■ 中 編
ふたりで夕飯を食べている間も話題は尽きなかった。
離れていた間の互いの色々な話をすると、一瞬で年月なんか遡る事が出来る。
あの頃の色んな想い出が溢れだし、箸を持つ手が止まってしまい目の前の
料理なんて簡単に冷めてしまう。
しゃべって笑って、たまに昔の恥ずかしい話を引っ張り出してからかったり
しているうちあっという間に時間は経ち、明日も仕事のふたりは慌てて
帰宅することにする。
再び自転車に二人乗りをして、リョウはマドカのウィークリーマンション
まで送った。
『ありがとう・・・ じゃぁ、また明日ね。』
小さく手を上げると、リョウもそれに返して自転車の背中が暗い住宅街に
遠ざかる。
その大きな背中をひとり佇んで、じっと見つめるマドカ。
そしてリョウもまた、自転車のペダルを漕ぎながら目を落とし小さく溜息を
ついていた。
互いに自分が相手にとって、今現在どうゆうポジションにいるのかがはかれず、
どう接していいのか分からないまま、せっかく再会出来たというのに
もどかしく時間ばかり過ぎていった。
単身アパートに戻ったリョウ。
ひと気のない暗く冷たい玄関のシューズラックに三日月のキーホルダーを置き、
部屋に足を踏み入れるとギャーギャーとうるさい声が響き出した。
それはリョウの帰宅に喜んで大はしゃぎしている様子。
『マドカ』 『マドカ』 『ウッセーバカ』 『マドカ』 『ウッセーバカ』
『マドカ、ただいま・・・ ちょっと静かにしてね。』
リョウがそれに話し掛けて小さく微笑んだ。
翌日、昼休みになんとなく校庭に出てみたマドカ。
給食準備室の窓から校庭が見渡せる。
昼食を済ませたばかりだと言うのに、鉄棒や平均台、タイヤの跳び箱で
はしゃぐ子供たちの姿。
元気に駆けまわっているその笑顔が眩しくて、引き寄せられるように
出て来たのだった。
花壇がある手前のあたりに小さめの木製の鳥小屋があるのが見えた。
近付いてみると女児が数人で金網越しにインコにエサをあげている。
頭や腹部は黄緑色の羽毛に覆われ、尾羽は緑や青で鮮やかなインコたち。
20羽くらいいるそれ。 ペチャクチャと覚えた言葉を上手に話している。
『ぁ。 ワタセさんもインコ欲しい~?』
女児は鳥小屋の金網に貼付された張り紙を指差した。
そこには ”インコが欲しい人は職員室まで ”とある。
『貰えるんだ?』 マドカが訊くと女児たちは大きく頷いた。
『あんまり欲しい人はいないけどね~
でもね、アイバ先生はもらっていってたよ。』
すると、女児たちが可笑しそうに頬を染めてクスクスと笑う。
『ん?』 マドカが不思議に思い覗き込むと、彼女たちはニコニコと真夏の太陽
みたいな笑顔を向けた。
『アイバ先生のインコ、”マドカ ”ってゆーんだよ!
ワタセさん同じ名前だから、クラスでみんな笑ったんだよ~』
『ぇ。』 マドカが目を見張る。
さほど珍しい名前ではないけれど、かと言ってありふれてもいないマドカと
いう名前。
『元々ついてた名前なの?』
『ううん。 先生が貰っていくときに付けてた。』
その言葉に、マドカは小さくひとつ息をついた。
気を抜いたら泣いてしまいそうで、慌てて呼吸を整える。
(言えよ、バカ・・・ まったく・・・。)
マドカはそっと振り返って校庭からまっすぐ職員室の窓を遠く見つめた。
すると、
窓の桟に肘をついてマドカを見ている銀縁メガネのシルエットがあった。
それは、リョウが赴任してすぐの事。
鳥小屋のインコの中で、1羽だけ格別に気性が荒いインコが何故かやたらと
リョウに懐き飼えないと断っても断っても教頭に勧められ、仕舞には半ば強引に
押し付けられたその暴れん坊インコ。
(なんか・・・ マドカさんみたいだな・・・。)
実際はじめての単身暮らしの寂しさを感じはじめていた矢先、インコなら言葉を
教えられるかもとリョウは飼いはじめたのだった。
背中を丸めてリョウが必死にマドカに言葉を教えている。
『 ”うっせー、バカ ”
ほら、言ってごらんマドカ。 ”うっせー、バカ ”、”うっせー、バカ ”』