第24話:灼熱の砂漠と、極寒の『サボテン・ステーキ』
「……暑い。無理。溶ける」
王都を出発して十日。 私たちは、ザイード王子の故郷である砂漠の国『サバク』領内を進んでいた。
見渡す限りの砂、砂、砂。 頭上からは容赦ない太陽が照りつけ、地面からの照り返しでフライパンの上にいるようだ。
「だ、ダメだ……俺はもう動けねぇ……」
最初に音を上げたのは、フルプレートの鎧を着込んだガルドーさんだった。 鎧の中で蒸し焼き状態になり、白目を剥いてラクダの上で揺れている。
「エアコン……クーラー……かき氷……」 勇者カイトも、ジャージの裾をまくり上げ、虚ろな目で現代文明の遺産を呟いている。 ミシェルカは氷魔法で自分を冷やしているが、魔力切れ寸前だ。
「申し訳ない……。我が国の気候は過酷でな」 ザイード王子だけは、涼しげな民族衣装で平気な顔をしているが、私たち「温帯育ち」には地獄だ。
その時。 陽炎の向こうに、巨大な影が見えた。
「オアシスか!?」 カイトが身を乗り出す。 だが、近づいてみると、それは水辺ではなかった。
高さ5メートルはあろうかという、巨大な緑色の柱。 全身に鋭い棘を生やし、威圧感を放つ植物の群生。
「チッ、ハズレか。あれは**『キラー・カクタス(殺人サボテン)』**だ」 ザイード王子が忌々しげに言った。 「体内に強力な酸を持ち、近づく獲物に棘を飛ばして串刺しにする危険な魔物だ。迂回しよう」
魔物。酸。 その言葉を聞いた瞬間、干からびていた私の脳細胞がスパークした。
「……待って」
私はラクダから飛び降りた。 スキル【食材鑑定】が、そのサボテンの真の姿を映し出していたからだ。
【名称:アイス・カクタス(氷結サボテン)】 【性質:灼熱の環境に耐えるため、体内に強力な冷却ジェルを蓄えている】 【味覚:爽やかな酸味と、梨のような甘み。食感はアロエに近い】
「酸じゃないわ。あれは『クエン酸』たっぷりの冷却水よ!」
私は叫んだ。
「ガルドーさん! 最後の力を振り絞って! あれを狩れば、キンキンに冷えた『水』と『飯』が食えるわよ!!」 「な、なんだと……!?」
ガルドーさんの目がカッと開いた。 食欲(と涼しさへの渇望)は、死人を蘇らせる。
「うおおおおッ! どきやがれこの雑草がァァァッ!!」
ガルドーさんが盾を構えて突進した。 サボテンが棘を飛ばすが、ガルドーさんは「暑さに比べれば蚊に刺された程度だ!」と無視して体当たり。 ドォォォン!! 巨体がへし折れ、ズシンと砂の上に倒れた。
◆
「調理開始よ!」
私は折れたサボテンの断面に駆け寄った。 緑色の分厚い皮の内側には、透明でプルプルとした果肉が詰まっている。 触れると、ヒヤリと冷たい。天然の冷蔵庫だ。
まずは棘だらけの皮を、ナイフで綺麗に剥ぎ取る。 現れたのは、巨大な透明な板状の身。 これを、厚さ2センチほどのステーキ状にカットする。
「ルネ殿、まさかそれを焼くつもりか? せっかく冷えているのに……」 ザイード王子が心配そうに見てくる。
「ふふん。見てなさい」
私は鉄板(盾の裏)を熱した。 そこへ、サボテンの切り身を投入!
――ジュウウウウウッ!!
激しい音と共に、表面が一瞬で焦げる。 香ばしい植物の香りが立つ。 だが、私はすぐにひっくり返し、裏面もサッと炙るだけで皿に取り出した。
**『レア(たたき)』**だ。 表面は熱々で香ばしく、中はキンキンに冷えたまま。 この温度差こそがご馳走なのだ。
仕上げに、醤油ポーションと、持参した『酢の実』を混ぜた『特製ポン酢』を回しかけ、カツオブシ代わりの『魚粉』を振る。
「完成! **『氷結サボテンのステーキ ~おろしポン酢風~』**よ!」
透明な身が、光を反射してキラキラと輝いている。 見た目はまるで、巨大なアロエの刺身か、最高級の白身魚のようだ。
「い、いただきますッ!」
脱水寸前のカイトがフォークを突き刺した。 サクッ。 小気味よい音と共に、一切れを口へ。
「……んッ!!!」
カイトが天を仰いだ。
アツッ、ヒヤッ。 口に入れた瞬間、焼けた表面の香ばしさと熱さが来る。 しかし、噛んだ途端、中から冷たいジュースがダム決壊のように溢れ出したのだ。
シャクシャクとした歯ごたえ。 ヌメリのある喉越し。 そして何より、青リンゴのような爽やかな酸味と甘みが、乾いた喉を潤していく。
「つ、冷めてぇぇぇ! うめぇぇぇ!」 カイトが叫ぶ。 「なんだこれ!? スポーツドリンクを食べる宝石にしたみたいだ! 体の中から熱が引いていく!」
ガルドーさんも、皿ごと抱えてかぶりついている。 「生き返る……! 鎧の中で茹で上がった脳みそが冷やされるぜ!」
ザイード王子も恐る恐る口にした。
「……信じられん。我々が『悪魔の草』と恐れていたものが、こんなに瑞々しいフルーツのような味だったとは……」 「ポン酢の酸味が合うでしょ? 砂漠の民には、このクエン酸が必要なのよ」
王子は感動に震えながら、サボテンを完食した。
「ルネ殿……貴女は天才だ。これがあれば、砂漠での行軍も怖くない。我が国の食糧問題も解決するかもしれん!」 「それは良かったわ。……さて、元気が出たら出発よ」
私はサボテンの残りをミシェルカの氷魔法で保存し、再びラクダに跨った。
「目指すは王宮! そして、伝説のスパイス料理よ!」
砂漠の旅はまだ続く。 だが、私たちのリュックには、新たな味覚と、王子の信頼という最強の武器が加わっていた。




