<第五章:レイヴ> 【01】
【01】
【209th day】
朝が来た。
決戦の日だ。
快晴である。
レムリア王の使いによると、夜明け前に第一の英雄と一軍が近港に到着。その後、簡単な状況検分をして、今現在ここに向かっている途中だそうな。
さて、大一番である。
持てる物は全て使う。
結局、騎士のコスプレは止めて、いつも通りの服装にした。
紳士服に見えるネオミアの古冒険者衣装に、腰と背に剣帯を付ける。
背の剣帯に魔剣アガチオンと、ザモングラスの剣。
当然、愛刀は腰に。
愛刀と並ばせ、剣をもう一つ腰に差す。
冒険者のロングソードより、肉厚で長めな両刃の騎士剣。
アーヴィンの形見だ。
しれっと荷物に紛れ込んでいた。
ベルか、もしくはリズの仕業だろう。ありがたく使わせてもらう。この剣は英雄を一人屠ったのだ。ならばそれを、もう一度と願う。
武装を再度確認したら、黒い外套を羽織って留め金で固定。すると、外套のポケットに異物が触れた。
取り出すと、それは牙だった。
大きな牙だ。
悪夢の世界で手渡された牙。
失くしたと思っていたのだが、こんな所で見つかるとは。
「………………」
お守りにしては縁起の悪い品だ。でも、捨てたら捨てたで罰が当たりそう。渋々、ポケットにしまう。
トンガリ帽子を被り、伊達メガネ兼、情報機器であるメガネ型デバイスをかける。
機能チェック、各種機能オールグリーン。テストで、上空のドローンから映像が送られてきた。平原の遠くまで見通している。
まだ、敵の姿は見えない。
空の監視はマキナに任せて映像を閉じた。
「物々しいな」
「陛下は身軽ですね」
フルアーマーな僕の装備に対して、陛下は背に大剣を一つのみ。後は五体と黒革の鎧に毛皮のマントという服装。
他の武器は、まだ荷台と周辺に転がっていた。
「敵を見て、戦いながら準備をする」
「なるほど」
実に頼もしい。
「戦いとは積み重ねの結果だ。前日や当日に慌てふためいても何も変わらぬ」
「………………」
それには賛同できなかったので沈黙で返す。
僕のような小者は、今も尚慌てふためいている。
「ソーヤ、妻には何か言葉を残したのか?」
陛下の急な言葉に、軽く驚いた。
「いえ何も」
帰ろうと思えば帰れた。
決心が鈍るから帰らなかった。それだけだ。
「良いのか?」
「そういう女だから惚れました」
「愚問だったか」
「僕には過ぎた女です。………陛下もレグレには何か?」
「子を健やかに育てよ。それだけだ」
僕もそういう言葉がいえるようになりたい。
無理か。
朝飯にした。
二人共立ったまま食べた。
ここはもう戦場なのだ。悠長に飯の準備は出来ない。
固い干し肉とチーズ。柔らかいパン。豆茶をゆっくりと飲み干す。
以上で終わり。
「ソーヤ、吾輩少し先行して様子を見る」
「ドローンは飛ばしているぞ?」
「何事も直が一番の情報なのだ」
「好きにしろ。邪魔をしなければ問題ない」
「邪魔はしない。安心しろ」
黒い騎士が歩き出す。
散歩するような歩みなので『駆け足で行けよ』とツッコミを入れたくなった。
「あの者、マリアの父親に似ているな。いや、似て非なるというか」
「似て同じだと思いますよ。こっちの都合考えない所とかそっくりだ」
「………ふむ」
陛下は一つ考え込んで、興味が失せたのか、目の前の平原に注意を戻した。
『ソーヤさん、ご報告です』
「頼む」
陛下に、情報が来たと目配せで伝える。
『最大望遠で敵を捕らえました』
「送れ」
敵の戦列がメガネに映る。
数は当初の予想通り、500に近い。
騎馬の姿はなし。
全て地に足を着けた騎士で、エリュシオンにしては珍しい兜を被ったフルプレートアーマー。丸みを帯びた鎧と、兜は奇怪で女の手が顔を覆うデザインだ。
綺麗な長方形の密集隊形。
ひどくゆっくりだが、一糸乱れず歩みを揃えて進んでいる。
武装は腰にアーヴィンと同じ騎士剣。盾は背に、両手に担ぐのは―――――――
「あのハゲェ」
