<第五章:魔笛>
<第五章:魔笛>
彼女の戦いを見守る。
特大剣とメイスの奏で、金属の不協和音が響き、触れただけで肉の削げる死風が吹きすさぶ。人の立ち入れない、人外と人外の命のせめぎ合い。
アートのような。
肉食動物の狩りのような。
純粋な生き物の殺し合いのような。
歪な命をぶつけ合う、ある種の美しさを感じる戦い。
長く短い時。
拮抗した戦いに変化が生まれた。
エヴェッタさんが圧されている。体力とスタミナの差だ。僕を庇い怪我をしていなければ、嫌。そんな安っぽい仮定はいらない。戦う決意を持った人間には侮辱になる。
エヴェッタさんが防戦一方に。
メイスを盾にして、ジリジリと追い詰められて行った。チャンスと見て。二つ角の攻撃は、更に勢いが増す。
獣の咆哮と共に、盾にしたメイスごとエヴェッタさんを潰そうとする。鋼鉄の塊であるメイスに亀裂が走った。
ガン、ガン、ガン、と攻撃を受ける度、亀裂は大きくなり槌頭が欠けて落ちる。
エヴェッタさんは片膝をついた。
もうメイスを抱えるだけで精一杯の様子。
止め、と。
二つ角は特大剣を振り下ろす。素早く、重く、竜の首でも落とせそうな一撃。
受けたメイスが砕ける。
「なッ?!」
僕は思わず声を上げてしまう。
砕けたメイスの槌頭から、真新しい槌頭が出てきた。
あのメイス、恐らくは元々巨大なメイスを更に巨大にする為に上から装甲を付けたのだ。
そのガワが、今壊れた。
二つ角の特大剣と共に。
「所詮は、真似事。ソーヤ、忘れないでください」
一皮剝けたメイスが、二つ角に迫る。
一撃目は左肩を砕き、二撃目は両足を砕く。三撃目は、頭部を強かに打ちすえた。
血の花が咲き、砕けた角が舞う。
彼女は勝った。
見事な勝利だ。
「これが本物と偽物の違いです」
「流石です」
僕は親指を立てる。エヴェッタさんは不思議そうに眺めて、同じように親指を立てた。
「後は、この角を………う」
「エヴェッタさん?」
彼女は口元を押さえ、咽ながら倒れ込む。吐血していた。
慌てて傍に寄り、片膝をついて彼女を抱える。
「エヴェッタさん。すぐ戻りましょう」
「駄目です。もう、少しで。あなたを、上級の」
「そんな事はもうどうでもいい! 今は!」
彼女は意識を失う。顔は青ざめ、呼吸は荒い。マントをめくり背の傷を確認すると、傷口が開いて夥しい血が流れていた。
気付いていなかったわけではない。戦闘中、必死に彼女の血を見ないようにしていた。
耐えて、耐えて、止めなかった。
もう、これでは長く持たない。
「おい! ガルヴィング! 手を貸せ!」
「よろしい。我が魔笛も戻った」
光が弾け、ガルヴィングの肉声が響く。こいつマリアと同じ技を。
「我が転移できるのは、この階層のみである。そのマリアとやらは………ふむ隠すか。それは後で良いだろう」
白ヒゲの魔法使いは杖を振り、砕けたホーンズの角を引き寄せる。
「これぞ、魔笛。常闇を従える囁き声である」
中空に浮いた二つの角が、魔法使いの見えざる力により加工されて行く。
重なり、合わさり、捻じれ、一つの角に。角笛となる。
「おい、ガルヴィング。つまり」
「見事、取り戻してくれた。こやつ返せというても従わぬ故な」
「このホーンズ。お前が作ったのか?」
「そのような奇跡が出来るなら我は何も、いいやこれは良いか」
「良くない。いや、やっぱいい! さっさとエヴェッタさんを治せ!」
こいつの秘密など後だ。今は他に大事がある。
「本当に即物的であるな。そなたは」
「人間が即物的でないなら、いったい何なのだ?」
「かつて我々は………ああもうよい。アプレ、力を貸せ。耐え難き痛みを耐え、生きる者に生きる力を。わずかな再誕の為、時すらも嘲笑せよ」
ガルヴィングが、杖先でエヴェッタさんを突く。
こぼれ落ちた血が別の生き物のように舞い上がり、彼女の傷口に戻っていった。冷たくなった体に温かさが戻り、肌が生命の色に染まる。小さくなった呼吸も落ち着いた寝息に変わる。
「ガルヴィング、ついでに彼女の寿命も」
「簡単には無理だ。どうしてもというのなら、そなたの妻の命を差し出せ。生命の摂理を変えるには、常に犠牲が必要なのだ」
「おい」
それは暗に無理といってる事か。
「ま、そうでもある」
「この野郎。それで、あんたはその魔笛とやらで何をする?」
知ったこっちゃないが、嫌な予感を間近に感じる。
冒険者の勘というか、異世界に来てからの経験則。無駄に力を持った愚か者は扱いに困る。他人を、平気で巻き込む。
「そなたを新しいホーンズにする。何なら、そなたの妻も“つがい”としよう」
「はは」
そいつは予想外だ。でも体は動く。
左手の親指が鍔を押し上げる。そこから銀線の閃きを生む。
この距離、この技、どんな奇跡よりも速いぞ。
女の体を抱いていても、否抱いているからか、この上なく冴えた抜刀を放てた。
刃圏に入った魔法使いの首を、
「チッ」
落とせなかった。
澄んだ音色と共に、同質の閃きに迎撃される。
「魔法使いが、剣を扱えない理由はない」
魔法使いの杖には、刃が仕込まれていた。いわゆる仕込み杖。
何の因果か、大魔術師様も抜刀術が使えた。
「これは若い時に、盲目の異邦人から教わった剣技である」
「なんつうもんが」
異世界に転移してんだ。
が、初手を外すのは慣れている。次手の用意もある。先の抜刀は親父さんの刀で行った。次は本身、愛刀の一撃をお見舞いし――――――
「いけませんわよ、大魔術師様。浮気は」
ぞぶり、と。
ガルヴィングの胸から砕けた刃が突き出る。
「かっ」
心臓を貫かれ、抉られ、大魔術師は絶命した。
女は、豪快に死体をぶん投げる。老人の死体はゴミのように転がって部屋の隅に。
その女には、砕けた角に代わり耳と尻尾が生えていた。
先の細い尖った獣耳と、もふりとしたボリューミーな尻尾である。
「坊や、一つ聞いても良いかしら?」
「え、僕?」
坊やって歳じゃないんだが。
「そこで寝ている。眼帯の渋いおじ様。もしかして、メディム・ヨハン・ヴァイマッフェッ・クルトルヒ・ローオーメン?」
「へ? メディムは、メディムですが」
その後の長ったらしい名前。どこかで聞いた事が、どこだっけ?
