プロローグ
「えぇと、ここは一体……?」
目の前の少女に問いかけてみるも、怯えたような、困ったような、そんな曖昧な表情しか返ってこない。
返事を諦めて辺りを見回してみる。
そこには目の前に広がっていたはずの大きな湖も、生い茂った夏草も、背を焦がす太陽の光もなく、四方を木張りの壁に覆われた薄暗い空間が広がっていた。
「あ、あの……」
先程まで怯えとも困惑とも取れる表情で口をもごもごとさせていた目の前の少女が、意を決したように声を絞り出す。
「いらっしゃいませ、お、お一人様でひょうか!」
……噛んだ。それもかなりベタに。
暗がりに目が慣れてきたのか徐々に視界が鮮明になってくる。薄暗いのはどうやら光源が蝋燭の灯りのみに頼っているかららしい。
痛む腰に手をやりながら立ち上がり、声の相手に目線を合わせる。
……15、6歳だろうか。
そこそこ整った目鼻立ちをした少女は、肩口より少し長く伸びた艶のある黒髪を丁寧に頭巾で纏め上げ、これまた丁寧に少々野暮ったい水色のエプロンをきっちりと身に付けている。
「あの、ここは何かのお店なの?」
急に立ち上がったのがいけなかったのか、そこそこ整った目鼻立ちをした少女は、ぼくの言葉を避けるようにサッと俯いてしまった。
……余りにビクビクする相手を前にしたら逆に余裕が出てきた。まずは状況確認をしないと。
「え? あの、お客様なんですよね?」
「いや、お客様というかなんというか……」
「?」
要領を得ないこちらの返事を流石に訝しく思ったのか、ようやく少し落ち着きを取り戻した彼女が視線を上げて口を開く。
「よ、よく分かりませんが、ここは『膝の上の猫亭』……お料理をお出ししているお店です」
「……」
その言葉を聞き、今度はぼくが口をもごもごとさせ俯く番だった。
一体どうなってるんだ……?
どうしてこんなことになってしまったんだ……?
そう、状況確認の次は状況の整理だ。
ここが何処でこの娘は誰なのか。
……先程までの記憶を辿ってみよう。
記憶の海へと漕ぎだす直前、目の前の少女の瞳がとてもこの世のものとは思えないほどに透き通った青色だったことも、やけに長く尖った耳がピコピコと揺れていたことも、恐らく気のせいだろう。