エピローグ
「あの子たち、帰っていったわよ」
優子は電話の向こうの親友にそう伝えた。受話器から、親友――美恵の笑い声が響いてくる。
「まったく、世話が焼けるよねぇ。まぁ、どちらも鈍いというか、何というか」
「ふふ。でもね、あの子、彼の前なら泣けるのね。目も鼻も真っ赤で、可愛かった」
優子はその時の萌の顔を思い出して、微笑んだ。
誰かの為ではなく、自分の為に泣く彼女を見たのは、初めてだったから。
けれども、その笑みがふと濁る。
「私、彼にあの子の母親の名前を教えてしまったわ」
「あの、逃げたっていう?」
「ええ……」
別れ際、萌には内緒で、一美にこっそりとメモを渡したのだ。
あれは正しいことだったのか、それとも正しくないことだったのか。
「まあ、いいんじゃないの? 今のご時勢、もしかすると探し当てるかもね」
「それは……あの子を傷つけることにならないかしら」
「そん時はそん時だって」
懸念を声に滲ませた優子に、美恵はあっけらかんと言い放った。いつものことながら能天気な親友に、優子は苦笑する。
「私は、あの子の傷に触れまいとして、臆病になり過ぎたのかしら。傷付ける覚悟で、もっと踏み込むべきだったのかしら……?」
「優子さんはそれでいいんじゃない? だって、『お母さん』だもの。母親ってのは、子どもを大事に大事に包み込むもんだよ。イヤな役は、岩崎センセに任せておけばいいって。これから一生あの子と生きていくのは、彼なんだから。これからは、萌と一緒に荷物を抱えて歩くのは、彼なんだよ」
「そうね……もう、『おかあさん』がしゃしゃり出る年じゃないのよね。あの子も、巣立たなければならないんだわ」
バトンタッチしなさいよ、と言った美恵に、優子は一抹の寂しさと共に呟いた。萌に互いに大事に想える相手ができたことは嬉しいのだけれども、子どもを手放す寂しさは、捨てきれない。
自分の手を離れていく『わが子』が幸せになってくれることを、彼女は望んでやまなかった。
第二部はこれでおしまいです。
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次の第三部で完結ですが、もう少しプロットを固めたら連載を開始します。近日中には再開できると思いますが……しばらくお待ちいただければ幸いです。




