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第28話:逆襲のフルコース! 召喚士ゾッドの誤算

王城の地下深部。  召喚士ゾッドは、水晶玉の前で歪んだ笑みを浮かべていた。


「ククク……聞こえるぞ。勇者の絶望と怒りの咆哮が」


 城の上層部から、ドカーン! ズガァァン! という爆音が響いている。  勇者カイトたちが、ルネを奪還するために暴れ回っている音だ。


「そうだ、もっと怒れ。もっと憎め。大切な『餌場ルネ』を奪われた恨みを力に変え、魔王を殺す殺戮兵器と化すのだ!」


 ゾッドは確信していた。  『奈落の迷宮』に落ちた者は、例外なく数分で魔物の餌食となる。  今頃、あの小娘は骨すら残っていないだろう。  勇者が最下層に辿り着いた時、そこに待っているのは無惨な血痕だけ。  その絶望が、勇者の心を完全に闇に染めるはずだ。


「さあ、来るがいい! この私が『遺品』を渡してやろう!」


 ドォォォォォンッ!!!


 ゾッドの部屋の扉が、壁ごと粉砕された。


「ゾッドォォォォ!! ルネはどこだァァァッ!!」


 土煙の中から現れたのは、鬼の形相をした勇者カイト。  そして、大盾を構えたガルドー、二刀流(包丁)のキュイジー、ハンマーを持ったヴォルグ。  全員、目が血走っている。


「……フン、野蛮な。だが遅かったな」


 ゾッドは冷ややかに告げた。


「あの娘はもういない。奈落の底で、魔物たちの胃袋に収まったよ。……悔しいか? 悲しいか? その怒りを魔王に……」


「うるせぇ!!」


 カイトが叫んだ。


「あいつが死ぬわけねぇだろ! あいつはな、地獄の釜の底でも食材を探すような女だぞ! 俺のテリヤキバーガーを作るまでは、死神だろうがフライパンで殴り倒すに決まってる!」


「は……?」


 ゾッドが呆気に取られる中、カイトは床にある「奈落への落とし穴」を指差した。


「ここか!? ここに落としたんだな!?」 「ま、待て! そこは飛び降りれば生きては帰れぬ……」


「行くぞ野郎ども! ダイビングだッ!!」


 躊躇ゼロ。  カイトを先頭に、ガルドーたちも「ルネぇぇぇ!」と叫びながら、真っ暗な穴へと次々と飛び込んでいった。


「……正気か、こいつら」


 ゾッドは一人取り残された。  だが、すぐにニヤリと笑う。  「バカめ。自ら死地に飛び込むとは。……まあいい、最期を見届けてやろう」


 ゾッドは浮遊魔法を使い、ゆっくりと彼らの後を追って穴へと降りていった。  底にある「絶望」を確認するために。


 ◆


 奈落の底。地下100階層相当。


 カイトたちは、着地魔法を使いながら地面に降り立った。  周囲は闇。そして漂うのは、濃厚な魔物の気配と、腐臭……


「……くんくん」


 カイトが鼻を動かした。


「おい、待て。……匂うぞ」 「ああ、血の匂いか?」とガルドー。 「違う。……『バター』の匂いだ」


「は?」


 闇の奥。  本来なら魔物の巣窟であるはずの場所に、ポッと温かいオレンジ色の焚き火が見えた。  そして、そこから漂ってくるのは、腐臭などではなく。


 焦がしバターの芳醇な香り。  肉が焼けるジューシーな匂い。  そして、トリュフの妖艶な香り。


「……まさか」


 一行が恐る恐る近づくと、そこには信じられない光景が広がっていた。


 魔物の骨で作られたテーブルと椅子。  その中央で、ボロボロのエプロンをつけた少女――ルネが、巨大なフライパン(ミスリル製の盾を代用)を振っていた。


 彼女の足元には、凶悪なAランク魔物『ヘル・グース』たちが、大人しく整列している。  いや、恐怖で震えながら、自ら「卵」を差し出している。


「あ、いい焼き加減。……ん~っ、濃厚!」


 ルネは焼きたてのフォアグラを一口齧り、恍惚の表情を浮かべていた。


「ル、ルネ……?」


 ガルドーが声をかける。  ルネが振り返った。


「あ、ガルドーさん! それにカイトも! 遅かったわねー」


 彼女はまるで、近所の公園でピクニックをしているかのような軽さで手を振った。


「見てよこれ! ここの魔物、全身が高級食材なの! こっちが『フォアグラ鳥』で、あっちが『トリュフきのこ』、池には『キャビア魚』もいるのよ!」


 彼女は皿(平たい石)を差し出した。  そこには、王侯貴族でも滅多に食べられない『フォアグラのソテー・トリュフソース添え』が盛られている。


「ちょうどフルコースのメインが焼けたところ。……食べる?」


 カイトたちの殺気(心配)が、一瞬で霧散した。  代わりに、強烈な食欲が湧き上がる。


「……食う」 「俺も食う!」 「私もです師匠!!」


 涙の再会? 感動の抱擁?  そんなものより飯だ。  男たちはテーブルに殺到し、フォアグラを貪り食った。


「うめぇぇぇ! なんだこの濃厚な脂は! 舌の上で溶けるぞ!」 「トリュフの香りが鼻から抜けて……ここは天国か!?」


 地獄の底で繰り広げられる、優雅な晩餐会。


 そこへ、遅れて降りてきたゾッドが到着した。


「くっくっく……見たか勇者よ、無惨な死体……を……え?」


 ゾッドは空中で固まった。  自分の最強の迷宮が、レストランになっていた。  凶暴な魔物たちが、ウェイターのように給仕させられている。  そして、憎しみに染まるはずの勇者が、口の周りを脂だらけにして満面の笑みを浮かべている。


「な、な、な……」


 ゾッドの理解が追いつかない。  そこへ、ルネが気づいた。


「あ、ゾッドさんだっけ? あんたも食べる?」


 ルネは包丁を向けた。  その刃先は、脂でギラギラと光っている。


「ちょうど『デザート』の材料が足りなかったのよね。……あんたの連れてるその使い魔、美味そうなゼラチン質じゃない?」


 ゾッドの使い魔(スライム系)が、ヒィッと悲鳴を上げて逃げ出した。


「ふ、ふざけるなァァァ!! 私の計画が! 絶望が! 全て台無しだァァァ!!」


 ゾッドは杖を振りかざし、魔法を放とうとした。  だが。


「食事の邪魔をすんじゃねぇ!!」


 ドォォォォォンッ!!!


 カイトの裏拳(聖剣ではない)が、ゾッドの顔面に炸裂した。  フォアグラパワーで強化された一撃だ。  ゾッドはきりもみ回転しながら壁に激突し、白目を剥いて沈黙した。


「……たく、空気読めない客ね」


 ルネは呆れたように肩をすくめ、再びフライパンに向き合った。


「さ、デザートは『キャビアのせ塩アイス(氷魔法製)』よ! 塩気が甘みを引き立てるんだから!」


 こうして、王都を揺るがせた誘拐事件は、  被害者:なし(ゾッドを除く)  得たもの:大量の高級食材と、勇者のさらなる忠誠心  という結果で幕を閉じた。


 後日、この『奈落の迷宮』は、ルネ専用の「高級食材養殖場」として管理されることになり、ゾッドは「皿洗い係」として強制労働させられることになるのだが……それはまた別の話。


 私の店『キッチン・アトリエ』は、地上でも地下でも、最強の飯屋であり続けるのだ

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