無限地獄
とある温かな家庭を想像してほしい。
厳しくも優しい頼りになる父がいて、温かくて穏やかな母がいて、ペットの猫か犬がいて、そしてあなたがいる。
そんな温かな世界。
戦争なんてなくて。
それどころか喧嘩もない。
いや、およそ争いにつながる全てがない世界。
なんでこんなに優しい世界があるのかといえば簡単な話だ。
豊かだから。
心も身体も。
豊かであれば争う必要はない。
そう。
生き物は命を繋ぐために他の命と争うのだから。
豊かで満ち足りていれば争いなど起こらないのだ。
「どうしたの?」
「おなかが空いたの」
「なら、ご飯を食べてきなさい」
母に空腹を訴えたあなたは母に言われたとおりにご飯を食べる。
「ごめんね。ご飯食べるね」
むんずとあなたは掴み、悲鳴をあげるそれを口に入れる。
まるで果汁や肉汁が漏れ出るような心地よい音。
それを聞きながら幸福な味にあなたは満たされる。
こんな世界を成立させている最大の功労者。
それがご飯と呼ばれる『彼ら』である。
『彼ら』はとても不思議な生き物で何をされても死なないのだ。
いや、正確には食べられて死んでいるのだが、奇妙なことに死んだ瞬間にまたその場に生まれるのだ。
怯えた顔で、恐怖に震えながら。
何度も死の恐怖を味わっているのにその度に生まれ、再生され、また食される。
その繰り返し――。
哀れではあるが『彼ら』によって闘う必要のない豊かな時代がもたらされているのだ。
だから皆々が『彼ら』に感謝を忘れない。
「ねえ、お父さん」
「なんだい?」
「ご飯は何で何度も蘇るの?」
子供なら誰でも抱く『当たり前の質問』をあなたは父にした。
父は微笑んで答える。
「無限地獄に堕ちているからだよ」
「無限地獄?」
「要するに悪いことをしたから苦しんでいるんだ」
「悪いこと?」
豊かな場所。
豊かな時代に生まれたあなたには『悪いこと』が何なのか分からない。
実に幸せなことだ。
それを知ってか知らずか首を傾げるあなたに父は微笑む。
「まぁ、今となってはどうでもよい話さ。さぁ、ペットにご飯をあげなさい」
そう言われてあなたは怪訝な顔をしながら『彼ら』を掴んでバラして最愛のペットへ食べさせた。
無限地獄の意味を考えながら。




