第22話:戦場のメシ屋! 士気爆上げの『オーク肉ぶっかけ飯』
「……最悪だ」
王都から馬車で北へ三日。 魔王軍の残党が出没するという『北の砦』に到着した私は、思わず口元を押さえた。
そこは、文字通りの地獄だった。 連日の雨で地面は泥濘り、負傷した兵士たちが泥まみれで横たわっている。 そして何より酷いのが、彼らが食べている食事だ。
カビの生えた硬いパン。 塩漬けにしすぎて岩のようになった干し肉。 それを、泥水のような薄いスープで流し込んでいる。
「これじゃあ、戦う前に死んじゃうわよ」
「おい、そこの子供! ここは遊び場ではないぞ!」
怒鳴り込んできたのは、無精髭を生やした騎士団長だった。 彼の鎧はボロボロで、目の下には濃い隈がある。
「私は国王陛下の命で来た、補給部隊の料理長ルネです。兵士たちの食事を作りに来ました」 「料理長だと? 冗談ではない! こんな戦場に、女子供とキッチンカー(馬車を改造した屋台)だと? 邪魔だ、帰れ!」
団長は殺気立っている。無理もない。彼らはずっとギリギリの状態で戦っているのだ。
「帰りません。……ねえ団長さん、あんたたちの剣が重いのは、筋力不足じゃないわ」 「なんだと?」 「『腹が減ってる』からよ」
私は団長を無視し、ガルドーさんとキュイジーに指示を出した。
「店開きよ! ここを『戦場のキッチン・アトリエ』とする! キュイジー、オーク肉の解体! スピード重視で!」 「イエス・シェフ! 戦場で料理とは、血が騒ぎますな!」 「ガルドーさん、釜に火を! 最大火力で米を炊いて!」
◆
戦場において、求められる食事の条件は三つ。 『早い』『美味い(高カロリー)』、そして『温かい』ことだ。
私は、持参した大量のオーク肉を薄切りにする。 巨大な鉄鍋に油を引き、肉を豪快に放り込む。
ジュワァァァァァッ!!!
雨の音をかき消すほどの爆音が響く。 肉の色が変わったら、そこへ大量の玉ねぎ(くし切り)を投入。 そして、戦場用に調整した『特製割り下』をドバドバと注ぎ込む。
醤油ポーション、砂糖、酒、そして疲労回復効果のある『おろしニンニク』と『生姜』をたっぷりと。
グツグツグツ……。 甘辛い香りが、湿った空気に乗って砦中に拡散していく。
「な、なんだこの匂いは……?」 「肉……? 醤油の匂いだ……」
死んだ魚のような目をしていた兵士たちが、一人、また一人と鼻を動かし、のっそりと起き上がり始めた。 匂いは人間の本能を直接揺さぶる。
「炊けたわよ!」
ガルドーさんが大釜の蓋を開ける。 真っ白な湯気と共に、銀シャリの甘い香りが広がる。
私は丼(木の器)に、熱々のご飯を山盛りに盛る。 その上に、甘辛く煮込まれたオーク肉と、煮汁を吸って飴色になった玉ねぎを、お玉でたっぷりとぶっかける! 仕上げに、温泉卵(魔法で温度管理済み)をポンと乗せ、紅ショウガ代わりの『赤いピクルス』を添える。
「さあ並んで! **『戦場特製・オーク肉スタミナぶっかけ飯(牛丼風)』**よ!」
私が叫ぶと同時に、兵士たちが雪崩を打って押し寄せた。
「く、くれ! 俺にくれぇぇ!」 「金ならある! 給料全部やるから食わせてくれ!」
私は次々と丼を手渡していく。 泥だらけの手で丼を受け取った若い兵士が、震えながら口にかき込む。
ハフッ、ハフッ……!
「……ぅ、うぅ……ッ!」
兵士が泣き崩れた。 口いっぱいに広がる、熱々の肉の旨味。 甘辛いタレが染み込んだご飯の優しさ。 そして何より、胃袋から全身に広がる「温かさ」。
「温かい……飯だ……。母ちゃんが作ってくれたみたいな……」 「うめぇ……生き返る……力が湧いてくるぞぉぉ!!」
砦のあちこちで、男泣きしながら丼をかき込む音が響く。 彼らの顔に、急速に生気が戻っていく。
その光景を見ていた騎士団長が、呆然と立ち尽くしていた。 私は彼にも丼を押し付けた。
「食いなさい。指揮官が倒れたら誰が号令を出すの?」
団長は無言で丼を受け取り、一口食べた。 そして、二口、三口と加速し、あっという間に平らげた。
「……美味かった。礼を言う」
団長が顔を上げた時、その目には鋭い光が宿っていた。 彼は剣を抜き、咆哮した。
「野郎ども!! 腹は満ちたかァ!!」 「「「オオォォォォォッ!!!」」」
地響きのような返事が返ってきた。 さっきまでの瀕死の集団が嘘のようだ。醤油とニンニクの力で、バーサーカー集団へと変貌している。
「敵襲ーーッ! 魔物の群れが接近中!」 見張りの声が響く。
「好都合だ! 食後の運動といこうぜ!!」 「あの飯の恩は、魔物の首で返すんだ!」
兵士たちが砦を飛び出していく。 その先頭には、いつの間にか同行していた勇者カイトの姿もあった。
「姉さんの飯を食った俺に死角はねぇ! デザート代わりに蹴散らしてやるよ!」 「俺も行くぜ! 腹ごなしだ!」 ガルドーさんも大盾を持って突撃していった。
◆
結果は、一方的な蹂躙だった。 士気が満タンになった兵士たちは、魔物の群れを瞬殺。 あっという間に砦の安全は確保された。
「勝利だァァァッ!!」
歓喜の声が上がる中、私は厨房で次の仕込みを始めていた。 戦闘の後は、もっと腹が減るはずだ。次は『豚汁』と『おにぎり』を用意しておこう。
戻ってきた騎士団長が、私の前に膝をついた。
「ルネ殿……いや、勝利の女神よ。貴女の料理が我々を救ってくれた。……おかわりはあるか?」 「あるわよ。特盛でいい?」
こうして、私の作る「戦場メシ」は、王国の騎士団の間で伝説となった。 『ルネの飯がある戦場では、負ける気がしない』 そんな噂と共に、私の名は他国にまで轟くことになるのだった。




