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異邦人、ダンジョンに潜る。  作者: 麻美ヒナギ
異邦人、ダンジョンに潜る。Ⅺ 仄日のレムリア 【11部】

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<第二章:レムリアの後継>


<第二章:レムリアの後継>


 かつて、竜殺しの神がこの街にはいた。

 名をグラッドヴェインと言う。

 かの神は、ある日こつ然と姿を消した。その眷属達と共に。噂は数多くあれど、消息は誰にも分からず。時間と共に名と信仰は風化して行く。

 俺の前にある寂れかけの建物も、何れは由来すら忘れ去られるのだろう。

「どうしたものか」

 一応、念の為、万が一の為、全くもって無意味だと思うが、頭のおかしいエルフから貰った剣を携えて来た。

『早く帰ってこないと昼飯抜きだぞ』

 と時雨に言われたが、そもそも帰れるのかね。

「はあ」

 無駄な考えは止め。出たとこ勝負。

 開ききった門を潜り、人気のない広場を横切る。木剣や木槍、鎧に盾、訓練用具が埃を被って放置されている。

 奥に進み。

 到着したのは食堂。勘で食堂の位置が分かった。人がいるならここに痕跡があるはず。

 そう思ったのだが、外れた。

 積もった埃から人の出入りがないのは確実。では次は、

「あ」

 一つか。

 キッチンに行き。我ながら正気を疑うほど無警戒に扉を開ける。

「動くな」

 首に短剣の冷たい感触。

 まあ、そうなるよな。

「何者か?」

「何者でもない」

「ふざけているのか」

 皮膚に刃が食い込む。しっかり動脈の上だ。

「強いて言うなら、お使いだ」

「使いだと?」

 短剣を持った人影。

 丸い耳、毛が薄く長い尻尾。ネズミの獣人だ。ネズミらしく小柄で、ポンチョのようなマントで体を隠している。目は丸く愛らしくも見えるが、そんなもの刃物の前では二の次だ。

「上級冒険者様のな」

「戯言を」

 警戒されている。俺の容姿では仕方ないか。

「何者だ? まず名を名乗れ」

 太い声が響いた。

 どこに隠れていたのか、のそりと二メートル半の巨体が現れる。

 こちらも丸い耳、半裸で筋骨隆々の体。毛深く、尻尾は丸く小さい。目も小さい。半面鼻や口のパーツは大きく。ちらりと見えた牙も太い。

 熊だ。

 それも人を喰らう類の熊だな。

「アッシュだ」

「メート、知っているか」

 熊がネズミに聞く。

「そこらに転がっている情報屋です。分不相応の女を連れているとかで、少しだけ有名」

 大きなお世話だ。

「そんな奴が、何故上級冒険者と繋がりがある? 答えろアッシュ」

 威圧的な声音である。

 ビビるのもシャクなので平静のまま答えた。

「知るか。俺は言伝を依頼されただけだ」

「信用できぬな」

「オロック様、こいつの女は元々エリュシオン売女です。なら、想像は容易い」

 ネズミから熊への物言いは、かなり腹が立つ。

「彼奴ら、矢張り死にかけだな。こんな間抜けを間者に寄こすとは」

「んなわけねぇだろ。獣人ってのはせっかちだな。そんな早くて女の相手が務まるのか? 満足させる前に――――――」

 巨大な大斧がキッチンの天井を削って落ちて来た。

 あれ? 

