<第四章:祭りの終わりに> 【04】 【139th day】
【04】
【139th day】
いつも通り早朝の集合から、ダンジョンに潜る。
女性陣は、男三人が妙に無表情なのに気付きやたら理由を聞いて来た。
僕らは『後で分かる』を繰り返す。
ポータルを潜り、大白骨の階層に到着。
入り口付近にブルーシートを敷き。朝食の準備を始める。
ゲトさんが来なかった事により、今日はキャンプ地で朝飯を取らなかった。理由はそれだけでなく。どうせここで時間を潰さなければいけないからだ。
朝食は、大量のホットドッグと山盛りのピクルス、コーヒー。
親父さんは酒を持参してきたが、今日だけは特別に許した。シュナは軽く食事をすると長剣を抱いて眠ってしまう。
かくいう僕も、ラナの膝枕で半分眠りに就く。お尻を触ろうとしたが防がれた。
「ええと、お兄ちゃん。こんなのんびり構えていて良いの?」
「いいのだ」
妹が、男三人のだらけっぷりに疑問を抱く。
「まあエア。ダンジョンについては、この人に任せて問題ありません」
ラナもリラックスした様子で僕の髪を撫でてくれる。
完全に休日のピクニック気分だ。
断っておくが、ここはダンジョンの中である。下には骨のモンスターの群れがいる。でもこれで良い。昨日は妙に構えて酷い気分にされた。
珍しく空気を読んで、リズもだらける。シュナを枕にして眠り出した。
「今日のこれ、何?」
エアが困惑している。
マイペースに見えて空気が読める妹である。
「エアも適当に休め。大体、一時間くらいな。時間になったら起こすから」
「えぇ、ちょっとー」
手招きするが納得行かない様子。
その後一時間。エアは結局、周囲を索敵したままウロチョロして時間を潰す。他のメンバーは、完全にダラけきっていた。
僕は、ラナの指を手に取り優しく曲げたり揉んだりしてほぐす。魔法による急速な回復は万能ではなく。酷い傷だと筋が固まったりして、しばらく不自由になる。こうして丹念に時間をかけてマッサージする必要があるのだ。
竜を殴打した女の指にしては繊細で綺麗なものだ。
「あっ」
「ちょっと痛かったか? でも我慢な」
「はい」
一本ずつ丁重に曲げて握って温めて、空いた彼女の手は僕の頭に。
これは治療であってイチャイチャしているのではない。彼女の太ももに顔を埋めながら、指を弄り、至福に意識を落とし――――――
『ピピ、ピピ、時間であります。ピピ、ピピ、時間であります』
その雪風のアナウンスで目を覚ました。
エア以外の皆は、のんびり体を起こす。
「ねぇ、お兄ちゃん。ホント良いの? 今日こんなので」
「うん、良いのだ。これで良いのだ。今回だけはこれで良い」
組合から手に入れた攻略情報は簡潔で、
『入り口付近で待機すると階層の番人が現れる。それを倒すとポータルが現れる』
と記してあった。
簡単だ、実に。しかし、この発想は急いて降りようとする僕らには完全に盲点だった。てか、この階層の入り口付近で、ダラダラ一時間も待機する冒険者は普通いない。偶然と怠慢が重ならない限り、この敵とは戦えない。
この階層の主体は、理不尽に慣れる精神だったか?
