異邦人、ダンジョンに潜る。外伝、老人の剣。 【13】
【13】
「ガキ、旅支度をしろ」
「爺、どこに行くのだ?」
「でかいとこだ」
「だからどこなのだ?」
「道中説明する」
老人と少年は、旅支度をして小屋の掃除を済ませると、村に行った。
村には不釣り合いな馬車が一台止まっており、村の子供たちが遠巻きから眺めていた。高価に見える屋根付きの馬車だ。それを引く馬は若く、値を付けたなら田舎の家よりは高いだろう。
老人は、高価な馬車と馬を村に譲った。
代わりに、老馬と使い古した荷運びの馬車を譲り受ける。屋根もなく車輪も少し歪んだ馬車だが、老人と少年が乗るには十分な代物だ。
老人と少年は村を後にして、老馬に引かれ、のどかな街道を進む。
「で、どこに行くんだ?」
「エリュシオン、王都に向かえ」
手綱を引く少年に、荷台で寝転がった老人は言った。
少年は、しばらく考えて口を開く。
「爺、王子の暗殺でもするのか?」
「さあな」
事と次第ではありうる。
「そういや、爺は人並み以上に“王”ってやつと関りあるよな」
「………まあな」
「傭兵王、冒険者の王に、最後は獣の王。この三人の王であってるか?」
「傭兵王は外しておけ。あれと一緒にいたのは、あれがただの傭兵の頃だ」
「あっ、獣狩りの王子は?」
「彼奴らの騎士とは、何度か戦った」
「私の祖父も戦ったそうだぞ」
「そうだな」
何度か見たことがある。
メルムの剣は、老人とは違う。あれは何かを抱えた剣。一人では成しえない積層の技だ。一度だけ由来を訪ねたことがあるが、『貴様も剣士なら、口ではなく目で盗め。馬鹿が』と言われ、喧嘩になった。
「爺はアレか、やっぱ冒険者の王については聞かれたくないものか?」
「なんだ急に。気色悪い」
少年らしくない気遣いだ。
「父上に警告されたのだ。『爺にレムリア王のことだけは聞くな。人間、一つや二つ触られたくない過去はある』とな。相手が老人なら尚更のことだと」
一言余計である。
「構わん。どうせ死んだ男の話だ」
「爺がそう言うなら、身内である私は聞く権利があるな。レムリア王とは、どんな男だった? 父上も、母上も、ランシール王女も、聞くと物凄く嫌そうな顔をして口を閉じるのだ」
「………………レムリアの奴は」
言っておいてなんだが、『身内』と言う言葉で老人は言葉に詰まる。
大罪人であれ、クズであれ、相手が何であれ、身内を口汚く罵るのなら命を賭けなければならない。これは、そういう類の罵倒だ。
「あー………知略に………………違うな。謀略と言うべきか、それも大分柔らかい表現だな………………」
老いた脳は、綺麗ごとを並べるのが大変であった。
「なんだ爺もか。関係者の反応を見るに、ものすご~くひっどい人間なのは伝わってくるぞ。世間的な名声はとても良いのに」
「名声には、常に影がある。明るい道だけを歩んで名声を得た者はいない」
「私は、その影の部分が気になる」
「生きてりゃ自然とわかることだ」
嫌でも見なくてはいけないことだ。
少年は、笑いながら言った。
「とりあえず、今はレムリア王の薄暗いとこを知りたい。あれだ。私の兄と姉の存在から少し目をそらして、教えてくれ」
老人にちらつくのは、少年の兄と姉より、ランシールとその母親である。
話す気にはなれない。しかし、少年には知る権利がある。身内の非道を知らなければ、不意に襲ってくる恨みとは戦えない。
「名声の受け取り方が、他の冒険者と違う奴だった。レムリアは」
「違うとは?」
「きっと奴には、各名声に値段が付いていたのだろう」
「値段とな。商才ということか」
「そうだな、人を見る商才。人の―――――値段がわかる商才があった」
「悪いことなのか?」
「人の能力に良し悪しはない。使い方に良し悪しがある」
「ほほう、レムリア王はどんな悪行を冒したのだ?」
「長いぞ」
「この馬の脚だと、王都にたどり着くまで七日はかかるぞ」
「仕方ない――――――」
老人は時間をかけて、かつての仲間の悪行を話した。
古びた脳髄が思い出せる範囲で全て、老人が知る範囲での全てを話した。
