エピローグ
「あぁあ、私的には、絶対斉藤さんの方がお薦めなのに」
昼休みの食堂で、顔を寄せ合って何やらボソボソと語り合う一群があった。
医者の看護師の混成部隊はやや異色だが、そのメンバーは、見る人が見れば四階西病棟のスタッフ――リコ、朗、肇、祐里香であることが判る。
先ほど嘆きの声を上げたのは、もちろんリコだ。
「まあまあ、リコさん、こういうのは本人の気持ちが一番大事なんだから」
笑顔でそう言った朗を、リコはキッと睨み付ける。
「だいたい、有田先生の所為なんですよ!? 何で岩崎先生に知らせたりするんですか! ……って言うより、どこで合コンのこと知ったんです?」
「それはナイショ。オレの情報網はスゴイのよ」
「どうせナースの誰かでしょ」
断言したリコに、朗はニコリと笑う。
「でも、ホント往生際悪かったですよね、岩崎先生」
「そうだよねぇ、結構早い時期から、小宮山さんを見る目は他と違ってたよね。院内で岩崎先生の方から積極的に声をかける相手なんて、滅多にいないし」
「あれで本人は全く無自覚なんだから、百戦錬磨の遊び人も聞いて呆れますよねぇ」
まさに心の底から呆れた口調で祐里香が言うと、肇もうんうんと頷いて同意した。
「認めるのに半年以上かぁ」
医者連中は呆れたように笑い合うが、その中で、リコは一人ため息をついた。
「もう……他人事だと思って。萌と岩崎先生がうまくいくとは思えませんよ」
「あはは、でも、リコさん。あれって見てて面白くない?」
「どこが」
射殺しそうなリコの眼差しを、朗はものともしない。
「ウサギに牙を抜かれた狼って感じのとこが」
「ああ、確かに、そんな感じです」
「むしろ、ウサギに庇護欲抱いちゃった狼とか」
能天気な白衣連中に、リコは再び大きなため息を吐き出す。
「まったく……牙はなくとも、狼は狼でしょ。中身は変わってないんだから。あの子には、もっと普通の幸せの方が似合ってるでしょう。こう、白い家に犬がいて……みたいな。それなのに……」
「大丈夫、大丈夫。なるようになるって」
「有田先生は、もう、適当なんですから……」
気軽にポンポンと背中を叩かれ、リコは諦めたように呟く。楽な恋愛道を歩めそうにない人生経験乏しい後輩のことを、嘆きつつ。
ようやく手をつないで歩き出した二人の道のりは、まだまだ長そうだった。




