異邦人、ダンジョンに潜る。外伝、老人の剣。 【14】
【14】
旅に出て五日後の夜、老人と少年は王都に到着した。
途中、馬が老衰で死に、移動を徒歩に切り替えた。
偶然、盗賊に襲われていた商人を助け、彼らの馬車に同乗。馬車ごと乗れる船を乗り継ぎ、予定よりも早く到着してしまった。
「思ったよりも、あれ? レムリアよりも小さいぞ」
少年の感想通り、人類最大国家の王都は小さくなっていた。
「どういうことだ」
老人も驚く。
白亜の城はそのまま。だが以前、老人が攻め入った時よりも三回りは城下街が小さくなっていた。一番の変化は、
「爺、城壁がないが大丈夫なのか? この街」
「大丈夫ではないだろ」
長い歴史を守っていた、巨大で堅牢だった城壁が、綺麗になくなっている。迷路のような城下街も半分以上が建て直され、長方形の箱のような建物へと変わっていた。
一番驚いたのは、城に続く大通りだ。石畳が綺麗に舗装され、妨げるものが一つもない。無数の街灯により夜でも人の足元まで見える。
今、獣人軍が攻めて来ようものなら、城まで一気に制圧できるだろう。
防衛という観点では、無防備もよいところ。
そんなことを知ってか知らずか、街は活気にあふれていた。
賑やかな酒場の声が通りに溢れる。多種多様な種族が、宿や、娼館の呼び込みを行っている。変わったことがもう一つ、道の隅には、敷物の上に商品を並べた小さな露店が数え切れないほどあった。
少年と老人は街を進む。
目的はなく、光に吸い込まれるように街の奥に。
老人にとって、この街の活気は妙だった。人の荒々しさや、混沌さが薄い。
レムリアのような冒険者の街と比べるのは論外だろうが、それでも人が集まれば、乱れ、騒ぎ、荒れるものだ。
ああ、その理由はすれ違った男を見て納得した。
何気ない町人の姿をしていたが、剣を忍ばせた兵だった。注意深く見れば、似たような人物を数名見つけられる。
(監視、統率しているのか? 街全体を?)
不可能だろう。
「爺、あの敷物。全て同じサイズだな」
「露店のか?」
「うむ、ちょっと聞いてくる」
少年は離れ、香辛料を扱っている露店に行った。
何やら話し込み、陶器の小瓶を購入して少年は戻ってくる。
「爺、見ろ。うちの店の備品だ」
「あ?」
「ほら、ここ」
少年は、瓶底の猫の焼き印を見せる。
「うちの店の焼き印だ。いやぁ~よくなくなるんだよな。中に入ってる昆布塩が美味いとかで。まさか海を越えた場所で見つかるとは、良い土産になった」
「お、おう」
老人は、どう反応してよいか困る。
「ああそう、あの敷物なんだが、この街の法律で露店は支給される敷物の上でしか、物を売っちゃいけないんだと」
「何故だ?」
「ロラが来た時に、逃げ出すためだ」
「逃げ出す………もしかして壁もそうか?」
「らしいな。獣人軍が攻めてきたら、戦わず迅速に逃げるって。街の新しい建物も、地下のダンジョンに繋がっているものらしく。地下経由で、街の外に逃げるそうな」
「………驚いたな」
国の象徴である伝統ある王都を、いつでも逃げ捨てる気でいるとは、しかも壁まで取っ払い。
いや、もしかしたら理にかなっているのか?
