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世界に通用する日本料理は異世界にも通用するのか?  作者: 浜守 連
第一章 この少女の願いは成就するのか?
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ぼくの迷いはどちらに決断するのか? 3

気付きはあった。

テトラに連れられて行った宿屋でのリリーの反応だ。


あまり思い出したくはないけれど、大声をあげてマズイマズイと喚き散らしたあのとき。

リリーがやけに食いついてくるなと感じていた。


この『膝の上の猫亭』の様子と合わせて考えれば、まぁ、経営が上手くはいっていないだろうなと薄々は感じていたし。


要するにリリーはぼくに期待していたんだ。

だけれど彼女の及び腰とすらいえる性格を鑑みれば、素直に手伝ってほしい、助けてほしい、とは言えなかったんだろう。


でも、もう安心だ。

端くれの端くれとはいえ、これでも旅館の板前見習いだ。殆どが見よう見まねの料理になるだろうが、この国の低水準な食文化なら十分すぎるくらい通用するだろう。





「さあて、やりますか」


決壊したダムのように泣き出したリリーをなだめるのに昼までかかってしまったが、動かないことには始まらない。


先ずはキッチンだ。

こちらに来たときカウンターに座ってリリーと話しながら中をチラチラと伺っていたが、調理をお客が直接見れるオープンキッチンスタイルだ。


難点があるとすると、これは完全にこっちの都合だが、コンロの類いがなく全てかまどということか。


暖炉が使われている時点で気付いてよかったのかもしれないが、当たり前だがバリバリの現代人であるぼくはかまどなんて使ったことがないので、火加減やらは慣れていくしかなさそうだ。


「鍋なんかの調理器具はこの箱だっけ?」


「ひゃ、ひゃい!」


声をかけると、リリーはびくりと震えて顔を赤らめながら変な返事をしてくれた。

泣き顔を見られたのが恥ずかしかったのかさっきからずっともじもじとしている。


泣き疲れて心なしかぐったりしていたリリーにはホールの椅子に座ってもらっている。

今もぼくが声をかけるまでは、心ここに在らずといった風に脱力していた。


緊張の糸でも切れたのだろうか。


「道具の方は一通り揃ってるな」


小鍋が4つと大鍋が2つ、まな板フライ返しに大小のおたま、それに包丁……というかナイフか。


最低限ではあるが、これなら難しいことをしない限り大丈夫だろう。


「食材ってどうなってる?」


「そ、それなら奥にある保冷室に保管しているんですけど、お店を閉めようと在庫の処分をしてしまって、今は殆ど残っていません」


となれば次は買い出しだな。

こっちの食材をまだ見ていないし、どんなものなあるかもさっぱりだ。

当分はリリーに実験台となってもらう研究会になるだろう。


「よし、じゃあ町へ買い出しにいこう!」


「は、はい! あ、ええと、そそそその……そ、それが」


さっき落ち着けるために頭撫でちゃったのがいけなかったのか?

今度はぼくと地面を交互に見つつすごい勢いで吃りだした。


「ゆっくりでいいから、はい、深呼吸深呼吸」


「すー……はー……その、ですね」


「うん」


「大変言いにくいんですけれど、その、経営難が続きすぎてもう、お金が……」


「え」


「最低限の食費くらいしか、その、残っていなくて」


「え」


さっそく出鼻を挫かれてしまった。





三万カイン。

リリーが持つ全財産らしい。

これは話しを聞いているうちに分かったことだが、どうやら貨幣価値は日本円と同じらしい。

物価も日本とそう変わらないようだ。


けど、三万って。

いくら美味しい料理を作ろうが、一発逆転で採算が見込めるわけもないし、これに手を付けてしまうのは性急かもしれない。


ここまで追い詰められていたのかこの家……。


「当面は何か別の方法での金策だなこりゃ」


「す、すみません! 私が不甲斐ないばっかりに……」


「仕方ないさ、地道にいこう。そうだ、料理が出来ないって言ってたけど、実際どれくらい出来ないもんなの?」


「……テトラさんに聞いてください。自分の口からは憚られてしまうので」


おおう。

そこまでなのか。

今度テトラに会ったときさり気なく聞いてみるとしよう。


「日雇いのアルバイトを募集しているお店とかないかな? 食材を揃えられるくらいの蓄えは持っておきたいし」


「あ! それならテトラさんのところはどうでしょう?」


「でも、テトラは貿易商じゃなかったっけ? 結構長期の仕事になるんじゃ」


「いえ、テトラさんは貿易商と小さな商店を兼ねて切り盛りしているんです」


「へえ……リリーとそんなに歳も変わらないだろうに、結構な実業家なんだなあいつ」


「うぅっ」


「……すまん」


ぐさっと胸を抑えながら意気消沈するリリー。

普通はこの歳で一人で店を切り盛りしているだけでも凄いんだけどなあ。

学生時代を無為に過ごしていたぼくとしては、二人とも雲の上の人だ。


「言い訳をさせて貰うと、テトラさんはご家族で商売をされているんですよ? それにテトラさんは私より二つ年上ですし……」


完全にリリーより年下だと思ってた。

基本的には落ち着いているリリーと比べると、テトラは元気ハツラツって感じだったしなあ。

それにリリーと違って出るとこ出てなかったし。


「わかったからそうネガティヴにならないでくれ。ほら、さっそくテトラに会いに行きたいし、また昨日みたいに案内頼むよ」


「はいぃ……」


すっかり落ち込んでしまっている。

でも、この方がいい。

昨日まではどこか一線を引いているような笑顔が多かったけれど、今はもう吹っ切れてしまったのか、幾分表情が豊かだ。

本来こちらがリリーの素顔なんだろう。


「ほら、いつまでも落ち込んじゃいられないし、行こう」


ちょっとした変化を喜びながら立ち上がると、ふいに店のドアが開いた。

まさかお客さんか? でも今は食材もなにも……。


「おっす! りりー! 遊びに来た、よ……ってキョースケ! なんであんたがここにいんの!?」


今から会いに行こうとしていた人物だった。

いいタイミングだが、誤解を解くのが面倒そうだ。

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