 何かおかしい。

 あのエルフや、ボケ犬と比べたら何十倍も遅く感じる。そして殺気がぬるい。

 風が頬を撫でた。斧は帽子を掠め止まる。

「侮辱には、命を賭けるのが通りぞ」

「全く同じ言葉を返してやる。てめぇの飼いネズミにも、きちんと躾しておけ」

 鋭い殺気を放つのはネズミの方。

 喉の短剣が動く刹那、澄んだ音色でその刃は壁に突き刺さる。

「おっ」

 剣を振るって驚いた。

 この剣、本当に名剣だぞ。短剣がクッキーのように斬れた。ついでに、ネズミのポンチョも斬ってしまう。

「って、女か」

 ネズミの胸元から下腹まで肌が露出する。小さいながらも膨らみが見えた。大して嬉しくもない膨らみだ。

「おまえぇぇぇ!」

 激高するネズミを熊が片手で押さえつけた。ジタバタとやかましい。

「貴様、その左手は何だ?」

「お前に関係があるのか?」

 バレないように剣を使ったのだが、簡単にバレたな。

「メート、珍しく情報を違えたな。この男、一角の剣士だぞ。“欠けてはいるがな”」

「くっ」

 顔を真っ赤にしてネズミが威嚇する。所詮なネズミの威嚇だ。可愛らしいもの。

「アッシュ、聞いてやろう。どこの上級冒険者だ」

「リングスノヴァの一人、『仄日のヴィクリス』だ。エリュシオンに仇を成したお前らに、ありがたい事に力を貸してくれるとよ」

「メート」

「リングスノヴァは、全滅しています。『仄日のヴィクリス』にいたっては、何十年も前に他界している。妻子もいません。ですが、【位】と【財】は残っていると聞く」

「気に食わんな。他人の功績を着ているだけではないか」

 お前らもな。

「で、どうするんだ? 向こうは悠長に待たないぞ。組むか組まぬのか、今ここで返事をくれ」

 急かして判断を鈍らせる。

 女将からは時間の指定は受けていない。ただ単に、協力体制を築いて来いと言われただけ。これが問題で、成功させるしか俺には選択肢がないのだ。ガキの使いじゃあるまいし。『失敗しました』と報告して、タダで済むはずがない。

「条件がある」

「条件?」

 あーこういう場合の条件は、嫌な予感しかしない。

「女を一人、我が前に連れて来るのだ」

「女くらい」

 この程度なら女将に頼める。

「ただの女ではない。名を、ランシールと言う。レムリアの旗印にもなった銀狐ヴァルシーナの娘であり、レムリアの後継である」

 やっぱり無理だ。お姫様じゃないか。

 いや、違うか。

 確かランシールとか言うのは獣人だ。このヒームが支配する世の中で、獣人の王族など認められるはずがない。

 という事は、【レムリアの私生児】となる。

 だが、この熊は【レムリアの後継】と言った。

「ランシールは今、冒険者組合によりダンジョンに幽閉されている。あれは元々、レムリア王との盟約により我が妻となるべき女だった」

「なるほどねぇ」

 そのお約束は、諸王との同盟によりお流れになったと。

「だとしてな、連れてきてどうするつもりだ?」

 破断になった女にご熱心とは、美人なのか?

「今度こそ我が妻とし、このオロックがレムリアの新たな王となる」

「………………は?」

 こいつ頭がおかしいぞ。【獣人同盟】の詳しい勢力は知らないが、所詮は森に済む部族の集まり。戦えるのは多くて千、女子供集めて一万くらいか。

 その程度で、エリュシオンや諸王と戦うと? 獣人がどれほど強かろうとも、蟻と象ほど戦力差がある。

「中央は死に体だ。諸王など蛮族の集まりに過ぎぬ。時代は今、新たな王を必要としている。レムリアを統べるだけでは留まらず。全ての獣人を従える王。そう、混迷した今にこそ新たな【獣の王】が必要なのだ。この大役、我が死命に相応しい」

 この自分に酔った物言い。

 危険だ。

 冷たさではなく熱で物事を判断するタイプは、周囲を巻き込んで死に絶える。

 こいつは厄火だぞ。

「さあ、行け。アッシュよ。これは貴様と我の盟約である。ランシールを我が前に連れて来たのなら、リングスノヴァの何某に我が【獣人同盟】の“おこぼれ”をくれてやる」

 ホント、厄介だ。

 肝心な所は抜け目がない。

 潜んでいた気配が現れる。キッチンだけではない。建物中に獣の気配。十や二十ではない。少なくとも百はいる。

 彼我の戦力差を冷静に判断できず、尚且つこんなアホで賢い危険な男に付き従う獣が百以上。

 ああもう、最悪だ。


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