プロローグ
「ねえ、次はいつ会える?」
ホテルの一室、キングサイズのベッドの上、喉を鳴らす猫さながらにうつぶせで横たわる女は、至極当然のことのようにそう訊いてきた。
きつめの美人でくびれた腰に、押し潰されてはみ出た胸。どこもかしこも見事な曲線を描いているその姿は、女としては最高だった。
ワイシャツのボタンを留めながら、一美は彼女にチラリと目を走らせる。
二か月前に出会った時には『私は去る者は追わない』と言わんばかりのドライな姿勢を見せていた女は、最近、妙に『次の約束』をねだるようになってきていた。
私立の中堅総合病院で小児科医として働く一美は、約束をしていても守れないことが多い。いつ急患や重症患者が入るか判らないのだ。
そして、そういった現実的な可否もあるのだが、何より、彼自身が縛られることが大嫌いだった。
嫌悪する、と言ってもいいかもしれない。
「ちょっとぉ、聴いてるの?」
焦れたように起き上がった彼女は、豊満な胸を隠すそぶりも見せずに唇を尖らせた。
「ああ、次ね……判んねぇや」
(そろそろ、こいつも潮時かな)
曖昧に返事を濁しながら、一美は内心でそう見切りをつける。
彼の方は、未練の欠片もない。あとは、どうやって別れを切り出すか、だった。
愉しい時を過ごしている間はこんなにも美人だというのに、別れを告げた瞬間に鬼の形相になるのは、どういうことなのか。
友人の整形外科医、有田は女あしらいがうまく、一美と同じように遊んでいても、大抵は円満に片を着けることができる。
一方一美は、泥沼の修羅場に突入することがしばしばだった。
同じようにやっているというのに、いったい何が違うのだろうか。
付き合う時は、いつでもさっぱり別れられると言っていた女たちは、いざ別れ話を切り出そうものなら、さながらタコか何かのようなまとわりつきようを見せてくる。
だが、仕方がないではないか。
醒めてしまったものは、二度と温めることはできないのだから。冷凍食品と同じようなものだ。
初っ端っから『縛られることは嫌いだ』という彼のスタンスを伝えているにも拘らず地雷を踏んで一美の気持ちを醒めさせてしまう女の方が、悪いというものだ。
(まったく)
どうやら彼女たちは、『自分ならこの男を変えられる』という、根拠のない自信を持つらしい。
(そんな簡単に変わるかよ)
内心でぼやきつつ、一美は小さくため息を吐き出した。