プロローグ
第二部です。
今回は、萌視点、一美視点の両方で進行します。
ふと、萌は目を開いた。
部屋の灯りも、大きなテレビも点けっ放し。観ていた筈のDVDは終わっていて、メニュー画面に切り替わっていた。映画のテーマ曲の一部が、繰り返し繰り返し流れている。
こうやって不意にうたた寝から目覚めた時、最初に目に入るのが知らない部屋の天井でも、いつの間にか、戸惑わなくなっていた。
四月の上旬の夜はまだ涼しい筈だけれども、萌は心地良い温もりに包まれている。
彼の力強い両腕に囲まれて、温かな胸に持たれかけて。
彼のその広い胸に押し当てている左の耳は、自分のものとは速度の違う、ゆったりとした鼓動でくすぐられていた。
こうやって彼を感じていると萌の心はとても安らいで、涙がこぼれそうになる。
安らぎと――そして、不安と。
幸せを知ると、同じだけの不安が押し寄せてくるのは何故なのだろう。
彼は確かにここにいるのに、寂しさを拭いきれない。
(とても、とても、幸せなのに)
小さい頃から、そうだった。
慈しまれると、それを失う時の事を考えてしまう。誰かを愛おしく思うことは好きなのに、想いを返されると、それを受けとってもいいのだろうかと、思ってしまう。
萌は小さく息をついた。
時刻は、まだ二十一時を少し過ぎたくらいだ。明日は仕事だし、家に帰らないと。
彼を起こさないように細心の注意を払って腕をどかして、萌は立ち上がる。そうして、彼の寝顔をジッと見つめた。
少し前に、彼はここに一緒に住もうと言ってくれたことを思い出す。
そう言われた時、とても嬉しかった。
とても嬉しかったのに、頷けなかった。
その時、彼は少し複雑な顔をして、「そうか」と答えただけだった。
多分、その提案は、彼女のことを心配してくれたから、出たものなのだろう。
それは判っていたけれど、でも、頷けなかった。
萌は身体を屈めて、彼の耳元に囁きかける。睡眠学習で、彼女のその気持ちがしっかりと刻まれるように。
「わたしは、あなたのことが大好きです」
そうして萌は、彼の部屋を後にした。