降りようとすると降りれない階層。確かに理不尽だ。ふざけるなといいたい。
さて、問題はもう一つある。もう一つ、ふざけたものがある。
「シュナやるか?」
「嫌だ」
「親父さんは?」
「酒が回ったから無理だ」
でしょうねー。
正直、僕も嫌だよ。
『フハハハハハ』
男三人うんざり顔の中、それを更に憂鬱にさせる高笑いが響く。女性陣は、なんのこっちゃと疑問符を浮かべていた。
塵が集まり、人の形を成した。
白骨のような白い肌の、ミイラのような男だ。古びたローブに、先の折れたトンガリ帽子。杖の代わりに小さい鐘を手にしている。
『ここまで辿り着いた愚かなる者よ。探求の果てに禁忌を望む者よ。偉大なる狂宴の魔術師ワーグレアスの“影”が、貴様らに試練を与えよう』
魔術師ワーグレアス。
昨日軽く調べた所、有名な古い魔法使いという事が分かった。
晩年おかしな魔法に憑りつかれ、ある日、忽然と世界から姿を消し。そしてその影が、このダンジョンの、この階層に現れるように。
同年代を生きた大炎術師ロブが、彼を表するこんな言葉を残していた。
『私以上の才覚を持つ者を上げるなら、まずガルヴィング。次にワーグレアス。だが、どちらにも足りていないモノが一つある。
ガルヴィングは、神への謝意。
ワーグレアスは、人としての品位。………一般的な常識に知能。テーブルマナー。女の趣味の良し悪し。人間としての根本的なもの。やはり品位。金銭感覚。衛生観念。もう一度いうが品位だ。同じ魔術師と思いたくない。………おい、この話は消せ。記録するな』
という話がしっかり記録されている。
他、ワーグレアスに関係する文献は、大体こういう風な彼の非常識さを書き記した内容だ。
その伝説の一端を僕らは昨日体験した。
『我が白骨の大工房を踏破したければ、これを殺すが良い。しかし貴様らに出来るかな? この――――――』
ワーグレアスの体が光に包まれ、変化する。
『愛らしい姿を!』
ミイラが変化する。
現れたのは、兎の長い耳に縫いぐるみのようなモフモフな毛皮。丸っこい手足。大きな瞳に、小さい口。ゆるキャラのようなキュートな顔つき。
デフォルメされた三等身の兎獣人である。しかしデフォルメキャラの最前線である日本出身の僕からいわせてもらえば、田舎の自治体が適当に作ったマスコットキャラのようだ。
『できまい。人の心がある限り、それを捨てぬ限り。この愛らしさを殺す事なッ―――――』
ヒュカっとエアの放った矢が脳天を貫いた。
ナイスヘッドショット。
『馬鹿なっ! 問答無用で攻撃するとは!』
「いやいや、バカなのはあんたでしょ。頭を貫かれて何で生きてるの?」
妹の疑問はごもっとも。こいつ無駄にタフで、原型をとどめないほど破壊しないと死なない。昨日もそれで苦労した。
『そこのエルフ娘。この愛らしい姿をよく平気で射られるな。人の心はないのか!』
「はあ?」
ワーグレアスは根本的な所で間違えている。
声が、おっさんのままなのだ。シャクに障る良い声なのだ。これが魔王様のようなシロップボイスなら、少しくらいは手が鈍ったかもしれない。
「あの、あなた。これを倒すのですか?」
「そう、なるな。昨日は三人がかりで微塵切りにして倒した」
「私に任せてください」
うんざり顔の妹を下がらせ、ラナが一歩前に出る。
彼女は、装備を新調していた。
グラッドヴェイン様の眷属となり、昨日色々と装備を頂いた。マキナに手伝わせ防具をアレコレ改造した。
まず、エルフ伝統の白いローブは、動きやすさを追求して、前の部分を切り詰めテールスカート風に。肩部を切り取りノースリーブにしている。
腹部は、軽金と革を合わせたコルセット風の防具で守る。強調された胸は下手に抑えると魅力を損なう可能性があるのでノーガード。実は、下にグラッドヴェイン様のビキニアーマーを着込んでいるので防御力はある。
あの下着。不思議な力があって割と防御力が高い。それとラナの胸にピッタリとフィットとして彼女の運動能力を飛躍的に向上させた。
ラナの微妙な運動能力は、全てサイズが合っていなかったブラのせいであった。
おみ足には、革製のニーハイブーツ。その踵とつま先には鉄板を仕込んだ。
髪は編み込みのサイドアップにして、ボーイッシュな雰囲気に変更。
ベルトを付けた杖を背負い。腰に下げた近接武器、組合から貰ったリューベルの手甲を握る。
これは手甲とは名ばかりの殴打用のナックルだ。
握りが付いていて拳と手首を覆う。蛇腹のような金属が並び、その上には微細なおろし金が付けられていた。
これで殴られ、拳を引かれた時の事は想像したくない。
組合長は、うちの嫁をどういう方向に持って行きたいのだろうか。
後。
ぶっちゃけローブの前を切り詰め過ぎて、激しい動きをしたら確実に見えるのだが、そこはパンツじゃなくて鎧だから恥ずかしくないよ、と納得させた。
無理矢理勢いで。
「ラナ、あんまり無理はするなよ。まだ手は本調子ではないのだから」
「分かっています。でも、殴り付けるくらいは出来ますので」
ラナはにっこり笑い。
『ほほう。乳エルフ。その武器で我の肉を潰し、骨を砕くというのか? そんな残酷な事がエルフに出来るのか?! いつの世も自ら手を汚す事を嫌い。傲慢な美徳を追い求めて来た貴様ら種族が自ら手を―――――――』
ズドン!
