<第二章:レムリアの後継>
<第二章:レムリアの後継>
かつて、竜殺しの神がこの街にはいた。
名をグラッドヴェインと言う。
かの神は、ある日こつ然と姿を消した。その眷属達と共に。噂は数多くあれど、消息は誰にも分からず。時間と共に名と信仰は風化して行く。
俺の前にある寂れかけの建物も、何れは由来すら忘れ去られるのだろう。
「どうしたものか」
一応、念の為、万が一の為、全くもって無意味だと思うが、頭のおかしいエルフから貰った剣を携えて来た。
『早く帰ってこないと昼飯抜きだぞ』
と時雨に言われたが、そもそも帰れるのかね。
「はあ」
無駄な考えは止め。出たとこ勝負。
開ききった門を潜り、人気のない広場を横切る。木剣や木槍、鎧に盾、訓練用具が埃を被って放置されている。
奥に進み。
到着したのは食堂。勘で食堂の位置が分かった。人がいるならここに痕跡があるはず。
そう思ったのだが、外れた。
積もった埃から人の出入りがないのは確実。では次は、
「あ」
一つか。
キッチンに行き。我ながら正気を疑うほど無警戒に扉を開ける。
「動くな」
首に短剣の冷たい感触。
まあ、そうなるよな。
「何者か?」
「何者でもない」
「ふざけているのか」
皮膚に刃が食い込む。しっかり動脈の上だ。
「強いて言うなら、お使いだ」
「使いだと?」
短剣を持った人影。
丸い耳、毛が薄く長い尻尾。ネズミの獣人だ。ネズミらしく小柄で、ポンチョのようなマントで体を隠している。目は丸く愛らしくも見えるが、そんなもの刃物の前では二の次だ。
「上級冒険者様のな」
「戯言を」
警戒されている。俺の容姿では仕方ないか。
「何者だ? まず名を名乗れ」
太い声が響いた。
どこに隠れていたのか、のそりと二メートル半の巨体が現れる。
こちらも丸い耳、半裸で筋骨隆々の体。毛深く、尻尾は丸く小さい。目も小さい。半面鼻や口のパーツは大きく。ちらりと見えた牙も太い。
熊だ。
それも人を喰らう類の熊だな。
「アッシュだ」
「メート、知っているか」
熊がネズミに聞く。
「そこらに転がっている情報屋です。分不相応の女を連れているとかで、少しだけ有名」
大きなお世話だ。
「そんな奴が、何故上級冒険者と繋がりがある? 答えろアッシュ」
威圧的な声音である。
ビビるのもシャクなので平静のまま答えた。
「知るか。俺は言伝を依頼されただけだ」
「信用できぬな」
「オロック様、こいつの女は元々エリュシオン売女です。なら、想像は容易い」
ネズミから熊への物言いは、かなり腹が立つ。
「彼奴ら、矢張り死にかけだな。こんな間抜けを間者に寄こすとは」
「んなわけねぇだろ。獣人ってのはせっかちだな。そんな早くて女の相手が務まるのか? 満足させる前に――――――」
巨大な大斧がキッチンの天井を削って落ちて来た。
あれ?
