第33話:魔王からの招待状。『余を満足させなければ、人類を滅ぼす』
魔族の領域、その最奥。 空は紫色に染まり、雷鳴が轟く荒野の中心に、天を突くような黒い城が聳え立っていた。
魔王城『パンデモニウム』。
その巨大な扉の前に、私たち一行――私、ガルドー、キュイジー、ミシェルカ、そしてなぜか「俺が味見役だ!」とついてきた勇者カイトは立っていた。
「……ここが、ラスボスの城か」 カイトが剣の柄に手をかける。緊張感が走る。 だが、出迎えたのは武装した魔族兵ではなかった。
「お待ちしておりました、料理人ルネ・ヴィオラ様」 燕尾服を着た、老紳士のような魔族(執事)が深々と頭を下げた。 「我が主、魔王グラトニーがお待ちです。……どうか、あの方の『不機嫌』を鎮めてくだされ。さもなくば、今日中に人類は滅びます」
……責任重大すぎるでしょ。
◆
案内された玉座の間。 そこは、城というより巨大なダイニングホールのようだった。 部屋の端から端まで届くような長いテーブル。その一番奥の玉座に、その男はいた。
漆黒の長髪に、ねじれた二本の角。 彫刻のように整った顔立ちだが、その瞳には深い絶望と退屈が宿っている。 魔王グラトニー。 最強の魔力を持つ、魔族の王。
「……来たか、人間」
魔王が指を弾くと、重力魔法のような圧力が私たちを襲った。 ガルドーさんが膝をつく。カイトですら脂汗を流している。 だが、私は平然と立っていた。(エプロンのポケットに入れた『抗魔のハーブ』のおかげだ)
「お初にお目にかかります、魔王様。出張料理人のルネです」
魔王は私の姿を見て、ふん、と鼻を鳴らした。
「ほう、小娘か。……余は失望しているのだ。人間界には『美食』があると聞き、あえて侵略を待っていた。だが、どうだ? スパイが持ち帰る料理は、どれも泥のように不味い。貴様らが余を欺いた罪、万死に値する」
魔王の周囲で、どす黒いオーラが渦巻く。 彼は本気だ。 「不味いから滅ぼす」。理不尽極まりないが、食いしん坊としては分からなくもない怒りだ。
「そこでだ。噂の料理人よ。余に『食べる価値のあるもの』を提供せよ。もし一口でも余を唸らせれば、人類を見逃してやろう。だが……」
魔王の目が赤く光った。
「不味ければ、貴様らを殺し、その足で人間界を更地にする」
カイトが剣を抜こうとする。 私はそれを手で制し、一歩前に出た。
「いいわよ、その勝負。……ただし、コース料理で勝負させてもらうわ。まずは**『前菜』**からね」 「前菜だと? ……よかろう。余の渇いた喉を潤す、最高の『導入』を見せてみろ」
◆
魔王城の厨房は、最高級の設備が整っていた。 だが、そこに並んでいる食材は……。
血の滴る生肉、ドクロのようなキノコ、紫色の液体。 いわゆる「魔界のゲテモノ」ばかりだ。
「ふむ……なるほどね」
私は食材庫を歩き回り、ある二つの食材を選び出した。 一つは、真っ赤で血管のような筋が浮いた不気味な果実**『ブラッド・トマト』。 もう一つは、白くてドロドロしたスライムの死骸……ではなく、『ミルキー・スライムの核』**だ。
「ルネ殿、まさかそれを? そのトマトは酸味が強すぎて、魔族でも生では食べませんよ!」 キュイジーが驚く。
「だからいいのよ。魔王様は『濃い味』に飽きてる。必要なのは、脳天を突き抜けるような『鮮烈さ』よ」
調理開始。 『ブラッド・トマト』を極薄にスライスする。このトマト、見た目はグロテスクだが、鑑定スキルによれば糖度はフルーツ並みに高く、強い酸味を持っている。
次に『ミルキー・スライム』。 これを加熱し、練り上げる。水分が飛ぶと、ドロドロだったスライムが、弾力のあるモチモチとした白い塊に変わる。 そう、**『モッツァレラチーズ』**のような食感に。
これをスライスし、トマトと交互に並べる。 赤、白、赤、白。 美しいコントラスト。
ソースはシンプルに。 魔界のハーブ『デビル・バジル』をちぎって散らし、ダンジョン産の『エクストラ・バージン・オリーブオイル(のような油)』と、岩塩、そして黒胡椒を振る。 仕上げに、隠し味の『醤油ポーション』を数滴たらす。これで味が締まる。
「完成。 **『魔界トマトとスライムチーズのカプレーゼ』**よ」
◆
玉座の間。 私は、美しい紅白の皿を魔王の前に置いた。
「……なんだこれは。肉ではないのか?」 魔王は怪訝な顔をした。魔界の宴といえば、巨大な肉塊が常識だからだ。
「とりあえず食べてみて。さっぱりするわよ」
魔王は長い爪でフォークを摘まみ、トマトとスライムチーズを一緒に突き刺し、口へ運んだ。
パクッ。
咀嚼する。 グチャッという音を期待していた魔王の表情が、一瞬で凍りついた。
「…………ッ!?」
弾ける。 ブラッド・トマトの強烈な酸味と甘みが、果汁となって口いっぱいに広がる。 それを、スライムチーズの淡白でミルキーなコクが優しく受け止める。 モチモチとした食感と、シャクッとした歯ごたえ。 そこに、バジルの清涼感と、オリーブオイルの香り、醤油の旨味が駆け抜ける。
ドロドロの血や脂ばかり摂取していた魔王の舌が、その「鮮烈なサラダ」によって洗浄されていく。
「……爽やかだ」 魔王が呟いた。
「風が……吹いたようだ。鬱屈としたこの魔界に、一陣の涼風が吹き抜けたような……。それでいて、トマトの甘みが余韻として残る……」
魔王の手が止まらない。 次々と口へ運ぶ。 前菜とは、次の料理への期待を高め、食欲を増進させるもの。その役割を完璧に果たしている。
「美味い。……認めよう、人間。これは『食べる価値』がある」
魔王が皿を空にし、ナプキンで口を拭った。 その瞳から、退屈の色が消え、ギラギラとした捕食者の光が宿っていた。
「だが、これはまだ序章に過ぎぬ。余の胃袋は目覚めたばかりだ。……次はどうする? メインディッシュで余を絶頂させてくれるのだろうな?」
「もちろんよ」 私は不敵に笑った。 前菜で掴みはOK。次はいよいよ、魔王のド肝を抜くメインディッシュだ。
「次は**『スープ』でも『魚』でもない。……いきなり『肉』**で行くわよ。それも、魔王様が食べたことのない、究極の調理法でね」
人類の存亡をかけたフルコース。 第2ラウンドのゴングが鳴った。
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