<第四章:異邦人、ダンジョンに潜るどころではない>2
【12th day】
翌日、冒険者組合に行きパーティの申請と婚姻許可書を提出。組合長にまた『前代未聞』といわれると思ったのだが、異種族同士の正式な結婚届は五十年ぶりだそうな。
前回のカップルがどうなったのかは、組合長が口を閉ざした。
ささやかな偽装結婚式をしようと、テュテュの店を借り準備を行っていると。どこで聞いたか知らないが、ザヴァ夜梟商会とエルオメア西鳳商会が資金提供を持ちかけて来た。
変な借りを作りたくないので断ったのだが、こういう場は売りに出したい新商品の宣伝になるからどうしても、と強く出られた。
それなら、と式用の料理の為に左大陸の新食品と、酒を大樽で六個。引き出物用に新鋼材のナイフを五十個程提供してもらう。両商店の名前はしっかり記した。
冒険者にとっての正装は武装である。偶然にもラナの衣服を新調していて幸運だった。それも王様のツケで。どこかの国のように、衣装を三回取り替えたり、ゴンドラで降りてくるようなアホな事はしないので他に準備らしい準備はない。
【13th day】
更に翌日、偽装結婚式。
僕とラナが契約した主神を呼び出し婚約した事を伝える。鹿の姿をした神エズス様と、猫の姿をした神ミスラニカ様。二神の祝福と恩寵を互いに与え、式は終了した。
所要時間、三十分である。
ちなみに殆どがエズス様のスピーチで、空気を読んだミスラニカ様は一言『祝福する』だけにとどまった。
後は、飢えた獣達の宴である。
ちょっとした動物園だ。
エヴェッタさんが特山盛りの料理をモリモリ減らし、隣のシュナとベルも負けじとガツガツ食べる。前にミスラニカ様を運んできた獣人の子供は、頬袋を作って料理を食べていた。組合長、親父さん、マスター、バーフル様、四人は知り合いらしく仲良く酒を酌み交わしている。ゲトさんとエルオメアの若旦那に、その内縁の妻である人魚のバンビア。三人は川沿いで静かに飯を食べていた。ザヴァの若旦那は、テュテュの超絶美人な友人達に酒を注ぎに注がれ潰れかかっている。僕に抱き着いてきたランシールと、ラナが取っ組み合いになり余興となり。しれっとテュテュが僕の膝の上に乗って出された料理のレシピを質問してメモをとっていた。
ここで出会った色々な人種がこの場にはいるが、花嫁以外エルフはいない。エアは、早朝まで行く気だったのだが、体調を崩しキャンプ地だ。
騒ぎがあると参加したくなる者がいるのは世の常。
どこから聞きつけたのか、友人の知り合いが集まり、その知り合いの知り合いが宴に参加して酒と料理を口にする。
当然足りない。
だが、ここに商会の若旦那が二人もいる。この世界ではこういう時こそ、商会の名を売り出す時らしい。
しかし、ヘベレケになったザヴァの若旦那と、嫁とその祖父の前で良い所を見せたいエルオメアの若旦那が、かなり力を入れ過ぎてしまった。宴の総額は、ちょっとした冒険者の年収になっていた。
飲み食い歌い踊り暴れる宴は日が落ちた辺りで最高潮を迎える。
僕も最初は気遣いをしていたが、途中から馬鹿らしくなって一緒にアホになっていた。ラナがバーフル様と飲み比べて勝っていた。黒いドレスの女性が酒瓶片手にテーブルの上で踊っている。誰かの知り合いだろうか? どこかで見た事が。テュテュのお友達が脱ぐ。おっさん連中から歓声が飛ぶ。ベルとシュナはエヴェッタさんに甘えていた。何人か知った顔は消えていたが、その十倍は知らない顔がいる。
あまりにも規模がでかくなり過ぎて、近辺から苦情が来た。警務官が来た。酒を勧めたらコップ半分と飲まない内に中央大陸の法王達の悪口を延々と喋り出した。
悲鳴に怒号、歓声に嬌声。
熱に浮かされる混沌とした異種族の宴だ。
来た時は疎外感しかなかったが、それを自分で開くとは夢にも思わなかった。しかも、そんなものの中、疲労と飲酒が呼んだ睡魔を受け入れつつある。
ああ僕は、本当に冒険者になったのだ。
そんな実感の中、目を瞑ると遠い日の祭り終わりのように、喧噪が意識から遠く。遠くに。
朝に、宴の残骸と惨状を見て絶句したのはいうまでもない。
【14th day】
この二日間はダンジョンに潜るどころではない忙しさだった。
それでも楽しかった。地獄の底でも思い出して笑えるだろう。
「楽しかった? ねぇ楽しかった?」
「まあまあ」
