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第34話:魔王、初めての『ハンバーグ』。肉汁の洪水を体験する

「前菜は悪くなかった。だが……」


 魔王グラトニーは、空になった皿を指で弾いた。  その瞳孔が縦に裂け、捕食者の気配が玉座の間を圧迫する。


「余が求めているのは、圧倒的な『力』だ。トマトやチーズごときでは満たされぬ、血肉の渇き……。さあ、肉を出せ。この魔界で最強の魔獣の肉を、最高に野蛮な形でな!」


 魔王の要求はシンプルだ。  「デカくて強い肉を食わせろ」。  この世界の、特に魔族の料理において、肉料理といえば「巨大な塊肉のステーキ」か「丸焼き」が常識だ。硬い肉を強靭な顎で噛み砕くことこそが、強者の証明とされているからだ。


 だが、私はチッチッ、と人差し指を振った。


「野蛮なだけじゃ、芸がないわよ魔王様。私が作るのは、**『歯がいらない肉』**よ」 「歯がいらないだと? 離乳食でも出す気か?」 「ふふん。食べてからのお楽しみ」


 ◆


 厨房に戻った私は、魔王城の保冷庫から、巨大な肉塊を引きずり出した。


 【食材名:キング・ベヘモットの肩ロース】  【肉質:鋼鉄のように硬いが、味は濃厚極まりない】


 Sランク冒険者でも歯が立たないと言われる、超硬度の筋肉を持つ魔獣だ。普通に焼いてもタイヤのような食感だろう。  だからこそ、料理人の技術(と物理)が必要なのだ。


「ガルドーさん! 出番よ!」 「おう! 任せろ!」


 私はガルドーさんに二本の包丁(ミスリル製)を渡した。  彼には、この鋼鉄の肉を『挽き肉』にしてもらう。


 ダダダダダダダダッ!!!  ガルドーさんの剛腕が唸る。目にも留まらぬ速さで包丁が振り下ろされ、ベヘモットの強靭な筋繊維が寸断されていく。  硬い肉も、細かく刻んでしまえば関係ない。むしろ、繊維が切れることで、中の脂と旨味が混ざり合いやすくなる。


「私は『つなぎ』の準備!」


 飴色になるまで炒めた玉ねぎ。  牛乳に浸したパン粉。  新鮮な卵。  そして、ナツメグとブラックペッパー、塩。


 これらを挽き肉と合わせ、氷水で冷やした手で一気に練り上げる。  ベチャベチャと音を立て、肉の脂が溶けないように素早く。  白っぽく粘り気が出るまで練ることで、肉汁を逃さない強固な壁を作るのだ。


「成形よ! 空気抜き!」


 パンッ! パンッ!  両手のひらに叩きつけるようにして空気を抜く。  中央を少し窪ませ、熱したフライパンへ。


 ――ジュウウウウウッ!!!


 食欲をそそる爆音が響く。  表面にこんがりと焼き色がついたらひっくり返す。  魔界の赤ワインを注ぎ、蓋をして蒸し焼きにする。


 その間に、別の鍋でソース作りだ。  肉汁が残ったフライパンに、赤ワイン、ケチャップ(トマトソース)、ウスターソース(ダンジョンの香草ソース)、そしてバターを投入。  煮詰めていくと、艶やかな漆黒の**『特製デミグラスソース』**が完成する。


「焼き上がったわ! ソースの中にドボン!」


 ふっくらと膨らんだハンバーグを、デミグラスソースの海に沈め、軽く煮込む。  肉の旨味がソースに溶け出し、ソースのコクが肉に染み込む。


「完成。 **『ベヘモットの煮込みハンバーグ』**よ!」


 ◆


 玉座の間。  魔王の目の前に、湯気を立てる鉄板皿が置かれた。  黒褐色のソースをたっぷり纏った、握り拳二つ分はある巨大な肉の塊。  そしてその隣には、純白に輝く『大盛りライス』。


「……なんだこの黒い丸い塊は。これが肉か?」  魔王は不審そうにナイフを手に取った。  そして、肉の中央に刃を立てた。


 その瞬間だった。


 ――プシュッ……ジュワアァァァァッ!!!


「なっ!?」


 魔王がのけぞった。  ナイフを入れた切れ目から、透明な肉汁が噴水のように溢れ出したのだ。  それは鉄板の上で弾け、ソースと混ざり合ってジューシーな音を奏でる。


「肉汁の……洪水だと……!?」


 魔王は慌てて、切り分けた一切れを口に放り込んだ。


 ハムッ。


「…………ッ!!!!」


 噛んでいない。  舌と上顎で挟んだだけで、肉がホロリと崩れた。  ベヘモットの強靭な筋肉が、嘘のように柔らかく解け、濃厚な旨味の爆弾となって口の中で炸裂する。


 玉ねぎの甘み。  スパイスの香り。  そして、濃厚なデミグラスソースのコク。


「なんだこの柔らかさは! 雲か!? これは肉で作った雲なのか!?」


 魔王は混乱した。  今まで「肉=戦い(噛み切るもの)」だった価値観が崩壊する。  これは「癒やし」だ。


「魔王様! そこでその『白い飯』を!」  私が叫ぶ。


 魔王は無意識に、ライスをスプーンですくい、口へ運んだ。


 パクッ。  口の中に残っていた濃厚な肉とソースの味を、白飯が優しく受け止める。  肉の脂、ソースの塩気、米の甘み。  これぞ黄金のトライアングル。


「美味い……! なんだこの組み合わせは! 肉だけ食うより、数倍美味いぞ!」


 魔王のスプーンが止まらない。  ハンバーグを切り、ソースを絡め、オン・ザ・ライス。  そしてガツガツとかき込む。


「ぬぉぉぉん! 止まらぬ! 余の右手が勝手に動く!」


 あっという間に巨大なハンバーグと大盛りライスが消滅した。  皿に残ったソースまでも、パンで綺麗に拭って食べてしまった。


「……はぁ、はぁ……」


 魔王は肩で息をしながら、恍惚とした表情で天井を見上げていた。


「……完敗だ。ベヘモットをこれほど優美な料理に変えるとは……。人間よ、貴様の勝ちだ」


「まだよ」


 私は魔王の前に立った。


「フルコースはまだ終わってないわ。前菜、メインと来たら……最後は**『別腹』**でしょ?」


 魔王がビクリと震えた。


「まだ食わせる気か!? 余の腹はもう……」 「大丈夫。甘いものは別腹って、魔界の法律でも決まってるはずよ」


 人類の存亡をかけたフルコース。  最終ラウンドは、魔王をも骨抜きにする**『禁断のひんやりスイーツ』**だ。

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