第38話:復活の不沈艦。俺の盾は『飯屋』を守るために
王都からほど近い『夜の森』。 そこは今、地獄絵図と化していた。
「ひっ……! くるな! くるなぁぁッ!!」
昼間、私の店で威張り散らしていたSランク冒険者、ザング。 彼は今、へし折れた剣を握りしめ、尻餅をついて後ずさっていた。
彼らの周囲を囲んでいるのは、数十頭の『ブラッド・オーガ』の群れ。 通常なら森の奥深くにいるはずの魔物が、スタンピード(暴走)を起こして溢れ出してきたのだ。 ザングのパーティメンバーは既に気絶するか、戦意喪失して震えている。
「なんでだ……俺はSランクだぞ……! なんでこんな雑魚どもに……!」
ザングが掲げた大盾は、オーガの棍棒によってひしゃげ、使い物にならなくなっていた。 恐怖で足がすくむ。 目の前には、群れのボスである『オーガ・ジェネラル』が、丸太のような腕を振り上げている。
――死ぬ。
ザングが目を閉じた、その瞬間。
ドゴォォォォォォォォンッ!!!
鼓膜を破るような轟音が響き、衝撃波が周囲の木々を薙ぎ払った。 ザングが恐る恐る目を開けると、信じられない光景があった。
オーガ・ジェネラルの剛腕を、たった一枚の黒い大盾が受け止めていたのだ。 それも、片手で。
「よぉ。……昼間の威勢はどうした、『最強の盾』さんよ」
土煙の中から現れたのは、ボロボロのエプロンを腰に巻いたままの、ガルドーだった。
「ガ、ガルドー……!? なぜここに……!?」 「散歩のついでだ。……っと、重てぇな!」
ガルドーが腕を振るうと、オーガ・ジェネラルの巨体が木の葉のように弾き飛ばされた。 あり得ない怪力。 その体からは、湯気のような赤いオーラが噴き出している。
「な、なんだその力は!? 貴様の右腕は死んでいたはずじゃ……!」 「ああ、痛ぇよ。古傷が疼いて仕方ねぇ」
ガルドーはニヤリと笑った。その瞳は、猛獣のように爛々と輝いている。
「だがな、ウチの店主の『特製カツ丼』を食ったら、力が有り余って震えが止まらねぇんだよ!!」
グォォォォォッ!!! オーガの群れが一斉に襲いかかってくる。四方八方からの暴力の雨。
だが、ガルドーは一歩も動かなかった。
「見とけ、若造。これが『守る』ってことだ!!」
スキル発動――【絶対防御・城塞】
ガルドーが盾を地面に叩きつけると、光の壁がドーム状に展開された。 オーガたちの棍棒、牙、爪が、その壁に触れた瞬間に弾き返される。 完全なる不可侵領域。
「うおおおおッ!! 俺の後ろにはな、世界一美味い飯屋があるんだ! 一匹たりとも通さねぇぞ!!」
ガルドーが吼える。 彼の脳裏に浮かぶのは、名声でも金でもない。 湯気を立てる温かい丼。 そして、「おかわり」と言った時に嬉しそうに笑うルネの顔だ。
守りたい場所がある。帰りたい場所がある。 その単純で強烈な想いが、かつての『不沈艦』を、全盛期をも凌駕する『鉄壁』へと進化させていた。
「(……勝てない)」
ザングは悟った。 装備の質も、若さも、ランクも関係ない。 この男の背中には、自分たちが持っていない「覚悟」と「燃料」が詰まっている。
数分後。 オーガの群れは、ガルドーのカウンター(シールドバッシュ)によって壊滅していた。
◆
静寂が戻った森。 ガルドーは盾を背負い直し、ザングたちを見下ろした。
「……立てるか?」 「は、はい……」
ザングは震えながら立ち上がり、深々と頭を下げた。
「……完敗です。あなたの盾は、錆びついてなどいなかった。……俺たちが間違っていました」 「勘違いすんな。俺は冒険者じゃねぇ」
ガルドーは鼻を鳴らした。
「俺はただの『飯屋の用心棒』だ。……お前らがくたばると、ウチの店の売上が減るから助けただけだ」
そう言って、彼はさっさと背を向けた。
「帰るぞ。……腹が減った」
◆
深夜の『キッチン・アトリエ』。 勝手口の扉が開き、泥だらけのガルドーさんが戻ってきた。
「ようルネ。……ただいま」 「おかえり。遅かったじゃない」
私は鍋の蓋を開けた。
「約束のデザート、できてるわよ」
差し出したのは、冷たく冷やした**『特製杏仁豆腐・フルーツ添え』**だ。 脂っこいカツ丼の後には、こういうさっぱりした甘味が最高に合うはずだ。
「……へっ、気が利くじゃねぇか」
ガルドーさんは大盾を置き、椅子にドカッと座った。 スプーンで杏仁豆腐をすくい、口へ運ぶ。
「……美味ぇ。……染みるぜ」
その顔は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。 右腕の震えはもうない。 そこにあるのは、店を守る最強の盾としての、揺るぎない自信だけだった。
「また明日から忙しくなるわよ、ガルドーさん」 「おう。どんと来い。……俺の胃袋と盾がある限り、この店には指一本触れさせねぇよ」
こうして、ガルドーさんは完全復活を遂げた。 翌日から、店には「伝説の元Sランク冒険者が給仕をしている」という噂を聞きつけた客と、心を入れ替えたザングたちが常連として加わり、さらに繁盛することになるのだった。
(ガルドー編 完)