「強請り、騙り、略奪、明るみに出れば冒険者として一生罵られる罪ばかりだ。子や、孫の代までな。しかも、罪の数は百を軽く超える」
「でも上手くやった」
「最後に傲りで滅んだことを除けば、だがな」
旅に出て三日目の昼。
老人は、レムリア王の悪行をようやく話し終えた。
「で、今日の飯はなんだ?」
話し疲れ、老人の胃は空腹をうったえている。
「今朝、宿でキッチンを借りた。旬の食材を平焼きパンで巻いてみたのだ」
宿の朝飯は美味かった。王都が近付き、良い食材も集まるのだろう。
少年が取り出したのは、防腐葉に包まれた平焼きパンだ。
包みを解くと、様々な具がみっちりとパンに巻かれている。
「蜂蜜とバターで炒めた塩漬け豚と、薄切りにした玉ねぎ、茹でた芋、オクラにチーズ。シグレ姉に教わったやり方で、大量のミントとコショウで味を締めてみた」
もしゃぁ、と老人はパンを食す。
具が多すぎて食いにくい。味もぼんやりとして―――――いや、噛みしめると甘塩っぱい肉汁の中に、ミントの爽やかさとコショウが良いアクセントとなって出てくる。
思ったよりも悪くない。
ガツガツと胃に入れて、中央大陸の安いエールで喉を潤す。飯は美味くとも、この酒だけはいただけない。水で薄めたような香りと風味だ。妙な雑味と後味も気に障る。
レムリアのエールが恋しい。
長く血としてきたあの酒が、一番体に馴染む。
「しかしまあ、レムリア王は短く太く、いやヒームの寿命を考えれば、十分長く太く生きたと思うぞ」
少年もパンを平らげ、手綱を持ち直して言った。
若者らしい反応である。
名声と夢の先が見えていない。
「虚栄の強さに芯はない。命のやり取りで、最後にものをいうのは芯の強さだ」
「ふむ、だからレムリア王は父上に負けたと?」
「そんなところだ」
あれが負けた理由は、最後の最後に生来の愚劣さを出したことにある。戦った相手が、手負いになってから本物になる獣に近い男だというのに、油断を見せた。
「………わからんのだが、その“芯”とやらは後で鍛えられないものなのか?」
「鍛えられん。鋼のように、年輪のように、人は脱ぐことのできない服を積み重ねて生きる。レムリアは、そこを虚栄で包み隠した。最初の間違いが、最後の負けに繋がった」
「わかったような、わからないような。でも、父上が爺に剣を習えと言った理由はわかった。私はまだ、最初ですらないのだな」
「そうだ。剣を持つ者としては、おしめも取れていない」
「納得いかんが、ヨボヨボの爺に手も足も出ないのでは認めざるを得ない」
時々素直なのが、この少年の良いところだ。
口にしたら調子に乗るので絶対に言わないが。
「少し話はそれるのだが、私の祖父の話だ。何故、祖父は名声を密やかに隠したのか。意味があったのだろうか。常人には理解できない深淵な意味があったのか。父上から聞いた話では、全く理解できないのだ」
「歳を取ればわかる」
「爺にはわかるのか?」
「………何となく、だがな。メルムは、己の目で世界を見ていた」
ずっと遠くを見ていた。
本来は交わらない関係だった。偶然、余所見をした時に自分たちは出会ったのだ。
「誰だって自分の目で見るのでは?」
「価値観という意味の目だ。世界を見る目は、社会や親から培うものだ。あいつは違う。エルフの目で世界を見ていなかった」
「よくわからん。それも歳取ればわかるのか?」
「お前は、あいつの孫だ。必ずわかる。俺よりも確かにな」
「さっさと今知りたいのだが………………」
「ガキが楽をしようとするな」
老人は、丸めた葉っぱを少年の後頭部に投げ付けた。
「次は、獣の王の話だな」
「………………」
「音に聞こえたロラの武勇。爺の目にはどう映った?」
「父親に何も聞いてないのか?」
「ん? 特に何も」
“親父さん、どけっ! ロラは悪魔だ! 今なら僕が殺せる!”
「ちっ」
老人の脳髄に、嫌な記憶が蘇る。
後悔の多い人生の中で、一番最近の大きな後悔だ。
「腹が膨れた。俺は寝るぞ」
「続きは明日だな」
馬車はのんびりと街道を進む。
老人の見る青空は、くすんで見えた。




