この国唯一の飲食店は人々に通用するのか? 3
と、こちらを。
正しくはぼくではなく、リリーを呼ぶやたら元気な声が聞こえてきた。
見れば町の中心に位置する一際大きな建物から、快活そうな少年が手を振って駆け寄って来る。
「あ、テトラさん! 今お戻りですか?」
どうやらリリーの知り合いらしい。
「そそ、丁度今帰ってきて書類を提出してたとこだよ〜 」
目の前まで来て気付いたけど、この子女の子だ。
短く切り揃えた金髪に大きな瞳、出るところはそこそこ出ているリリーとは違い全体的に控えめなボディライン、上は年季の入った革のジャケットに下はホットパンツという服装もあって、遠目では男か女か分からなかった。
「ていうかリリー、隣のヒト誰さ! あたしの留守の間にオトコ作るなんて、アンタに限ってそういうことするはずないって思ってたんだけど〜?」
言いながら不躾にこちらを上から下へ、下から上へと観察してくる。
……なんか失礼なこと考えてない? この子。
「も、もう! そんなんじゃないです! この方はアミノさんといって、偶々うちの店に来られた旅人さんなんです!」
まぁ全く間違いではないんだけど、そうかぶりを振って否定されるとクるものがあるな……。
「リリーの言う通り、ちょっと頭を打って意識が朦朧としているところを助けてもらったしがない旅人だよ」
ぼくの無難な自己紹介の何が気に入らなかったのか、値踏みするような視線が更に強くなる。
害はないよ!
「旅人、ねぇ。 どこ出身? あたし商人だから結構色んな所に行くし、嘘は無駄だよ」
痛いところを突かれた。
子供っぽい見た目とは反して、結構鋭い。
「あー、それは」
「そ、そんな、アミノさんは嘘なんてついてませんよ! たまによく分からないことを呟いたりしますけど、それはきっと記憶がまだ曖昧だからです!」
返答に困っているとリリーから助け舟が出た。
助けてもらっておいてなんだけど、やっぱりこの娘は純粋すぎるきらいがある。
「……あ、そ。 まぁ別にいいんだけどねー。害はなさそうだし。それよりリリーが男連れてるってことの方が問題なんだけどな〜?」
一通り観察して害はないと判断したのか、また悪戯好きの子供のような表情に戻った。
「も、もう! からかわないでください! 今はアミノさんにこの町を案内していたところなんですってば!」
慌てるリリーを見て満足したのか、まぁまぁと宥めながら今度はぼくの方に顔を向けて。
「自己紹介がまだだったね、あたしは貿易商のテトラ。世界中の名品珍品を取り揃えた『渡り鳥の巣』をよろしく!」
演技がかったお辞儀をしてきた。
「ぼくは網野 京介。 リリーはアミノさんって呼んでるけど、ぼくのことは是非キョースケって呼んでくれ」
「変わった名前だね? じゃあキョースケ、改めてよろしくね!」
貿易商か……。
色々と聞きたいことはあるが、あまり迂闊なことを言ったら今度こそ本格的に怪しまれそうだし取り敢えず保留しておこう。
「それでテトラさん、今回はどうでした? 何か面白いものは見つかりましたか?」
「うんにゃ、特に収穫はなかったよ。それに今セイレーンから来ました〜なんて言ったって、どこも足元見られるだけさ」
「そうですか……それは残念でしたね」
「今のセイレーンってどういうことだ? 何かまずいことでもあるのか?」
「あー、まだこの国に来たばっかりなんだっけ? じゃあ知らないのも無理はないね」
「?」
そう言ってひとつ咳払いをしてから語り出した。
「今セイレーンはね、ちょっとピリピリした状態にあるんだ。漁業がこの国の生命線なのは知ってるよね?」
「あぁ」
「そしてそれを一手に引き受けているのが女王直結の人魚族なんだけど、どういうわけかここ最近不漁が続いてて国民への供給自体がガクッと落ちちゃってるのさ」
「こんなことはこれまで一度もなかったんですが……」
「それで輸出出来る商品も限られちゃってて、お陰でこっちは商売上がったりだよ」
なるほど、さっきから感じていた町の雰囲気の正体はこれか。
「じゃあ美味い魚料理にもありつけそうにはないな。海の国っていうんだから楽しみにしていたんだけど」
そんな何気なく言った一言に、テトラが不思議そうに反応した。
「ご飯が楽しみだなんて、変わったこと言うね君」
「え? だって海の国って言うからには魚料理屋とかあるんだろ? 」
そういえば今日はまだ何も食べていなかった。
さっき見つけた時計台の針はもう夕方前を指している。思い出したら急にお腹が減ってきた。
国の中心街だというからには何か食べられる店があるだろうと、建物を見回す。
が
一つとして見つからなかった。
「料理屋なんて変わったこと言うの、リリーだけかと思ってたよ」
さっきから何を言ってるんだ……?
ふとリリーの方を見ると、何故か驚いたような、そしてそれ以上に悲しいような顔をしていた。
「だって料理屋なんてあるわけないのにさ」