先の戦争で、獣人軍は街に火を点け、城壁の門を封鎖して住民を大量に殺した。しかし、今の獣人軍の規模では、王都全体を囲むことはできない。いいや、前の規模でも不可能だ。
戦わずに逃げるだけなら、この街の姿は正しいのだろう。
思い切りのよいことだ。一度燃えたからできる、新しさなのかも知れないが。
街の姿は、その王の姿を反映する。【最後の王子】、老人が思うよりも、遥かに変わった人物なのかもしれない。
「腹が減った。適当な店に入るぞ」
「爺、そこの店がいい」
少年が指した店は、二階が宿になっている酒場だ。
夜半の稼ぎ時だというのに、あまり繁盛しているようには見えない。
「何故だ?」
「シグレ姉の店と似た雰囲気がある。軒先も綺麗だし、古い油の匂いもしない。夜は、酒の本数に制限をかけているのだろう。もしかしたら予約制なのかも。ちょっと行ってくる」
少年は、犬のようにその店に駆けて行った。
遅れて老人も続く。
「爺、二部屋とれたぞ。飯も適当に注文しておいた」
少年の行動は早かった。妙に声高でもある。もしかしたら、知らない街で気分が高揚しているのだろうか。
少年と老人は、隅のテーブルに着く。
外から見ていたよりも客は入っていた。店は、熟年の夫婦が切り盛りしている。明るく落ち着いた店だ。穏やかな照明や、飾らない調度品は、我が家のような安心感を覚える。
店の雰囲気もそうだが、客の品が良い。
談笑は溢れるものの、大声を上げる者や、馬鹿笑いで騒ぐ者もいない。
「思った通り、酒の注文に制限がかかっていた。爺も歳なんだし、酒は二本で我慢できるよな?」
「中央の酒は体に合わん」
「酒かぁ、母は好きみたいだが、私はあんまりだなぁ」
「ガキが何を言うか」
「歳をとれば美味くなるのか?」
「美味い不味いで、酒は飲むもんじゃねぇ」
「どういうこと?」
「酒は、情景と共に飲む。そうすれば、酒を飲む度にその情景が浮かぶ。冒険の苦楽。誇らしい友の名声、誇りある己の名声。思い出と共に、酒はたしなむものだ。アホになりたいだけなら、酒より女にしておけ。笑い話になる。酒の肴にもな」
丁度、酒がテーブルに置かれた。早速、老人は手酌で酒を飲む。
やはり、合わない酒だ。
「思い出の味ってことか。それならわかる。私も父のチャーハンを食べる度に、日本のことを思い出す。『覚えてるわけないだろ』って父に言われても、何となくあっちの家を思い出すのだ」
料理が並べられた。
具沢山のスープと、野菜と肉の炒め物、堅そうな黒パン。
中央大陸でよく見る家庭料理だ。
そういうのを売りにしている店なのだろう。味は―――――――
「うーむ、不味くはないがパッとしないかな。私の飯の方が美味いと思うのだ」
「贅沢を言うな。十分な食事だ」
言うが、老人も同意見であった。
よそ者には微妙な味だが、現地の人間には愛される味なのかもしれない。
「して爺よ。どうするのだ?」
「ああ?」
食事の手を止めず、少年は聞いてくる。
「ここで“仕事”をするのか?」
人前で『暗殺』とは言わないようだ。
多少の分別はある。
「相手の出方次第だ。奴は、人と会うことが至上の娯楽だとか」
「では、爺を見たくて“あんな連中”を使って呼び出したのか? 美女ならともかく」
「気付いていたのか」
木の上で不貞腐れていたと思っていた。
「言っておくが、私は爺より耳も目も良いぞ」
「老人より耳や目が良くとも、何の自慢にもならんぞ」
「くだらん言い合いは、大人の私から止めよう」
少年が、不遜な顔で胸を張る。
二人は黙って食事を続け、ぶつくさ言う割にすぐ皿を空にした。老人は二本目の酒を飲み始めた。少年もエールを口にして『うぇ』という顔をした。
「おい、ガキ。ダンジョンに潜ったことはあるよな?」
「当たり前だ。レムリアに住んでいたのだぞ」
「剣を見てやる。そろそろ仕上げだ」
時間もない。
「ほほう、ん? つまり?」
エリュシオンの地下にもダンジョンがある。ロラが攻めてきたのなら、そこを経由して街の外に逃げるというのだ。
逆をいえば、地下を経由して街の中にも行ける。
そして、間違いなくダンジョンは城の下まで伸びている。
「会いたいというのなら、俺から出向いてやろう。奴が一人きりの時、サシで俺に向かって何を語るのか。少しだけ興味がある」
「おー、私もちょっと興味が湧いた」
老人は、酒を飲み干す。
懐かしい消えかけの火が、わずかに燃え上がった。昔の、冒険者だった頃の火が再び。
「明日の朝から、ダンジョンに潜るぞ」




