第四話 答
お前はどうする?
昨夜投げ掛けられた、母の問い。
自分の将来か……
※※※
男子三日会わざれば……何だっけな?
まあ兎も角、今私の目の前に居る息子は、その何たらに当てはまるだろう。
先日可愛い我が子に対し、心を鬼にしてわざと突き放す言い方で将来を聞いた。
あれ以来息子はずっと悩んでいた。
私も息子に嫌われたかもと、夜も録に眠れず目に隈を作る日が続いたが、その甲斐あって息子は決意を宿した漢の顔をしていた。
《旅に出ようと思います。》
「突然だな。」
《先日、母上の言った通り、賛ちゃんが歩み始めたならば、友である小生も歩み始めるが道理。》
「……なるほど……しかし、賛は賛だ。お前ではない。友だからと言って、歩みを並べる道理はあるまい。ましてや、齢十にもならぬ小僧を、そんな理由で一人旅に出す親が居るか?」
ついでに旅に出したら私が震を抱っこしたり、震の淹れた草茶が飲めなくなり、一緒に寝れなくなるじゃないか!
成長を期待したが、これは何としてでも却下しなければ!
《……母上ェ、欲望駄々漏れですよ。》
なぬ?!
《はぁ……母上、いい加減に息子離れしたらいかがですか?》
「いやだ!」
な、何という恐ろしいことを言うのだ。
息子離れ?
出来るわけ無いだろう!
2日で禁断症状出る自信があるぞ!
いかん、何か! 何か! 反論を! 何としてでも論破しなければ!
「い……今、世はその安定を無くしつつある。人心は荒み、族は増え、暴力による理不尽が増えつつある。これまでが安寧の世と言う訳ではないが、今の世は弱者が活き辛い世ではある。
そんな中で子供の一人旅など、自殺行為以外のなんだと言うのだ。
許さん! 許さんぞ!お前を産んだのは死なすためではない!
母は許さんぞ!」
ふっ……フハハハハ!
どうだ!
この会心の説得!
大人気ないといわれようが、お前は子供なのだ!
もはや震に反論は無い、そう確信するほどに完璧!
《なるほど、確かに母上のおっしゃる通りです。》
良し! 心の中で勝利の雄叫びをあげた。
《ですが、それは普通の子供の話ですよね?》
が、震の一言に風向きが変わった。
「ほう……言うじゃないか未熟者。
まさかとは思うが、自分は特別だと?
もし、そうなら私はお前の教育を間違えた様だな。尚更旅立ちなど許すわけにはいかんな。」
《まさか。小生は普通の無力な子供ですよ。
……隠れる事以外は……
ですが。》
っ! そう来たか。
震には武の才能は無い。
……いや、正確に言うと才能が無い訳ではない。ただ、震に適性のある得物がかなり……いや、物凄く独特で癖が強いだけだった。それも切り札的な得物である。
剣や槍は振るえないが、ソレなら将来は一流の武人相手でも戦うことが出来るだろう。
そして、その得物を切り札たらしめているのが、震の天武の才
穏形、気殺の才
である。
震は、謂わば武における虚実のうち、虚の極みに位置する。
姿を消し、気配すら無く、一撃必殺をあらゆる隙から相手に叩き込む暗殺拳。
何とも私の子供が暗殺拳の使い手とは、震に対する愛情は変わらないが、正直微妙な気持ちである。
《本気で隠れた小生を母上以外の誰が、見つける事が出来るんです?》
「わ、私が見つけられるのだ! 他の者でも、お前を見つける事が出来る……可能性は有るだろう!」
我ながら、物凄く苦しい言い訳だ。
確かに、私なら震が何処に隠れていても、見つけることが出来る。
何故見つけられるかと問われても、何となくとしか答えようがない。
母の愛と言ってしまえば、それまでだが……何故かこの村の住人では、隠れた震を見つける事が出来ないのだ。
だが、小さな井の中では、大海を見ることは出来ない。
外では、震を見つける者が居るかもしれないのだ。
それが、善人ならまだいい。
悪人であれば……
「あ~!! やっぱり駄目!! 旅立ちは許さん!」
ウガァ~! と、頭を掻きむしりながら絶叫する。
これも母の愛なのだ!
しかし文智は私の絶叫など、どこ吹く風とばかりに冷静に顎をさすり
《ふむ、ならば母上の不安を小生が払拭できれば良いのですね?》
なに? この小僧、今なんと言った?