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第42話:覚醒の魔法料理。その炎は、アイスクリームを溶かさない

翌日のランチタイム。  『キッチン・アトリエ』の特等席には、エルザが腕組みをして座っていた。  その周りには、彼女の噂を聞きつけた魔法学校の生徒たちも野次馬として集まっている。


「本当にやるつもりなの? 料理で私に勝つなんて」  エルザは杖を指で回しながら、冷ややかな視線を厨房へ送った。


「ええ。ミシェルカの魔法は、あんたが一生かかっても真似できない領域にあるって、証明してあげるわ」


 私が言い放つと同時に、厨房の扉が開いた。  現れたのは、コックコートを身に纏い、真っ白な帽子を被ったミシェルカだ。  その顔に、昨日のような涙の跡はない。緊張で少し強張っているが、その目は真っ直ぐにエルザを見据えている。


「お待たせしました……」


 彼女がテーブルに置いたのは、直径20センチほどの、真っ白なメレンゲのドームだった。


「なによこれ。ただの白い山じゃない」  エルザが鼻で笑う。 「これが『炎と氷の芸術』? 期待外れもいいとこね。こんなもの、私のファイアボール一発で消し炭に……」


「いいえ。これは『未完成』です」


 ミシェルカは静かに遮った。  彼女は懐から愛用の杖を取り出し、ドームに向けた。


「仕上げは、お客様の目の前で行います。……よく見ていてください」


 ミシェルカが深く息を吸い込んだ。  会場が静まり返る。


 「展開……『絶対零度の揺りフリーズ・クレイドル』」


 彼女の杖先から、目に見えない冷気が放たれた。  ドームの周囲の空気がピキピキと凍りつく。しかし、メレンゲ自体は凍っていない。内側だけを、正確に冷却しているのだ。


「そして……」


 ミシェルカの左手が、赤く輝いた。


 「焼き尽くせ……『紅蓮のヴェール(バーニング・コート)』!!」


 ボォォォォォォォッ!!!


 瞬間、純白のドームが猛烈な炎に包まれた。  観客から悲鳴が上がる。  「ああっ! 丸焦げになっちゃう!」「中身まで溶けるぞ!」


 エルザも目を見開いた。  「バカな! 至近距離でそんな火力を出したら、料理なんて跡形もなく……!」


 だが。  数秒後、炎がフッと消失した時、そこに残っていたのは「炭」ではなかった。


 白かったメレンゲの表面に、均一で美しいキツネ色の焼き目がつき、甘く香ばしいキャラメルの香りを漂わせる、黄金のドームだった。


「完成です。 『魔法仕立てのベイクド・アラスカ』」


 ミシェルカはナイフを取り出し、ドームの中央に入れた。  サクッ。  焼けたメレンゲが小気味よい音を立てる。  そして、断面が開かれた瞬間――。


 白い冷気と共に現れたのは、一滴も溶けていない、カチカチのアイスクリームだった。


「な、な……っ!?」


 エルザが椅子から立ち上がった。


「嘘……でしょ? あれだけの炎に包まれたのに、なぜアイスが溶けていないの!? それどころか、湯気と冷気が同時に出ているなんて……!」


「召し上がってください。賞味期限は『今』だけです」


 エルザは震える手でスプーンを持ち、ケーキをすくった。  熱々のメレンゲと、冷たいアイスを一緒に口へ運ぶ。


 パクッ。


「…………ッ!!!」


 エルザの動きが止まった。


 熱い。冷たい。  焼かれたメレンゲのサクサク感と香ばしさ。  その直後に訪れる、アイスクリームの強烈な冷たさと滑らかな甘み。  口の中で、夏と冬が同時に来たような衝撃。  相反するはずの二つが、喧嘩することなく、互いを引き立て合っている。


「……信じられない」


 エルザが呟いた。


「炎で焼きながら、氷で守っていたというの……? 髪の毛一本分のメレンゲを隔てて、1000度の熱とマイナス20度の冷気を共存させるなんて……そんな芸当、宮廷魔導師団長でも不可能よ……」


 それは、ただの破壊力とは次元の違う、神業とも言える魔力制御コントロールだった。


「……美味しい」


 エルザの目から、一筋の涙がこぼれた。  悔し涙ではない。あまりにも美しい魔法を見せつけられた、感動の涙だった。  彼女は夢中でスプーンを動かし、あっという間に完食してしまった。


「……私の負けよ、ミシェルカ」


 エルザはナプキンで口を拭い、真っ直ぐにミシェルカを見た。


「貴女を『冷蔵庫』なんて呼んでごめんなさい。……貴女は、誰にも真似できない立派な魔導師よ」 「エルザさん……」


「フン、勘違いしないでよね! 攻撃魔法ならまだ私の方が上なんだから!」


 エルザは顔を赤くしてそっぽを向いたが、その表情は晴れやかだった。  彼女は席を立ち、代金(相場の倍の金貨)を置いて店を出て行った。  去り際、小さく「また来るわ」と言い残して。


 店内が、割れんばかりの拍手に包まれた。


「やったぁぁぁ! ルネさぁぁぁん!」  ミシェルカが泣きじゃくりながら私に抱きついてきた。 「成功しましたぁ! アイス、溶けませんでしたぁぁ!」


「はいはい、暑苦しいわよ。……よくやったわね、ミシェルカ」


 私は彼女の頭をポンポンと撫でた。  こうして、落ちこぼれ魔導師は自信を取り戻した。  彼女の操る「炎と氷の同時魔法」は、後に魔導学会で『対消滅魔法の基礎理論』として研究されることになるのだが……本人はそんなことより、今日の賄いのプリンのことで頭がいっぱいのようだ。


 これで『キッチン・アトリエ』には、最強の盾に続き、最強の(調理用)魔法使いが誕生したわけだ。  私のスローライフ、また一歩遠のいた気がするけど……まあ、美味しいアイスが食べられるなら、よしとしよう。

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