「………あの女々しい餓鬼が、こんな渋上手そうなダンディーに。こっちの方が良かったかしら? ワタシ、失敗したかなァ」
「あんた、もしかしなくても」
女は長い銀髪を搔き上げる。銀髪で狐の獣人だ。
美麗な顔つきには、ランシールの面影がある。ただ、より豊満でエロティックで。ランシールも歳を重ねたら、こんな感じになるのだろうか。
「あら、ワタシを知っているの? 一応、坊やの先輩だけれども。二つ名は恥ずかしいから忘れなさいね。只の獣人、ヴァルシーナよ」
「嘘だろ」
親父さんの勘は当たっていた。
「何でホーンズに?」
「それは仕方ないからよ。女や妻である前に、冒険者ですからねェ」
ヴァルシーナは、転がっていた魔笛を拾い上げる。同時に、エヴェッタさんのメイスも拾い上げると、少し歩き壁を砕いた。
街が見える。
どこか空気の張り詰めた街の景色。
「坊や、とくと見なさいな。これが冒険者の末路。英雄を恐れた愚かな王が作り出し、賢き王が封印した。まあ、一つの世界の終わりよ」
魔笛が吹かれる。
ブオオオオオォォォォォォォォォォン、と。
船の警笛に似た音色。
応えるように、街のどこかから鐘の音色が響く。聞き馴染みのある、時を知らせる鐘の音。
すると、景色が一変した。
街は夕焼けに染まる。
何かの終わりを告げるような黄昏時。
「サヨナラよ、坊や。メディムと娘を、よろしくね。ワタシに会いたかったら、ここで永遠に戦っているから、また殺しに来なさいな」
銀髪の獣人は、茜色の街に消える。
エヴェッタさんを抱きかかえ、ヴァルシーナを追って街を眺めた。
僕は、恐ろしい物を見た。
街の至る所からホーンズが現れる。ただそれは、もう人の原型を留めていない。ある者はゾンビのように、ある者は全身に角を生やし、ある者はモンスターと半ば同化して、ある者は、角の生えた巨大な獣の姿で。
ヴァルシーナが先陣を切ると、彼女に続いて人の姿をしたホーンズが続々と現れる。
見覚えがある姿。
僕が殺したはずのホーンズ達だ。
人のホーンズと、人でなくなったホーンズ達が戦う。そこに角の生えたモンスターまでも合流して阿鼻叫喚の血みどろの戦いに。
まるで地獄の底。
「また変わらなかったか」
ガルヴィングは隣に並び、地獄を疲れた顔で眺めた。
「エア、大丈夫だ。撃たなくていい」
「え、ウソ? お兄ちゃん。いつから気付いていたの?」
背後6メートル先、弓を構えた妹が現れる。
実は、親父さんと争っている時から気配を感じていた。密着した二つの気配。敵意は感じなかったので、エアと雪風だと予想して放置していた。
「そこのエルフ、一体どうやって現れた?」
「秘密よ」
僕が合図をすると、妹はロラの外套で姿を消す。入り口付近に移動して待機。
良い手だ。下手に姿を見せるより、警戒させる事が出来る。
「我を欺く術があるとは、やはりな」
ガルヴィングは、本当に探知できていない様子。
どういう事だ? 僕には見えているのに。
いつの間にか、足元に予備のメガネが転がっている。付けると雪風からのメッセージが表示されていた。
(合図を出しました。他の皆様も城に侵入しています。すぐ合流されるかと)
外の地獄に巻き込まれていないのなら、一先ず安心。
「ガルヴィング、質問に答えろ。返答次第では妹がお前を射抜く。その後は、僕が射抜く。あんたがタフなのは理解できたが、バラバラになっても問題ないか?」
「問題ないな」
………………マジかよ。
よく見れば、貫かれたはずの胸は、衣服の傷すら存在していない。一つ、思い当たる筋があった。嫌な記憶だ。
雪に閉ざされたネオミア。獣頭の男。悪夢から這い出た妄執の獣。
「古い冒険者装束を見た時に思ったが、そなたネオミアとも縁があるとは。ますますだ」
「で、“やはり”とは?」
殺せないのなら、情報を引き出すしかない。
素直に話すなら問題ないが、そうでないなら。
「話してやろう。そもそも我は、その為にいるのだ」




