第6話:ギルドマスター襲来! 疑惑の白い粉と、禁断の生姜焼き
「ふぅ……だいぶ綺麗になったわね」
幽霊屋敷――もとい、私の城『キッチン・アトリエ(仮)』の掃除は順調だった。 ミシェルカ(家主)の暴走魔力を動力源にした『自動雑巾がけモップ』が床を磨き上げ、ガルドーさんが力仕事で重い棚を動かしてくれたおかげだ。
私は厨房で、試作の準備をしていた。 先ほどの屋台で稼いだ資金で、追加のオーク肉と、市場で見つけた「謎の調味料」をいくつか買い足してある。
「ルネちゃん、本当にここで店を開くんですか……? 私、料理なんて黒焦げの炭しか作れませんよ?」
ミシェルカがおどおどと聞いてくる。 彼女は私の「不味いスープ」を飲んでいないため、まだ私の実力を半信半疑のようだ。
「心配ないわ。食べる専門でいてくれれば――」
私が言いかけた、その時だった。
ドォォォォンッ!!
入口の扉が、蹴破られんばかりの勢いで開かれた。 蝶番が悲鳴を上げ、土埃が舞う。
「おいコラァ!! ここかァ!?」
怒号と共に現れたのは、巨大な岩のような男だった。 身長はガルドーさんよりさらに高く、丸太のような腕。顔には古傷が走り、眼光は鋭い獣そのもの。 冒険者ギルドのマスター、ヴォルグだ。
「ゲェッ! ギ、ギルマス!?」
ガルドーさんが素っ頓狂な声を上げて後ずさる。
「おう、ガルドー! お前が関わってるとはな……失望したぞ! 若い冒険者たちに『謎の白い粉』をまぶした肉を食わせ、薬漬けにしてるって噂じゃねぇか!」 「はぁ!? 粉って、あれはただの芋の粉……」 「言い訳は無用! その『依存性が高すぎる謎の薬物』を今すぐ出せ! 俺が直々に処分してやる!」
ヴォルグはズカズカと店内に入り込んできた。 どうやら、私の作った「オーク肉の竜田揚げ」があまりに美味しすぎて、食べた冒険者たちが「あの粉にはヤバイ成分が入ってるに違いない」と噂したらしい。 失礼しちゃうわね。入ってるのは「愛情」と「カロリー」だけよ。
私は椅子の上に立ち上がり(そうしないと視線が合わない)、仁王立ちした。
「ちょっとおじさん! 土足で入らないでよ! 今せっかく磨いたのに!」 「あぁ? なんだこのチビは。……嬢ちゃん、ここは危ない売人のアジトだぞ。どいてな」
ヴォルグは私を子供扱いし、手で払いのけようとした。 その鼻先へ、私はあるものを突きつけた。
――ジュウウウウッ。
熱せられたフライパンだ。 中には、薄切りにしたオーク肉が踊っている。
「……ん?」
ヴォルグの鼻がピクリと動いた。 今、私はちょうど、彼への「尋問」の準備をしていたところだったのだ。
フライパンの中身は、オークのバラ肉。 それに絡めているのは、例の『醤油ポーション』と、すり下ろした『痺れ根(生姜)』、そして少しの『果実酒(甘味)』を合わせた特製タレ。
そう。**『オーク肉の生姜焼き』**だ。
醤油が焦げる香ばしい匂い。 生姜の爽やかで刺激的な香り。 そして、脂身の甘い匂いが混然一体となって、店内に爆発的に広がる。
「な、なんだこの匂いは……!?」
ヴォルグの動きが止まった。 怒りに燃えていた瞳が、今は別の「炎」――食欲という名の原初的な炎に支配され始めている。
「処分するんでしょ? ほら、これがその『危険なブツ』よ」
私は皿に盛り付けた生姜焼きを、ドンとテーブルに置いた。 付け合わせには、市場で安く買えたキャベツもどきの千切りを山盛りに。
「くっ……! 俺を試そうってのか……! いいだろう、俺の鋼の胃袋で毒見をしてやる!」
ヴォルグはフォークをひったくり、肉を突き刺した。 タレが絡んでテラテラと輝く肉。 それを、大きな口で一口に放り込む。
モグッ。
瞬間、ヴォルグの眉間から険しい皺が消え失せた。
「……!?」
硬いはずのオーク肉が、解けるように柔らかい。 生姜の酵素で柔らかくなった肉の繊維から、濃厚なタレと肉汁がジュワッと溢れ出す。 醤油の塩気がガツンと脳を殴ったかと思えば、生姜の清涼感が脂っこさを洗い流し、最後に果実酒のほのかな甘みが後を引く。
――白飯。 ヴォルグの脳裏に、その単語が浮かんだ。 この世界に米文化は薄いが、穀物を炊いた主食はある。 今すぐ、その穀物を口に放り込みたい衝動に駆られる。
「こ、これは……酒だ! エールを持ってこいッ!!」
ヴォルグが叫んだ。 米がないなら、酒だ。この濃い味付けは、酒泥棒そのものだ。
「はいはい、エールはないけど水ならあるわよ」
私が水を出すと、ヴォルグは肉を咀嚼し、水を流し込み、また肉を食らうという無限ループに入った。 千切りキャベツもどきにもタレが染みていて、それだけでご馳走になっている。
「うめぇ……なんだこれ、うめぇぇぇ……ッ!」
さっきまでの威厳はどこへやら。 口の周りをタレだらけにした大男が、夢中で皿を舐めている。
ガルドーさんが呆れたように呟いた。
「言っただろ、ギルマス。こいつの飯は、ポーションより効くんだよ」 「うむ……! 確かに、食ったそばから体の芯が熱い! 疲労が吹き飛んでいくようだ!」
完食。 ヴォルグは名残惜しそうに皿を見つめた後、ハッと我に返り、私に向き直った。
「……嬢ちゃん。いや、店主殿」 「なに?」 「この店は、いつオープンだ?」 「あと数日かしらね。食材も足りないし」
ヴォルグは懐から革袋を取り出し、テーブルに叩きつけた。
「これは前金だ! 開店したらギルドの野郎どもを連れてくる! 貸切だ! いいな!」 「まいどあり」
中身を確認すると、金貨が数枚入っていた。 ちょろい。 異世界の権力者たちは、みんな胃袋が弱点なのだろうか。
「ただし! 条件がある!」
ヴォルグは真剣な顔で指を立てた。
「あの『醤油ポーション』とやらは、俺が優先的に卸してもらえるように手配してくれ。あれがないと、もう俺は生きていけん!」
こうして、私は最強の用心棒に続き、最強のバックアップ(ギルドマスター)を手に入れた。 だが、彼らはまだ知らない。 この生姜焼きですら、まだ序の口。 真の「飯テロ」兵器――マヨネーズが、まだダンジョンに眠っていることを。
「さて、資金も増えたし。明日はミシェルカを連れてダンジョンね」
私の野望(メニュー開発)は、まだ始まったばかりだ。