エアにはボカシていう。めっちゃ楽しかったというとブー垂れるだろう。ちなみに花嫁は二日酔いで僕のテントでぐったりしていた。
「あーあ、お姉ちゃんの結婚式にいけないなんて」
僕は今、彼女のテントで診察の真似事をしていた。脈は昨日より弱くなっている。二時間前は発熱がひどかったが、今は危険なくらい冷たい。
「ま、自分の結婚式を楽しみにするんだな」
「それまでは生きられないでしょ」
軽口をいう彼女だが、自分の体は良くわかっているようだ。
テント内に、無造作に置かれたエアの再生点を見た。容器に色はない。
そもそも街の外に出たら作用しないはずの再生点で、僕は治療された。ラナの話では、ここから少し離れた所にかつて遺跡があり、その影響で再生点が機能するらしい。
このキャンプ地は丁度境にある。
キッチンを線に姉妹が居住しているテントは、ギリギリ再生点が作用しない空間だった。エアを再生点の機能する空間に移動させようとしたが、本人がそれを拒んだ。
苦しい時間が伸びるだけだ、と。
再生点は異物を消す事はできない。毒を浄化する事もだ。毒による肉体の破損は修復してくれるが、毒を発する異物が体にある場合は時間稼ぎにしかならない。
スキャンした結果、弾丸は腹から入り込み腰骨の内側に埋没している。臓腑を掻き分けて弾丸を摘出する事はかなり難しい。医療プログラムの修復も16%程度。
イゾラに、キレート剤を点滴して血中の鉛を排出しようと提案されたが、一時しのぎで傷が炎症しかかっている今では無意味に近い、とマキナに反対される。
エアは、戦争時、撃たれた時から再生点とラナの魔法で延命していた。それと姉を一人にしたくないという彼女の気力だ。
僕が現れてしまった事で、彼女の中にある何かを切ってしまったのだろう。
「怪我がね、よくないの」
自分の足を触る。
「とうとう動かなくなっちゃった」
「なあ、これを着ければまだ何とか」
手甲を見せる。これには彼女達を守るよう呪いが秘められている。未だに外せないが何か方法があれば。
「悔しいけど、ヒューレスの恩寵はあんたのものよ。アタシは選ばれなかった。それに、ヒームの手垢が着いた物なんかいらないわよ」
悪態に力がない。へにゃっと体を預けて来る。
「それ、重たくなって邪魔になったら売り払っていいよ。後、エルフの体は死体でも研究者に高く売れるから、この体も売って。葬儀とかもいらない、髪の一部だけでも森に返してくれればいい。父さんと兄さんが、何かいってきたら『くたばれ』って伝えて。そんな感じ」
「………………………」
言葉に詰まる。ここまで覚悟を決めた人間にいう事がない。
「だから、お姉ちゃんの事、お願い。お兄ちゃん」
手を握られる。両手で握り返した。
絶対の信頼で応える。
「任せろ」
「よし、未練ない」
さわやかな笑顔のエアに、
「本当にか?」
僕は詰め寄った。
「本当だよ」
消えそうな笑顔で返す彼女に、
「なら、その命くれ」
僕はいう。
「え?」
「僕は妹の為にこの世界に来たんだ。だったらお前を救わないわけがないだろ」
テントを出て準備を始める。
とっくに聞いていただろうが、マキナ・ユニットの傍に寄って命令を下した。
「マキナ。全作業を中断、医療プログラムを解体。情報を抽出してマキナに統合してくれ。開腹手術の用意を」
『了解です。こんな事もあろうかと準備はしてありました。五分で完了します。緊急を要していますから、手術は一時間後を予定しています』
「早すぎだろ」
『ソーヤさんは、細かいリソース配分を命令していませんから、余剰分でマキナの好きな事をやらせていただいています』
アバウトな素人命令が功を奏した。それと知っておかないといけない事がある。
「手術の、成功率を教えてくれ」
『あなたがやれといい、マキナはやるといいました。だから100%です』
心強い一言だ。
『イゾラから進言します』
コロコロ転がって来たイゾラを持ち上げる。
『マキナを見習って、イゾラも旧世代の記憶を探索しました。四十年前の技術になりますが、緊急医療の記憶が見つかったので役立ててください。これで20%は成功確率を上げられます』
120%という根性論のような数値になった。
一番の相棒がこういうのだ。間違いが起こる事は無い。
「お前ら、頼むぞ」
『安心してください。私達はあなたの期待に必ず応えます』