手を下した。
拳を振るう音ではなかった。銃声と聞き違えた。
ノーモーションからの腰の入ったストレート。踏み込んだ左足は床を砕き、突き出した右腕がワーグレアスの顔面を捉えた。
エアの撃ち込んだ矢が抜け、遠くの骨柱に突き刺さる。
更に、めり込んだ拳は“ぎゅるん”と回転して肉を巻き込み“ぐぽん”と引き抜いた。
『ぎゃぁあぁああああああ!』
ワーグレアスの悲鳴が響く。
返り血がラナの頬にかかった。僕を含め、パーティの皆がだだ引きしている。
「浅い」
全然浅くはない。普通の敵には必殺だと思う。
ラナは、深く腰を入れて次を打ち込む。正拳突きのような型。拳はワーグレアスの腹を穿つ。そのまま体を持ち上げ、無造作に振り払い床に叩き付けた。
『おのれ乳ルフめ』
「まだ死にませんか」
右の拳が真っ赤である。
何か思いついたのか、ラナはリューベルの手甲を擦り合わせる。ギャリン、ギャリン、と火花が散り、拳に炎が灯る。血が蒸発して、こびりついた肉が焼ける。
「あら、これは中々」
炎に照らされ、ラナの顔に壮絶な笑みが浮かんだ。
あ、リズとエアが目を背けた。シュナが震えている。親父さんは平静に、空の酒瓶を口にしている。
今、パーティの新しい上下関係が生まれた気がする。
燃えた拳で、萌えないワーグレアスを叩き付ける。
何か餅つきのようだな、と僕は思い浮かべた。その証拠にリズミカルな打撃音が響く、響く、響く。
「は、ハハハハハハ!」
ラナが笑う。
大変楽しそうだ。
ストレス溜まっていたのかな。たぶんそれ、僕のせいだよね?
「ハーッハハハハハハハハハッッ!」
高笑いである。
楽しそうで何よりです。
『例え、我が滅びたとしても………第二、第三の我が、一時間待ってくれれば再び現れるだろう』
ミンチより酷い状態のワーグレアスが喋る。どこから声を出しているのか、考えるだけ無駄だろう。
「ふう、良い汗をかきました」
ラナは爽やかに汗と返り血を拭う。
怒らせないでおこう。できるだけ彼女のストレスフリーな生活を心がけよう。でないと僕の命が危険で危ない。
『さあ、先を進み。敵を倒すが良い冒険者。だがこの先、もっと可愛い敵が貴様らを襲うだろう。その時も、今のように戦えるかな? 後、パンツ丸見えだぞ』
「これは鎧です!」
ワーグレアスは、ラナに蹴散らされた。
しかし、それは幻のように薄くなり消え失せ。代わりにポータルが現れる。
「じゃ、皆行くぞー」
我ながら気の抜けた声で皆を扇動する。震えたリズは、シュナにおんぶされた。エアも青い顔をしている。
ラナは『え、どうしました?』と首を傾げていた。
ポータルを潜り、三十五階層に到着。
皆が震えているのは、階層の寒さだけが原因ではない。
帰還用のポータルを認証・起動させ、帰還を滞りなく済ませ。僕らのパーティは中級冒険者になったのだった。
『………………』
「?」
なったのだが、重苦しい雰囲気であんまり喜べない。
正確にはラナ以外が重苦しい雰囲気。ラナは、色々とすっきりした表情だ。エクササイズをした後のような。長距離走で新タイムを達成したような。そんなやり終えた顔つき。
おかしい。
昨日は『何だ。あの敵は?! ふざけているのか! 僕らの苦労は何だったんだ!』という怒りを口に出せない事で、何とも言えない表情になったのだが。終わって見たら『何だ。このラナは?!』という事で震えている。
「じゃ、その。祝勝会を」
僕の提案は、
「あ、オレ。今日は用事あるから。たぶん、リズも」
シュナに断られ、続いてリズが必死に頷く。
「あー悪いな。俺も用事を思い出した。今」
親父さんも去る。
去り際に、
(お前、分かってるな! しっかり機嫌を取れ! 頼むぞ!)
念を押された。
分かってます。全力でご奉仕します。至れり尽くします。
「お姉ちゃん。杖重いよね? 持つよ。帰ったらお姉ちゃんが好きな甘口のカレー作ってあげる。ごめんね、アタシ。今までワガママばっかりで。我慢するから。これから我慢するから! 今までの苦労がこんな形で、ううっ」
「え? え?」
エアが早速ラナの機嫌を取っていた。
結論をいえば、
ダンジョンや竜より、嫁が怖かった。
後にラナは『竜殴の魔女』『小グラッドヴェイン』『鮮血のラナ』と呼ばれ、その名声と畏怖はレムリア中に知れ渡る事となる。
そして、女性冒険者の間で格闘技ブームを巻き起こし、一大イベントとなるのだが、それはまた別のお話である。
<終わり>




