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第40話:落ちこぼれ魔導師? 「人間冷蔵庫」と蔑まれた日

その日、『キッチン・アトリエ』に、鼻につく香水の匂いと共に、一人の女性客が現れた。


 ランチタイムのピークが過ぎ、私が夜の仕込みに入っていた時のことだ。  カツカツカツ、とヒールの音を響かせて入ってきたのは、深紅のローブを纏った女性。  長い赤髪を巻き上げ、手には豪奢な宝玉が埋め込まれた杖を持っている。


 一目で分かった。  王立魔導アカデミーの卒業生、それも上位のエリートだ。


「いらっしゃいませ。お食事ですか?」


 私が声をかけると、彼女は店内を見回し、ハンカチで口元を押さえた。


「……油臭い。こんな庶民の店に、私が探している人物がいるとは思えませんけれど」


 失礼な奴だな。  私が眉をひそめた時、厨房の奥からミシェルカが顔を出した。


「ルネさん、アイスクリームの種、冷却完了しましたぁ! カチカチですぅ!」


 ミシェルカは霜のついたボウルを抱え、ニコニコと笑顔で現れた。  だが、赤髪の女性を見た瞬間、その笑顔が凍りついた。


「え……? エルザ……さん?」 「あら」


 エルザと呼ばれた魔導師は、蔑むような笑みを浮かべた。


「どこかで見た顔だと思ったら……万年補欠の『落ちこぼれ』、ミシェルカじゃない」


 店内の空気が一瞬で冷えた。  ガルドーさんが眉を寄せ、キュイジーが手を止める。


「卒業して行方知れずだと聞いていたけれど……まさか、こんな汚い飯屋で働いていたなんてね」


 エルザはミシェルカに歩み寄り、彼女が持っているボウルを杖の先で突いた。


「これは何? ……氷魔法で、お菓子を冷やしているの?」 「は、はい……。私、ここのスタッフで……」 「嘆かわしい!」


 エルザが大声を上げた。


「ミシェルカ! 貴女、魔導師としての誇りはないの!?  我々が学ぶ魔法は、魔物を焼き尽くし、国を守るための崇高な力よ。それを、こんな……料理の冷却材に使うなんて!」


 ミシェルカが身を縮こまらせる。


「で、でも……私、攻撃魔法は苦手で……火球も飛ばせませんし……」 「ええ、知っているわ。貴女の魔法は昔から『ぬるい』もの。魔力制御ばかり細かくて、肝心の破壊力が皆無だものね」


 エルザはクスクスと笑った。


「アカデミーの恥よ。そんなことだから、貴女はあだ名で呼ばれるの。  ――**『人間冷蔵庫』**ってね」


 人間冷蔵庫。  その言葉は、ミシェルカにとって一番触れられたくない傷だったのだろう。  彼女の目から、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。


「うっ……うぅ……」 「あら、泣くの? 悔しかったら魔法で私を攻撃してみなさいよ。まあ、貴女の貧弱な魔法じゃ、私の『炎の障壁』は傷一つつけられないでしょうけど」


 エルザは手のひらに小さな火球を生み出し、弄ぶように揺らした。  圧倒的な魔力だ。火力だけなら、確かにミシェルカの数倍はある。


「……ごめんなさい」


 ミシェルカはボウルを置き、震える声で言った。


「ルネさん、ごめんなさい……。私、やっぱりダメな魔導師なんです。お店の評判を落とす前に、辞めます……」


 彼女は顔を覆い、裏口へ走り去ろうとした。


「待ちなさい」


 私の声が響いた。  ミシェルカの足が止まる。  私はカウンターから出て、エルザの前に立った。


「あなた、エルザさんって言ったわね」 「ええ。宮廷魔導師候補のエルザ・フレイムよ。この店員(冷蔵庫)の教育不足を詫びるなら聞いてあげるわ」


 私はため息をつき、ミシェルカが置いていったボウル――完璧な温度管理で冷やされたアイスクリームの素――を指差した。


「あんた、魔法の火力には自信があるみたいだけど……『温度管理』はできる?」 「は? 何を言って……」 「私の店で働きたかったら、ただ燃やすだけの雑な魔法なんてお断りなのよ。求められるのは、0.1度の誤差も許さない『制御』だけ」


 私はエルザを睨みつけた。


「ウチのスタッフを『冷蔵庫』呼ばわりしたこと、後悔させてあげるわ。  ミシェルカの魔法が『ぬるい』かどうか……あんたのその自慢の炎と勝負して証明してやる」


「……はぁ? 料理人が、魔導師に魔法勝負を挑む気?」 「ええ。ただし、戦場はここ(厨房)。ルールは『料理』よ」


 私は逃げようとしていたミシェルカの手を掴み、強引に引き戻した。


「逃げるな、ミシェルカ。  あんたが毎日やってる仕事が、こいつの爆発魔法より遥かに高度だってことを、分からせてやるわよ」


 泣き腫らした目のミシェルカに、私は不敵に笑いかけた。


「明日のランチタイム。メニューは**『炎と氷の芸術』**。  あんたが主役よ、覚悟しなさい!」

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