今更異世界モノとか通用するのか? 2
わざとらしく閉じていた目をゆっくりと開ける。
そう、こんな感じで冒頭に戻ってくるわけだ。
回想を終えたぼくは先ず、少女を落ち着かせ自分が客ではないことをなんとか伝えた。
それでも少女はまだ状況を掴め切れていないといった様子で怯えていたが、安心してほしい、ぼくも一切状況を掴めていない。
そうしてお互いの醸し出す空気がちぐはぐのまま、今はこの店のカウンター席に二人で腰掛けている。
……完全に怖がられてしまっているのか、少女とぼくの間に二人分の座席を空けたまま。
「ごめん、突然大きな音を立てて現れたものだから驚いたとは思うけど、強盗とかそういうんじゃないから」
大きな音を立てて。
そうだ、ナニかに押されて穴の中に落ちたはずが一瞬の間に何故かこの店の暖炉に尻餅をついていた。
……あの穴とここって繋がってるのか?
……だとしたら何の店だ?
……というかここ何処?
情報量が多すぎていまいちまとまらない疑問が次々と浮かぶ。
「お、お客様でもご、ご、ご、強盗様でもないんですか……?」
ぼくの言った強盗という単語が不味かったようで、先程より少女との距離が開いていく気が……というか気付けばいつの間にか物理的に三人分の座席が空いてた。
「そうなるみたいだけど……取り敢えずこっちの素性を明らかにしておこうか」
これ以上物理的にも精神的にも距離が開くのはいたたまれないので、こちらから自己紹介してみる。
「ぼくは網野 京介。20歳。旅館で板前修業をしている普通の……フリーターです」
あれ、フリーターってこれわざわざ言う必要あったか?
引かれていないかと少女を伺うと、アミノキョ……? リョカン……? フリーター……? と何やら僕の言葉を反芻していた。あ、耳がピョコピョコ動いた!
「えぇと、君の名前は?」
このままではやはり話が進まなさそうなので、色々と聞きたいことを後回しにして返事を促してみる。
「は、はい! わ、私はリリーと言います。 15歳です。この『膝の上の猫亭』のて、店主をしています……」
少し微笑ましくなるような声の上ずり方ではあるが、丁寧に自己紹介してくれた。
何故か自信なさげだけど、その年で店主とは凄いな。5歳も年下の女の子に夢を先越されちゃってるよ。
「その……アミノキョ? スケさんは何をしにここへ」
まだ恐る恐るといった様子で問いかけてくる。
まぁ当然の疑問だ。
客でも強盗でもない人間が料理屋に何の用だよって感じだし。……ここは正直に話すのが吉だろう。
警察なんかに通報されても面倒だ。
「いやぁ、それが店の買い物の途中変な石碑と穴を見つけてさ? その穴を覗いてたら後ろからナニかに押されてその穴に落ちちゃったんだよね。それで気付いたらこの店の暖炉に尻もちついてたんだけど……あれ?」
しまった、話してるうちにいつの間にか少女……リリーとの距離が更に開いていた。物理的に四席分も。
「ひぃ……」
ここは適当に誤魔化しておいた方が良さそうだ。
「あー……ごめんちょっとさっき頭もぶつけたらしくて、記憶が朧げかもしれない……」
「だ、大丈夫ですか? 氷枕とかいりますか?」
途端に心配してくれるこの娘は、警戒心が強いのか素直過ぎるのか。
そんなおっかなびっくりといった挙動を見ていると、全体的に小さくて可愛らしい容姿も相まって小動物みたいだという印象を受ける。
「いや心配しなくていいよ、ただ、ちょっと記憶が曖昧みたいで……いくつか質問してもいいかな?」
「は、はい!」
騙すのは心が痛む気がするけれど、頭のおかしい奴と烙印を押されてしまうよりはマシだ。
さっきから気になっていたことをいくつか聞いてみよう。
「じゃあ先ず、ここは何処かな」
「えぇ……? えっと、ここは水の国セイレーンの首都モルペーって町です」
やばい、ただでさえ状況が理解出来ていないのにイタイ子と会ってしまったか……?
だが、そう判断を下すのはまだ早い。
さっきから他にも大きな違和感を感じている。
湖沿いにぽっかりと空いていた穴とここが繋がっていたことと、そしてもう一つ……。
「初対面で失礼かもしれないけど、その、耳って……」
そう、最初にこの少女の顔を見てからずっと気になっていたその瞳の色と尖った耳。
それにリリーという名前。
ぼくがさっきまでいた片田舎にはそぐわない、非日常的違和感を。
「あぅ、やっぱりおかしいですよね……。黒髪のエルフなんて……」
聞き覚えのない国、聞き覚えのない町、浮世離れした少女の風貌。そしてエルフ。
……頭の中でピースが繋がっていく。
予備知識あるから驚かないぞ、これ、多分異世界に迷い込んじゃったってやつだ。




