第32話:エルフの土産と、魔法の宝石箱『プリン・ア・ラ・モード』
エルフの里を後にした私たちは、次の街へ向かう道中で野営をしていた。 私の目の前には、今回の旅の戦利品が並んでいる。
エルフたちが育てた、宝石のように輝く『森のフルーツ(イチゴ、メロン、ブドウの変異種)』。 そして、世界樹の樹液を煮詰めた、濃厚な『メープルシロップ』。
「ふふふ……これだけ揃えば、あれが作れるわね」
私は腕まくりをした。 前世で、デパートの食堂で食べた憧れの味。子供から大人までを虜にする、レトロにして至高のデザート。
「ミシェルカ、氷魔法でボウルを冷やして! キュイジー、卵と牛乳の準備! 今日は『お菓子作り』の総決算よ!」
◆
まずは主役の**『カスタードプリン』**だ。
新鮮なダンジョン鶏の卵黄と、濃厚なダンジョン牛のミルク。砂糖の代わりに、エルフのメープルシロップをたっぷりと加える。これで、ただ甘いだけでなく、森の香りがする奥深い味わいになる。
そして、最も重要な工程――**『カラメルソース』**作り。 小鍋に砂糖を入れ、強火にかける。 フツフツと泡立ち、色が透明から黄色、そして褐色へと変わっていく。 煙が立ち上り、焦げた匂いが鼻をかすめる、その一瞬を見極める。
「今ッ!」
熱湯を少量加える。ジュワァァッ!! 跳ねるカラメル。ギリギリまで焦がすことで生まれる、この「ほろ苦さ」こそが、甘いプリンを引き立てる名脇役なのだ。
型にカラメルを流し、プリン液を注ぎ、蒸し器(魔法で温度管理)でじっくりと火を通す。 「す(気泡)」が入らないよう、弱火で優しく。
――数十分後。
「冷えたわよー!」 ミシェルカが氷漬けにして冷やしたプリン型を持ってくる。
「さあ、ここからが『ア・ラ・モード(洗練されたもの)』たる所以よ!」
私はガラスの横長な器を用意した。 プリン型を逆さにして、慎重に、慎重に……プッチンプリンの要領で空気を入れる。
――プルルンッ。
小気味よい音と共に、黄金色のプリンが器に着地した。 頂上には、焦茶色のカラメルが艶やかに輝いている。 揺らすと、フルフルと震える魅惑の弾力。
「仕上げだ! 飾れ飾れぇ!」
プリンの周囲を、エルフのフルーツたちで埋め尽くす。 真っ赤なイチゴ、緑のメロン、紫のブドウ。まるで宝石箱をひっくり返したような色彩の暴力。
その隙間を埋めるように、氷水で冷やしながら泡立てた、角が立つほど濃厚な『ホイップクリーム』を絞り袋で美しくデコレーションしていく。 最後に、頂上に真っ赤なチェリーを乗せ、全体にメープルシロップを回しかける。
「完成。 **『究極のプリン・ア・ラ・モード』**よ!!」
夜の野営地に、そこだけスポットライトが当たったように輝く一皿が誕生した。
「す、すげぇ……食い物かよこれ、芸術品じゃねぇか……」 ガルドーさんがゴクリと喉を鳴らす。 「キラキラしてて可愛いですぅ! お姫様の食べ物みたいですぅ!」 ミシェルカが目を輝かせる。
その時。 ドドドドド……! と遠くから馬蹄の音が響き、一台の豪華な馬車が砂煙を上げて急停車した。
「この甘い匂い……まさか、ルネ殿か!?」
馬車から転がり出てきたのは、王都にいるはずのバルトロメオ公爵だった。 公爵は私の手にあるプリン・ア・ラ・モードを見た瞬間、膝から崩れ落ちた。
「な、なんという神々しさだ……! 私はこれを食べるために、王都から馬を飛ばしてきたに違いない!」 「(……鼻良すぎでしょ、この甘党公爵)」
私は呆れつつも、スプーンを渡した。
「どうぞ、公爵様。溶けないうちに召し上がれ」
公爵は震える手でスプーンを握り、まずは主役のプリンに入刀した。 スッ……と抵抗なく入るが、しっかりとした弾力を感じる。 カラメルをたっぷり絡めて、口へ運ぶ。
「…………ッ!!!!」
公爵が天を仰ぎ、硬直した。
舌に乗せた瞬間、プリンが体温でとろりとほどける。 卵とミルクの濃厚なコク、メープルの優しい甘みが口いっぱいに広がる。 だが、それが「甘すぎる」と感じる寸前で、焦がしカラメルの鮮烈な「苦み」が追いかけてきて、味をキリッと引き締めるのだ。
「甘露……いや、これは魔法だ! 甘みと苦みの輪舞曲! 完璧なバランスだ!」
公爵のスプーンが加速する。 次はホイップクリームとフルーツを一緒に。 酸味のあるイチゴが、濃厚なクリームをさっぱりとさせ、いくらでも食べられてしまう。
「うむ! うむむッ! 幸せが……口の中で爆発しておるぅぅ!」
公爵はあっという間に完食し、皿に残ったシロップまで舐めとらんばかりの勢いだった。
それを見ていたガルドーたちも我慢の限界を超え、「俺にもくれぇぇ!」「私もですぅぅ!」と殺到した。 野営地は、深夜のスイーツ・パーティー会場と化した。
「ふぅ、満足」
全員が幸せな顔で腹をさすっているのを見て、私も達成感に包まれた。 やはり、甘いものは世界を救う。
だが。 そんな甘い空気は、翌朝、一羽の使い魔が運んできた手紙によって吹き飛ぶことになる。
真っ黒な封筒に、血のような赤で押された封蝋。 その紋章は――**『魔王軍』**のものだった。
「……次は、魔王城への出張依頼?」
私のスローライフは、ついに世界の敵の本拠地へと舞台を移す。




