表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/56

第41話:不可能への挑戦。燃える氷菓子『ベイクド・アラスカ』

その夜、『キッチン・アトリエ』の厨房は、異様な緊張感に包まれていた。


「無理ですぅ! 絶対に無理ですぅ!」


 ミシェルカが涙目で首を振る。  彼女の目の前には、スポンジケーキの上に鎮座する、カチカチに凍らせたアイスクリームの山。  そして、ボウル一杯の泡立てたメレンゲ(卵白と砂糖)が置かれている。


「黙ってやりなさい。明日の勝負、これで勝つわよ」


 私はメレンゲをアイスクリームの山に塗りたくり、真っ白なドーム状に成形した。


「いい? 今から作るのは**『ベイクド・アラスカ』**。このアイスの塊を、オーブン……つまりあんたの炎魔法で焼き上げるの」


「や、焼く!? アイスをですか!?」


 ミシェルカが素っ頓狂な声を上げる。  当然の反応だ。アイスを焼けば溶ける。それが物理法則だ。


「そう。普通なら溶けてドロドロになる。  だからこそ、あんたの魔法が必要なのよ」


 私は彼女の杖を突きつけた。


「ミシェルカ。あんたに課すミッションは二つ。  一つ、『内側のアイスを氷魔法で絶対零度に保ち続けること』。  二つ、『外側のメレンゲだけを、炎魔法で一瞬にして焦げ目がつくまで焼き上げること』。  これを、同時にやるの」


「ど、同時ぃ……!?」


 ミシェルカが絶句した。  魔法使いにとって、相反する属性の魔法を同時に行使する「ダブル・キャスト」は高等技術だ。  しかも、ただ放つだけではない。  内側は守り、外側だけを攻める。髪の毛一本分の厚さのメレンゲを境界線にして、極寒と灼熱を共存させろと言うのだ。


「そんな芸当、エルザさんだってできませんよ! 私なんかが……」 「エルザには無理ね。あいつの魔法は『雑』だから」


 私は言い切った。


「あいつの炎は、対象を灰にするだけの暴力よ。  でも、あんたは違う。  毎日、私の指示通りにスープを80度で保温し、刺身をマイナス2度で熟成させてきた。  あんたがコンプレックスだと思っているその『弱くてぬるい魔法』はね、言い換えれば**『Sランク級の超精密制御』**なのよ!」


「えっ……?」


 ミシェルカが目を丸くした。  弱さではなく、精密さ。  そんな風に自分の魔法を評価されたことは、一度もなかった。


「やってみなさい。破壊するんじゃない。料理するのよ」


 ミシェルカは杖を握りしめた。  深呼吸。  右手に氷の魔力を。左手に炎の魔力を。


「……うぅ……っ!!」


 ボッ!  最初のトライ。炎が強すぎて、メレンゲが一瞬で炭になり、中のアイスまで溶け出した。失敗。


「火力が強すぎる! 敵を倒すつもりで撃つな!  メレンゲの表面にある砂糖をキャラメリゼ(焦がす)させる熱量だけを与えなさい!」


「は、はいぃ!」


 二回目。  今度は氷が強すぎて、メレンゲまで凍ってしまい、焼き目がつかない。


「違う! 守りすぎ! アイスは守る、メレンゲは攻める! その矛盾を両立させるの!」


 何度も、何度も繰り返す。  失敗したアイスとメレンゲの山が築かれていく(失敗作はガルドーさんが美味しそうに処理してくれた)。


 日付が変わる頃。  ミシェルカの魔力は枯渇寸前だった。  杖を持つ手が震え、汗だくだ。


「……もう、ダメです……。やっぱり私には才能なんて……」


「才能ならあるわよ」


 私は、ミシェルカの背中をバシン! と叩いた。


「あんた、気づいてる?  さっきから何十回も失敗してるけど、一度として**『テーブルを焦がしていない』**わよね?」


 ミシェルカはハッとして作業台を見た。  アイスは溶けたり焦げたりしているが、その下の皿や、木のテーブルには焦げ跡ひとつない。  エルザなら、とっくに厨房ごと燃やしていただろう。


「あんたの魔法は、対象物以外を傷つけない優しさがある。  それは、料理人にとって最強の武器よ」


 優しさ。  私の魔法は、弱いんじゃない。優しいんだ。


 ミシェルカの瞳に、光が宿った。  彼女はもう一度、杖を構えた。  イメージする。  敵を焼き殺す地獄の業火ではない。  砂糖を焦がし、香ばしい香りを引き出す、料理のための温かい炎を。  そして、大切なアイスクリームを守り抜く、揺るぎない氷の盾を。


「……ふぅ……」


 息を吐く。  魔力が、静かに練り上げられていく。


「……いけます」


 ミシェルカが顔を上げた。  その表情からは、オドオドした弱気な色は消えていた。


「ルネさん、ラスト1個。……お願いします!」


「上等よ。見せてみなさい、あんたの『魔法料理』を!」


 決戦の朝が来る。  落ちこぼれの「人間冷蔵庫」が、エリート魔導師の鼻を明かす準備は整った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