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世界に通用する日本料理は異世界にも通用するのか?  作者: 浜守 連
第一章 この少女の願いは成就するのか?
8/11

この国唯一の飲食店は人々に通用するのか? 5

「マズい」


そんな投げやりな一言。

通常、料理というものには『美味しい』『不味い』という評価の指標がはっきりと設定されている。しかしそれにはそれ相応の要因があり、そこから導き出されて始めて意味を持つものだといえるだろう。


例えば『このだし巻き玉子、出汁の味、量が絶妙かつ均一に繊細に巻かれていて口当たりもよく美味しい』『このカレーはただ辛いだけで全くもってスパイスや具材の織り成すコクが感じられない、よって不味い』といったように、個人によってその表現や嗜好が真逆にも変わる曖昧なものではあるが、しかし絶対的に存在する定義なのだ。


だけどこれはなんだ。

もうどう足掻いても『不味い』の一言で片付けてしまえる、そんな投げやりさすら覚える。

だがそれでいていくらでもこの料理を『不味い』と評する為の言葉が湧いてくるのは何故だろう。


『なんだこれ! どうやったら焼いただけの魚をマズく出来るんだよ! 焼きすぎて身はボロボロ味は死んでる! 申し訳程度に塩振ってどうにかなるもんじゃねえよ!』


『なんだこの肉! なんで? ねえどうして? なんでこんなんなるまで焼くの!? もうこれゴム板の塩焼きじゃん! 焦げた香りのするたんぱく質の塊じゃん!』


『教えて? じゃあもう逆に教えて? 何これ? 何この塩味のお湯!! これに至ってはもう調理したとすら言えないレベルじゃん!! 湧いたお湯に塩振っただけじゃん!!』


と、ぼくが異世界で最初に口にした料理はこの通りの有様だった。料理? 違う、これは食べられるように加工しただけの何かだ。というか本当にこの世界の住人はこんなものを日常的に食べているのか?


「……ケ。……ースケ!」


「はっ!」


気が付けば店の天井を仰ぎ立ち尽くしていた。

テトラがジャージの裾を引っ張り座るように促してくる。


「ご、ごめん。どうかしてた」


「いや、まぁ酒場だし多少の大声はいいんだけどさ……」


やらかした。

真面目系クズで通っている身としては、余りこういう悪目立ちするような行動は控えたいんだけど、余りのショックに思わず爆発してしまった。


リリーとテトラが言葉で教えてくれるよりも雄弁に、この料理は『食に対する無関心』を語っていた。


「あ、アミノさん!」


と、すぐ横で泡を食っていたリリーまでなにやら爆発しそうだった。顔を赤くして、耳がピコピコ跳ねている。


「このお料理は『不味い』ですか!?」


「ちょ! リリーあんたまで何を……」


あれ? 不味いって口に出してたっけぼく。

あれれ? もしかしてこの料理をボロクソにこき下ろしてたモノローグ、全部声に出してたのぼく?


ヤバイ。

怒られる。絶対リリー怒ってる。


「あ、あぁ……」


「ということは『美味しい』も分かるんですか!?」


「すいませんでした! いきなり失礼なこと言ってすいませ……え?」


怒っていないのか?

絶対怒っていると思っていたリリーの表情は、よく見ると驚愕と興奮が綯い交ぜになったようなものだった。


「お料理の味が分かるんですね!!」


「は、はぁ……」


「もしかしてお料理も……っ」


そこまで言って急に黙った。

口を押さえ声をかみ殺しているのか、興奮冷めやらぬ吐息が指の隙間から漏れている。


「どうしたんだよ、料理がなんだって?」


「い、いえ……。ちょっと取り乱してしまいまして、ごめんなさい」


自分から爆発して自分から鎮火して、リリーは苦笑していた。あの顔だ。何かを我慢している表情。


これはぼくなんかが踏み込んでいいことなんだろうか。リリーは多分何かを抱え込んでいる。今日会ったばかりの赤の他人であるぼくはまだしも、テトラにもそれを打ち明けられないんだろう。


きっとそれだけの理由がある。

だからぼくは……


「あのぉ、お二人さん?」


そんな葛藤をしているとテトラに今度は肩を突かれた。


「取り敢えずここ、出よっか」


あ、見なくても分かる。

周囲の視線が突き刺さってくる。

今すぐ出よう、そうしよう。




店を後にしてからはテトラが「驚いたよー」とか「というか君一文無しだったのにアタシ達を食事に誘ったの?」といったようなことを話していたが、帰路に着きテトラと分かれてからのぼくたちはお互いに何も話せずにいた。


聞きたいことは沢山あるはずなのに、ぼくの場合は彼女との距離感を未だ測れずにいて。生半可な気持ちで聞いてしまえば、リリーから両親の話を聞いた時のように、また人の心に土足で立ち入ってしまいそうな気がして。


つまるところぼくが臆病なだけなんだろう。

自分が傷付きたくないだけ。

自分は異世界の人間なんだから、この世界の住人には深く関わるべきじゃない。

第一ぼくにどうにか出来る話じゃなかったらどうするんだ。


理由はいくらでも思いつく。


そういえばぼくは文無しな上に宿無しだ。

さっきの食事代もテトラに立て替えてもらってしまったし。日本円ならあるんだけど、やはりこの世界にはこの世界特有の貨幣があるみたいだったし……。


……でも、それも返せそうにないかもな。


……結局、中途半端なまま終わらせてしまう。


『膝の上の猫亭』に戻ったら、帰る方法を探そう。




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