第7話:ダンジョン攻略! 悪魔の調味料『マヨネーズ・スライム』を捕獲せよ
「うぅ……帰りましょうよぅ、ルネちゃん……」
街から馬車で三十分。 目の前に広がるのは、薄暗い洞窟の入り口――通称『ゲテモノ窟』。 ミシェルカが、杖を握りしめながら涙目で訴えている。
「ここ、本当に不人気なんですよ? 出てくる魔物はベトベトしてるし、臭いし、装備は錆びるし……」 「だからこそ、誰も採らない『宝』が眠ってるのよ」
私はリュックの紐を締め直した。 今日の装備は、空のガラス瓶を十個と、茹でたジャガイモ、そして塩茹でしたオーク肉のハム。 準備は万端だ。
「行くわよ、ガルドーさん、ミシェルカ!」 「へいへい。俺が盾になりゃいいんだろ」
ガルドーさんが大盾を構え、先頭に立つ。 私たちは湿った洞窟の中へと足を踏み入れた。
◆
洞窟内部は、鼻を突く酸っぱい匂いが充満していた。 普通の冒険者なら顔をしかめるだろう。 だが、私の嗅覚スキルは、その奥にある芳醇な香りを嗅ぎ分けていた。
(酢の匂い……いや、これは穀物酢の香りね。それに、微かに漂う濃厚な卵黄のコク……)
間違いない。奴は近くにいる。
「出たぞ! 『ホワイト・アシッド・スライム』だ!!」
ガルドーさんが叫んだ。 通路の奥から、ボヨンボヨンと音を立てて現れたのは、直径1メートルほどの白いゲル状の魔物だった。 白濁し、ぷるぷると震えるそのボディ。 一般的には、装備を溶かす酸を吐く厄介な敵だ。
「ひぃっ! 近寄らないでぇ!」
ミシェルカが杖を構え、火の玉を放とうとする。
「待って!! 焼かないで! 分離しちゃうから!!」
私は慌ててミシェルカの杖を押さえた。 マヨネーズは加熱厳禁だ。熱を加えると油と酢と卵が分離して、ただの油汚れになってしまう。
「ルネ!? 危ねぇぞ!」 「大丈夫。見てて」
私はガルドーさんの制止を振り切り、スライムの前に飛び出した。 スライムが威嚇するように体を震わせ、体の一部を触手のように伸ばしてくる。
ピチャッ。
私の頬に、白い液体が付着した。
「あああっ! ルネちゃんの顔が溶けちゃうぅぅ!」 「……ペロっ」
私は頬についた液体を指で拭い、舐めた。
――酸味。 舌をキュッと刺激する心地よい酸っぱさ。 その直後に訪れる、ねっとりとした油のコクと、卵のまろやかさ。 塩加減も絶妙。市販品よりも手作り感のある、濃厚な味わい。
「……合格」
私はニヤリと笑った。
「これ、最高の『マヨネーズ』よ」 「ま、まよねーず……?」
呆気にとられる二人を尻目に、私はリュックから「茹でたジャガイモ」を取り出した。 その場で手で粗く潰し、まだ温かいジャガイモに、スライムの体をたっぷりと掬い取って混ぜ合わせる。 さらに、持参したオーク肉のハムと、洞窟入り口で採取した『キュウリ草』を薄切りにして投入。 仕上げに、黒胡椒代わりの木の実を砕いてパラリ。
即席・特製ポテトサラダの完成だ。
「さあ、ミシェルカ。これを食べてみて」 「えええ!? いやですよぉ! 私、野菜嫌いなんです! 特に芋のモソモソした感じとか、草の青臭さとか……!」 「いいから! 一口でいいから!」
私はスプーンに山盛りのポテトサラダを乗せ、半ば無理やりミシェルカの口に突っ込んだ。
「んぐっ!?」
ミシェルカの目が白黒する。 口いっぱいに広がる、未知の味。
(……え?)
モソモソしない。 あの嫌いだったジャガイモが、白いソースと絡み合って、驚くほど滑らかでクリーミーになっている。 酸っぱいソースが芋の甘みを引き立て、ハムの塩気がアクセントになり、キュウリ草のシャキシャキ感がリズムを生む。
野菜を食べている気がしない。 これはまるで……濃厚なクリーム料理だ。
「んんっ……!?」
ミシェルカの手から杖が落ちた。 彼女は私の手からスプーンと皿を奪い取ると、猛烈な勢いで食べ始めた。
「おいしい……! なんですかこれ!? お野菜なのに、甘くて、酸っぱくて、コクがあって……止まらないぃぃ!!」 「これがマヨネーズの魔力よ。野菜嫌いの子供を黙らせる、母なる味ね」
私はドヤ顔で言い放った。 横で見ていたガルドーさんも、ゴクリと喉を鳴らす。
「お、俺にも一口……」 「ダメよ、これはミシェルカの分。ガルドーさんには後で作ってあげるから、まずは捕獲よ!」
私たちは、呆然としているスライムを囲んだ。 もう恐怖はない。あるのは「食材」を見る目だけだ。
「さあ、おいで。私の店に来れば、毎日美味しい野菜と和えてあげるわよ」
私がガラス瓶を差し出すと、スライム――後に『ポム』と名付けることになるその個体は、自ら体を細くして、ニュルリと瓶の中へ収まった。 どうやら、自分を美味しく食べてくれる人間に懐く習性があるらしい。
「よし、捕獲完了!」
私はマヨネーズが詰まった瓶を高く掲げた。 洞窟の奥から漏れる光に照らされ、白い瓶は神々しく輝いていた。
「これで……これでお店が出せるわ! タルタルソースも、エビマヨも、お好み焼きも作り放題よ!」 「よく分からねぇが、ルネの店に行けばこれが食えるんだな?」 「ルネちゃん! 帰ったらもっと大きいお皿で作ってください! 私、これなら山ほど食べられます!」
こうして、私たちは最強の調味料を手に入れた。 だが、このダンジョンの奥には、まだ「赤い悪魔(唐辛子)」や「黄金の粉(カレー粉)」が眠っているらしい。 私の冒険は、まだ終わらない。
……が、とりあえず今日は帰って『ポテサラパーティー』だ!




