第41話:不可能への挑戦。燃える氷菓子『ベイクド・アラスカ』
その夜、『キッチン・アトリエ』の厨房は、異様な緊張感に包まれていた。
「無理ですぅ! 絶対に無理ですぅ!」
ミシェルカが涙目で首を振る。 彼女の目の前には、スポンジケーキの上に鎮座する、カチカチに凍らせたアイスクリームの山。 そして、ボウル一杯の泡立てたメレンゲ(卵白と砂糖)が置かれている。
「黙ってやりなさい。明日の勝負、これで勝つわよ」
私はメレンゲをアイスクリームの山に塗りたくり、真っ白なドーム状に成形した。
「いい? 今から作るのは**『ベイクド・アラスカ』**。このアイスの塊を、オーブン……つまりあんたの炎魔法で焼き上げるの」
「や、焼く!? アイスをですか!?」
ミシェルカが素っ頓狂な声を上げる。 当然の反応だ。アイスを焼けば溶ける。それが物理法則だ。
「そう。普通なら溶けてドロドロになる。 だからこそ、あんたの魔法が必要なのよ」
私は彼女の杖を突きつけた。
「ミシェルカ。あんたに課すミッションは二つ。 一つ、『内側のアイスを氷魔法で絶対零度に保ち続けること』。 二つ、『外側のメレンゲだけを、炎魔法で一瞬にして焦げ目がつくまで焼き上げること』。 これを、同時にやるの」
「ど、同時ぃ……!?」
ミシェルカが絶句した。 魔法使いにとって、相反する属性の魔法を同時に行使する「ダブル・キャスト」は高等技術だ。 しかも、ただ放つだけではない。 内側は守り、外側だけを攻める。髪の毛一本分の厚さのメレンゲを境界線にして、極寒と灼熱を共存させろと言うのだ。
「そんな芸当、エルザさんだってできませんよ! 私なんかが……」 「エルザには無理ね。あいつの魔法は『雑』だから」
私は言い切った。
「あいつの炎は、対象を灰にするだけの暴力よ。 でも、あんたは違う。 毎日、私の指示通りにスープを80度で保温し、刺身をマイナス2度で熟成させてきた。 あんたがコンプレックスだと思っているその『弱くてぬるい魔法』はね、言い換えれば**『Sランク級の超精密制御』**なのよ!」
「えっ……?」
ミシェルカが目を丸くした。 弱さではなく、精密さ。 そんな風に自分の魔法を評価されたことは、一度もなかった。
「やってみなさい。破壊するんじゃない。料理するのよ」
ミシェルカは杖を握りしめた。 深呼吸。 右手に氷の魔力を。左手に炎の魔力を。
「……うぅ……っ!!」
ボッ! 最初のトライ。炎が強すぎて、メレンゲが一瞬で炭になり、中のアイスまで溶け出した。失敗。
「火力が強すぎる! 敵を倒すつもりで撃つな! メレンゲの表面にある砂糖をキャラメリゼ(焦がす)させる熱量だけを与えなさい!」
「は、はいぃ!」
二回目。 今度は氷が強すぎて、メレンゲまで凍ってしまい、焼き目がつかない。
「違う! 守りすぎ! アイスは守る、メレンゲは攻める! その矛盾を両立させるの!」
何度も、何度も繰り返す。 失敗したアイスとメレンゲの山が築かれていく(失敗作はガルドーさんが美味しそうに処理してくれた)。
日付が変わる頃。 ミシェルカの魔力は枯渇寸前だった。 杖を持つ手が震え、汗だくだ。
「……もう、ダメです……。やっぱり私には才能なんて……」
「才能ならあるわよ」
私は、ミシェルカの背中をバシン! と叩いた。
「あんた、気づいてる? さっきから何十回も失敗してるけど、一度として**『テーブルを焦がしていない』**わよね?」
ミシェルカはハッとして作業台を見た。 アイスは溶けたり焦げたりしているが、その下の皿や、木のテーブルには焦げ跡ひとつない。 エルザなら、とっくに厨房ごと燃やしていただろう。
「あんたの魔法は、対象物以外を傷つけない優しさがある。 それは、料理人にとって最強の武器よ」
優しさ。 私の魔法は、弱いんじゃない。優しいんだ。
ミシェルカの瞳に、光が宿った。 彼女はもう一度、杖を構えた。 イメージする。 敵を焼き殺す地獄の業火ではない。 砂糖を焦がし、香ばしい香りを引き出す、料理のための温かい炎を。 そして、大切なアイスクリームを守り抜く、揺るぎない氷の盾を。
「……ふぅ……」
息を吐く。 魔力が、静かに練り上げられていく。
「……いけます」
ミシェルカが顔を上げた。 その表情からは、オドオドした弱気な色は消えていた。
「ルネさん、ラスト1個。……お願いします!」
「上等よ。見せてみなさい、あんたの『魔法料理』を!」
決戦の朝が来る。 落ちこぼれの「人間冷蔵庫」が、エリート魔導師の鼻を明かす準備は整った。




