴れる。最早、頭を射抜いたくらいでは簡単に死なない。
「シュナ、お前は左から。俺は右からだ」
「はい」
シュナと親父さんが駆ける。
刃が閃き。頭と胴を切り落とす。
「ソーヤ、処理しろ」
「了解」
隅に寄せて油をかけオイルライターで点火。匂いもチキンだ。こいつは普通に食えそうだ。
「次」
移動再開。
「足」
声に合わせてモンスターの足を射抜く。
足を射抜いたのは、目が無数に存在するモンスターだ。冒涜的な形で、大きな肉の塊に多目と鋭い無数の触手。それを細い脚で支えている。
矢を触手に弾かれないようフェイント入れて射た。
当然、バランスを崩してモンスターは倒れる。地面に伏せた分、触手の動きが制限される。
「シュナ。俺の背中に、屈んで影に隠れろ」
「はい!」
親父さんが盾を構え身を屈める、後ろのシュナも同じように屈んだ。
二人とも慎重に確実に進む。
丸盾が無数の触手を弾く。精確な動きで攻撃に対し、斜めで返している。
「シュナ、合図したら左に飛べ」
「はい!」
シュナは気合いが入っている。
冒険者の父だ。それと肩を並べ戦うのは良い経験だろう。
「今だ!」
親父さんが触手の束を盾で床に押し伏せる。
シュナが敵に飛び込みモンスターを突き刺した。間髪を入れず、触手を踏み付けながら親父さんも突撃する。
二本の剣に貫かれモンスターが絶命する。
「処理」
「はい」
油ドバー、着火。
移動、次の戦闘。
「手」
命令通りに射抜く。
体勢の崩れたそれを二人がかりで止め。僕が処理、移動再開。
「三例も見せれば気付くだろうが」
「あ、はい」
「?」
親父さんの問いに、シュナは疑問符を浮かべる。
僕は感じ取った事を口にする。
「モンスターの発達した器官は狙わず。隙のある場所を狙う、と?」
「そういう事だ。モンスターの特徴になっている部分は、習性的に対策を行っている。だから別の場所を狙う。上手くいけば、矢の一つ、ナイフの一本で、敵の態勢を崩せる。こかした後は、冷静に急所を狙って攻撃。これで知能の低い敵は何とかなる」
「狙う基準は?」
普通に手足がない敵とかいるのですが。
「そりゃお前、経験の積み重ね。試行錯誤だ」
それが一番難しいのだが。
「シュナ、お前さんの剣技は中々のものだ。同年代で並ぶ者はレムリアにはいないだろう」
「ありがとうございます!」
別人のようなキラキラした瞳。
僕にも、そういう顔を向けて欲しい。無理か。
「だから、あまり急くな。若さ故、仕方ない事だろうが剣に表れている。時には、斬りかかる前に一つ呼吸を入れるのも良い」
「わかりました!」
と、足を止める。
「親父さん、差し迫ってアレはどこを狙えば?」
「ん」
通路の先に大亀がいた。
ダンジョンの壁をボリボリと食べている。
石食い亀というモンスターだ。
これの大型変異種と戦った事がある。比べたら前にいる個体は小型も小型。でも、通路の七割は占有している。
「自分で考えろ。何でも簡単に答えが出ると思うな」
「………了解です」
僕一人で先行する。
拙い経験によると、これ系のモンスターは。
「あなた、危ないですよ」
ラナの声に手を振って答えた。
亀の傍まで寄って、山刀を使って外壁を崩してやる。固いが、刃の先が通れば後は簡単に壊せた。崩れた石壁には斑のように発光物質が浮いている。純度の低い翔光石だ。
壁を拳大に加工して六個ほど塊を作った。壁から直食いよりかはこっちの方が食べやすかろう。それを点、点と置いて亀を移動させ、通路を開けた。
「進んでくれ」
皆を誘導する。
何事もなく通り過ぎた。
「という感じで良いでしょうか?」
ダンジョンに巣くうモノ、全てが凶暴というわけではない。
目を合わせて無反応な敵は、積極的に襲ってこない。
というのが僕の経験だ。
この先、この知識が役に立たない敵も出て来るだろうが、それは親父さんがいうように経験と試行錯誤だ。
「まあまあ、だな」
あんた、僕に厳しくないか?