槍のような“長銃”。
前に商会で見た事のあるドワーフ製のフリントロックだ。
幸運な事に騎士500全てに行き渡っているわけではない。陣形前列200が銃装備で、その後方300は対騎兵用の長槍を装備している。
メルムがいっていた“ある品”ってこれか。
しかもこの並び、戦列歩兵戦術だろ。敵に銃を知っている奴がいるぞ。
「陛下。銃です。しかも数がある」
「ヴァルシーナを殺したアレか。避けて近付けぬか?」
「無理でしょうね。この平地だ。精度はなくとも、一斉射撃されたら近付く前に蜂の巣です」
「やるな第一の英雄。これでは戦う前に負けではないか」
陛下の表情は、負けを口にする顔ではない。
それはそうだ。僕が傍にいるのだから。
「ま、ご安心ください」
「やはり、策があるのだな。任せる」
「お任せを」
敵が銃で武装している。
これは最悪だが、想定内の最悪だ。
「マキナ。プランB」
『らじゃ、作動準備に入ります』
「陛下、それは?」
「うむ、武器の準備だ」
陛下が槍や剣を地面に突き刺す。僕も手伝い、用意した武器全てを地面に刺した。
古典的な名映画で見た光景だが、これだけでは終わらない。
「ソーヤ」
陛下から大弓を受け取る。弦の様子を確かめる。中々飛ぶ弓だ。何故だか、陛下の隣にいると外す気がしない。
「敵との距離は?」
『間もなく視界に入ります』
「マキナ。あの銃の射程は………50メートルだっけな?」
『最大射程は80メートルですね。しかし、精度や威力を考えたら50メートル以下です』
なるほど、こっちの方が届くな。
ノイズが走り映像が急に消えた。
「マキナ、機械トラブルか?」
『いえ、ドローン撃墜されました』
あのドローンは、雪風のマキナが持って来た最新鋭のステルスドローンだ。そいつが簡単に撃墜されるとは。
しかし問題ない。目も耳も自前のがある。
風に意識を向ける。
頬を撫でる柔らかさと、平原を撫でる淡い風に。
意識が空に行くような感覚。
物々しい足音を捉えた。
このまま行けば僕らの真っ正面に来る。
こちらが敵を見ていたのなら、あちらも見ている可能性があるか。
くるんくるん、と隣で槍が回る音。
陛下が大槍を弄んでいた。
しばらくすると。
緑の絨毯の先、くすんだ銀色の集団が見えた。
ドローンの映像のまま、戦列歩兵の並びと形。
ああやって銃の射程まで近づき、一斉射撃して相手を倒す戦術だ。現代の銃器や、用兵を知れば間抜けに見える戦い方だが、昔は弱兵や銃の低性能を補う驚異的な戦術だった。
僕らは待つ。
近づけば奴らの思うつぼだ。
だが、近づかせれば僕らの思うつぼ。
そのまま近づいて来い。
地の利を見せてやる。
軍はゆっくりと、着実に進む。
遠く遠く微かに鎧の鳴る音を聞いた。
そして………………射程距離に達した。
「陛下、一番槍を」
「うむ」
距離が100メートルまで迫り、陛下が動く。
軽い助走から見事なフォームを取り、空気を炸裂させて投擲した。
大槍がほぼ直線の軌道で放たれる。
かん高い音がここまで届く。
大槍は騎士二人を串刺しにすると、そのまま墓標となった。陛下の膂力の前では、鎧など紙クズに等しい。
「良し、やるぞ」
「はい」
陛下は別の槍を手に取り、更に投擲。
僕も大剣を弓に番え、呼吸を止め放つ。久々の弓だが、武器の重量で鎧をぶち抜けた。
騎士の死体に凶器を抱かせる。
命を奪い。同時に陣も築く。
だが、敵は怯まず進む。
屍を越えて、必殺の距離まで黙々と進む。
戦列歩兵とはそういう戦術だが、これは何か異常だ。こうも味方の死を無視できるものなのか? まるで何も見えていないような―――――――まさか。
予感を確信に変える為、番えた剣で騎士の頭部を狙う。
距離は75メートル。
放った剣は正確にヘッドショットを決めた。
兜が砕け、中身が露わになる。
「うぇ」
見えないはずだ。
目と口が縫われていた。耳すらも金属の部品で覆われている。
こいつらは何だ?
