第35話:魔王を堕落させる『魔界パフェ』。甘味は世界平和の味がする
「ぐぅ……苦しい……」
巨大なハンバーグと大盛りライスを完食した魔王グラトニーは、玉座の上で腹をさすっていた。 その表情は、征服者のそれではなく、休日の昼下がりに食べ過ぎたお父さんのようだ。
「見事だ、人間。余の腹は満ちた。もう一滴の水も入らぬ……」 「あら、情けない。魔王様の胃袋って、そんなに小さいの?」
私は呆れたように言った。
「言ったでしょ? 甘いものは『別腹』だって。……さあ、最後の仕上げよ!」
私は合図を送った。 ミシェルカが、魔力全開で厨房の室温を下げる。 ここからは、時間と温度との勝負だ。
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私が用意したのは、高さ30センチはある巨大なガラスの器(実験用のビーカーを魔法で加工したもの)。 ここに、魔界と人間界の食材を融合させた**『魔界パフェ』**を建設していく。
まずは底に、ザクザクとした食感の土台を。 魔界の木の実『ヘル・ナッツ』を砕いたクッキーと、人間界のコーンフレークを敷き詰める。 その上に、エルフの里で貰ったメープルシロップで作った『特製カスタードプリン』をドンと乗せる。
次は、アイスクリームだ。 「ミシェルカ! 氷魔法、出力最大!」 「はいですぅ! 『ブリザード・ミキサー』!」
ボウルに入れた濃厚なミルクと卵黄、砂糖を、氷魔法で急速冷凍しながら撹拌する。 あっという間に、滑らかで濃厚な『バニラアイス』が出来上がる。 これをディッシャーですくい、二段、三段と積み上げる。
ソースは、魔界特産のフルーツだ。 見た目はどす黒いが、味は巨峰のように甘い『ダーク・グレープ』。 血のように赤いが、ラズベリーのように甘酸っぱい『ブラッド・ベリー』。 これらを煮詰めた『暗黒ベリーソース』を、白いアイスの上からたっぷりとかける。 白と黒と赤。魔王にふさわしい、毒々しくも美しいコントラスト。
仕上げに、トップに巨大な『魔王の角(チョコ細工)』を飾り、金粉を散らす。
「お待たせしました。 **『魔王堕落パフェ ~暗黒ベリーとバニラの誘惑~』**です!」
◆
玉座の間に、冷気と共にパフェが運ばれてきた。 その威容に、魔王が目を丸くした。
「な、なんだこの塔は!? 食べ物か!? 宝石のオブジェではないのか!?」 「溶けないうちに食べてね」
魔王は「もう食えんと言っているのに……」とブツブツ言いながらも、その甘い香りに誘われて、長いスプーンを手に取った。 そして、頂上のバニラアイスとベリーソースをすくった。
パクッ。
「…………」
魔王の動きが止まった。 カチャン、とスプーンが皿に当たる音が響く。
「……冷たい」
魔王が夢遊病のように呟いた。
「口の中で、雪が溶けた……。冷たくて、甘くて、優しい……。さっきまでの肉の脂を、冷気が洗い流していくようだ」
次に、スプーンを深く突き刺した。 ザクッ。 底のクッキー層と、プリン、アイスを一度にすくい上げる。
バクッ。
「んんんん~っ!!!」
魔王の背中から、黒い翼がバサァッ! と広がった。 歓喜の表現だ。
「違う! 上とは食感が違うぞ! ザクザクとした歯ごたえ! プリンの滑らかさ! そしてベリーの酸味が、甘さと混ざり合って……脳が! 余の脳が痺れるぅぅ!!」
魔王の瞳から、殺気が完全に消え失せた。 代わりに宿ったのは、少年のようにキラキラした輝き。
彼は無心でスプーンを動かした。 一口食べるごとに、眉間の皺が消え、強張った肩の力が抜け、口元が緩んでいく。
甘味。 それは、生物に無条件の幸福を与える魔法。 怒りも、憎しみも、破壊衝動も、糖分と脂質の前では無力なのだ。
カラン……。 最後のソースまで舐め尽くし、スプーンが空の器に落ちた。
魔王は、玉座に深く沈み込んでいた。 その顔は、とろけるように穏やかで、まるで聖人のようだった。
「……人間よ」 「はい」
「余は……人間界を滅ぼすのをやめる」
魔王の宣言に、カイトたち勇者パーティがずっこけた。 「ええーっ!? そんなあっさり!?」
「うるさい。……こんな美味いものを作る種族を滅ぼしては、余がこれを二度と食えなくなるではないか」
魔王は私を指差した。
「ルネよ。余と契約しろ」 「え、魂?」 「違う! 『定期購入』だ! 毎週末、余の城にこの料理を届けよ! 金ならいくらでも払う! 魔界のレア素材もやろう!」
「……まあ、いいお得意様ね」 私はニッと笑った。 これで、人類の平和は守られた。ハンバーグとパフェによって。
「交渉成立ですね、魔王様。……あ、ちなみに来月は『新作・季節のフルーツタルト』を予定してますけど?」
「なっ……!? き、来月まで待てというのか!? ……くっ、楽しみにしているぞ!」
こうして。 世界を恐怖に陥れた魔王軍の侵攻は、歴史上類を見ない『グルメ不可侵条約』によって終結した。 勇者は剣を置き、魔王はスプーンを握った。
私の店『キッチン・アトリエ』には、今日も長い行列ができている。 冒険者、貴族、勇者、そして時々、角の生えたお忍びの紳士が並ぶその店からは、世界一平和で、美味しい匂いが漂っているのだった。
――異世界転生した天才料理人のスローライフ(?)、これにて一旦の幕引き。 でも、私の「食材探しの旅」は、まだまだ終わらない!