何かおかしい。
あのエルフや、ボケ犬と比べたら何十倍も遅く感じる。そして殺気がぬるい。
風が頬を撫でた。斧は帽子を掠め止まる。
「侮辱には、命を賭けるのが通りぞ」
「全く同じ言葉を返してやる。てめぇの飼いネズミにも、きちんと躾しておけ」
鋭い殺気を放つのはネズミの方。
喉の短剣が動く刹那、澄んだ音色でその刃は壁に突き刺さる。
「おっ」
剣を振るって驚いた。
この剣、本当に名剣だぞ。短剣がクッキーのように斬れた。ついでに、ネズミのポンチョも斬ってしまう。
「って、女か」
ネズミの胸元から下腹まで肌が露出する。小さいながらも膨らみが見えた。大して嬉しくもない膨らみだ。
「おまえぇぇぇ!」
激高するネズミを熊が片手で押さえつけた。ジタバタとやかましい。
「貴様、その左手は何だ?」
「お前に関係があるのか?」
バレないように剣を使ったのだが、簡単にバレたな。
「メート、珍しく情報を違えたな。この男、一角の剣士だぞ。“欠けてはいるがな”」
「くっ」
顔を真っ赤にしてネズミが威嚇する。所詮なネズミの威嚇だ。可愛らしいもの。
「アッシュ、聞いてやろう。どこの上級冒険者だ」
「リングスノヴァの一人、『仄日のヴィクリス』だ。エリュシオンに仇を成したお前らに、ありがたい事に力を貸してくれるとよ」
「メート」
「リングスノヴァは、全滅しています。『仄日のヴィクリス』にいたっては、何十年も前に他界している。妻子もいません。ですが、【位】と【財】は残っていると聞く」
「気に食わんな。他人の功績を着ているだけではないか」
お前らもな。
「で、どうするんだ? 向こうは悠長に待たないぞ。組むか組まぬのか、今ここで返事をくれ」
急かして判断を鈍らせる。
女将からは時間の指定は受けていない。ただ単に、協力体制を築いて来いと言われただけ。これが問題で、成功させるしか俺には選択肢がないのだ。ガキの使いじゃあるまいし。『失敗しました』と報告して、タダで済むはずがない。
「条件がある」
「条件?」
あーこういう場合の条件は、嫌な予感しかしない。
「女を一人、我が前に連れて来るのだ」
「女くらい」
この程度なら女将に頼める。
「ただの女ではない。名を、ランシールと言う。レムリアの旗印にもなった銀狐ヴァルシーナの娘であり、レムリアの後継である」
やっぱり無理だ。お姫様じゃないか。
いや、違うか。
確かランシールとか言うのは獣人だ。このヒームが支配する世の中で、獣人の王族など認められるはずがない。
という事は、【レムリアの私生児】となる。
だが、この熊は【レムリアの後継】と言った。
「ランシールは今、冒険者組合によりダンジョンに幽閉されている。あれは元々、レムリア王との盟約により我が妻となるべき女だった」
「なるほどねぇ」
そのお約束は、諸王との同盟によりお流れになったと。
「だとしてな、連れてきてどうするつもりだ?」
破断になった女にご熱心とは、美人なのか?
「今度こそ我が妻とし、このオロックがレムリアの新たな王となる」
「………………は?」
こいつ頭がおかしいぞ。【獣人同盟】の詳しい勢力は知らないが、所詮は森に済む部族の集まり。戦えるのは多くて千、女子供集めて一万くらいか。
その程度で、エリュシオンや諸王と戦うと? 獣人がどれほど強かろうとも、蟻と象ほど戦力差がある。
「中央は死に体だ。諸王など蛮族の集まりに過ぎぬ。時代は今、新たな王を必要としている。レムリアを統べるだけでは留まらず。全ての獣人を従える王。そう、混迷した今にこそ新たな【獣の王】が必要なのだ。この大役、我が死命に相応しい」
この自分に酔った物言い。
危険だ。
冷たさではなく熱で物事を判断するタイプは、周囲を巻き込んで死に絶える。
こいつは厄火だぞ。
「さあ、行け。アッシュよ。これは貴様と我の盟約である。ランシールを我が前に連れて来たのなら、リングスノヴァの何某に我が【獣人同盟】の“おこぼれ”をくれてやる」
ホント、厄介だ。
肝心な所は抜け目がない。
潜んでいた気配が現れる。キッチンだけではない。建物中に獣の気配。十や二十ではない。少なくとも百はいる。
彼我の戦力差を冷静に判断できず、尚且つこんなアホで賢い危険な男に付き従う獣が百以上。
ああもう、最悪だ。