騎士なのか?
兵なのか?
人か?
それともやはり、
『ソーヤさん。敵、攻撃態勢に入ります』
彼我の距離は60メートル。
銃口が一斉に僕らを向く。
「陛下?」
「万端だ」
今、陛下の手元にあるのは愛用の大剣と、大槍が一つ。
他の武器は全て、敵が抱えている。
「よし。マキナ、始めろ!」
『らじゃ』
引き金が引かれる寸前。
地鳴りが起こり、地面から土煙が吹き上がった。銃を構えた敵が転倒して、倒れ込み、あさっての方向に弾丸が飛ぶ。
土煙が晴れると、敵の周囲50メートルが一変していた。
落ち窪んだ平原に複雑な迷路が出現している。奴らは全て、そこに落ちていた。
通路の幅は狭く、長銃の取り回しには不便。
三人も集まろうなら身動きが取れない。
地上までは、2メートルほどの壁を超えれば良いが、乗り越えたとしても迷宮は続く。不安定な足場では、銃の精度はかなり落ちるだろう。ましてや次弾の装填など不可能に近い。
なによりも、数の多さというメリットが大幅に削られる。
最早、戦列歩兵戦術は機能しない。
こうも狭い地帯で肉迫されたら、マスケット銃など不便な槍と変わらない。スコップの方が強いレベル。
つまりここからは、塹壕戦であり、僕らの好きな血みどろの肉弾戦である。
「ソーヤ。十全だ」
「ありがたき幸せ」
陛下から満点をもらった。
平原の下には、由来不明の巨大ダンジョンが存在している。
その深層の一部が魔王様の居城、ゴブリン大帝国になっているが、地上に近い部分のほとんどは土に埋もれていた。
だから、一部を内部から崩落させて区画ごと下げて、即席の戦場を築いた。
『ソーヤさん。マキナが出来るのはここまでです。それと魔王様から伝言です。“事後処理はお任せを、何もかも綺麗に消しておきます”だ、そうです』
「ありがとう、そう伝えてくれ」
『はい、ご武運を』
「マキナにも礼をいう。もう一人にもそう伝えてくれ」
『お役に立てれば幸いです。………死なないでくださいね』
「当たり前だ」
銃声がした。
隣で金属の澄んだ音が響く。放たれた銃弾は、陛下の槍により簡単に軌道を逸らされた。
迷宮から体を乗り上げて、騎士が散発的な射撃をしていた。
思ったよりも動きは速い。
が、僕でも弾けるほど見え見えで薄い弾幕。しかも、装填に多大な時間がかかると来た。
さあ、行きましょうか。
「ソーヤ、遅れるなよ」
気迫に満ちた陛下が笑みを浮かべる。
肉食動物の笑みだ。
ザモングラスの剣を抜き、僕も同じように嬉々と鬼気に笑みを浮かべる。
「はい陛下。奴らに地獄を見せてやりましょう」
「いいや、我らが地獄そのものだ」
突撃。
二匹のケダモノと、500の騎士。
血の雨を降らせてやる。