「被害なく乗り切ったのは評価に値するが、あの亀の甲羅。高く売れるぞ。あのサイズなら、金貨20枚くらいか」
「ヌートリアさん! 戻りますわよ!」
勇者様が一番に食いつく。
「お嬢様、流石に恥ずかしいので止めてください。ダダ引きです」
「恥ずかしいなー」
「ギャストルフォの名が泣きますよ」
ラザリッサ、ギャスラークさん、ラナの三人に糾弾されてフレイが半泣きになる。
「お金、お金が」
「はいお嬢様、行きますよ」
陣形を乱しそうになったので、フレイはラザリッサに背中を押される。
「倒すのは中々大変だからな。時間もかかる。今回は忘れろ」
親父さんにいわれても、フレイは諦めきれない様子。
ダンジョンの探索を簡単にまとめると、移動、探索、戦闘、解体、休憩。
の繰り返しだ。
今回急ぎの探索なので“解体”は抜いている。素材は全部無視する。
朝合流した時に説明したはずだが、勇者様よ。
液晶に表示させた地図によると、この階層の階段は30メートル先。階段付近は敵が現れない。軽く一息吐ける。
これとして何もなく、下の階層に移動した。
経過だけをいえば、十八階層は一番楽に踏破できた。
敵の種類も十七階層と変わりなく、親父さんが先頭に立って指令と先陣を切る。
全部、親父さん任せ。
ダンジョンに潜って一番楽だった。
自分で考えなくてもよく、しかも頼れる人間がいる。ほとほと、自分がリーダーに向いていない事を痛感した。
パーティの状態は、ダンジョンに潜った時よりも良い。
戦闘の高揚感や、探索の慣れ、優秀なリーダーがいる安心感。ちょっと散歩したくらいの疲労感。魔力もフル充填。怪我もなし。
ベストコンディションで十九階層に降りる。
十九階層も、他の階層と変わりはない。
しかし何か、
「?」
シュナも違和感を覚えたようだ。
空気が違う。
ピリっとしたものを感じる。皆は十九階層の空気だと思っているようだが、僕は今気付いた。
親父さんの空気が違う。
ちらりと見えた横顔に、鬼気迫っていた。
こんな薄暗い中で、30年かけて消えた仲間を探し続ける。見えない敵を追う。
たった一人で。
常人には計り知れない精神だ。人の域ではない。
「さて」
親父さんがあらたまってパーティに向く。
「この階層の番人を紹介する」
自分を親指で指す。
「俺だ」
『は?』
というリアクションがパーティに響く。
「別に俺を倒せとはいわん。俺と一緒に二十階層に到達する。それが新米冒険者の最後の試練だ。これを達成すると同時に、お前らはレムリア冒険者組合に“本物の冒険者”として認められる。新米には割り振られなかったクエストも、組合が斡旋する。報酬も危険も新米の時と段違いだ」
という事は、今まで僕らは偽物の冒険者だったのか。
「それと一つ、この階層で、少なからず行方不明者が出ている。エルフや、魔法の才が高い者。そこの四人が対象だ」
ラナ、エア、リズ、フレイを見る。
ホーエンス学派の終炎の導き手二人、エルフの射手一人、神媒の巫女(何か憑き済み)。この中の誰かが、犠牲になるかもしれない。
できれば、それが――――
止めよう。浅ましい。
「この十九階層には魔が棲む。行方不明の原因も、おそらくそいつだ。ソーヤにはもういったが、俺はそれを、30年追っている。
………手掛かりはゼロだ。
かつて29組のパーティが、消えた仲間を必死に探した。この階層を隅から隅まで探した。
だが見つからなかった。
だから俺は、死ぬまでそれを探し続ける。
だからな、もしこの中の誰かが消えたとしても、お前達は探すな。
それは俺がやる。
30年もかけて、一人の仲間も助けてやれなかった俺だが、お前達の代わりに探し続ける事はできる。そのうち見つかるさ、必ずな。
だからお前達は、ここで立ち止まるな。
この狂階層に囚われるな。
二十階層を踏破すれば、その時点でお前達は俺より格上の冒険者となる。
冒険者は結果が全ての職業だ。
格下が、格上にかける言葉などない。明日からお前達は、俺より上の冒険者だ。そこを弁えて、お前らも俺を無視しろ。
俺は哀れな老人だ。
囚われた冒険者だ。
冒険者の落伍者だ。
だからな、こうはなりたくないと肝に銘じて俺を見ろ。それが俺の―――――」
親父さんは言葉が詰まる。
「いや、いい。行くぞ、ひよっこ共。最後の教育だ」
詰まった彼の言葉を理解したのは、僕だけだろうか。