第21話:王都からの招集命令! 『勇者の飯炊き係』に任命!?
『キッチン・アトリエ』に届いた王家からの親書。 それは、私のスローライフ(という名の激務)を根底から覆す内容だった。
『至急、王城へ出頭されたし。拒否すれば国が滅ぶ』
脅しかよ。 私はしぶしぶ店を休業し、ガルドーさん、ミシェルカ、そして「師匠の鞄持ちをします!」と張り切るキュイジーを引き連れ、王都へと馬車を飛ばした。
◆
王都、王城『クリスタル・パレス』。 謁見の間には、頭を抱える国王と、やつれた顔の大臣たちが並んでいた。
「よくぞ参った、ルネ・ヴィオラよ……」 「はあ。それで、国が滅ぶってどういうことですか? 魔王軍が攻めてきたとか?」
私が単刀直入に聞くと、国王は力なく首を横に振った。
「いや、魔王軍ではない。……**『勇者』**じゃ」 「勇者?」 「一ヶ月前、異世界より『勇者召喚の儀』を行い、一人の少年を喚び出したのだが……彼が、飯を食わんのじゃ」
国王の案内で私たちが向かったのは、城の離れにある豪華な客室だった。 扉の前には、手つかずの料理が載ったワゴンが下げられている。 中から、少年の不機嫌な声が聞こえてくる。
「いらねぇよ! こんな味のしねぇパンとか、煮込み過ぎたスープとか! 俺は『ジャンク』なもんが食いてぇんだよぉぉ!!」
ガチャリ。 扉を開けると、そこにはベッドに寝転がり、スマホ(圏外)を虚ろな目でいじっている黒髪の少年がいた。 ジャージ姿。目の下には隈。 勇者カイト(17歳)。現代日本から来た高校生だ。
「……あ? なんだお前ら。また新しいコックか?」
カイトは私を一瞥し、鼻で笑った。
「子供に何ができんだよ。言っとくけどな、俺が食いたいのは、この世界の高級フレンチ(笑)じゃねぇんだよ。……**『てりやきバーガー』だ。あと『ポテト』と『コーラ』**だ。それが用意できなきゃ、俺は魔王退治なんて絶対に行かねぇからな」
なるほど。 異世界転移あるある、「食文化の違いによるホームシック」か。 この世界のパンは硬いし、味付けは塩メインでシンプルすぎる。 現代っ子の舌には、化学調味料と脂と糖質が足りていないのだ。
「カイト様! 無茶を仰らないでください! その『ハンバーガー』なる料理は、当王国の料理長でも再現不能で……」 侍従がオロオロとなだめるが、カイトは聞く耳を持たない。
私はため息をつき、カイトの前に歩み出た。
「ねえ、あんた」 「あ?」 「てりやきバーガーごときで国を滅ぼそうとしないでよ。……作ってあげるから」
カイトがガバッと起き上がった。
「は? 作れるわけねぇだろ! こっちのパンは石みたいに硬いし、醤油もマヨネーズもねぇんだぞ!?」 「あるわよ。私の店にはね」
私はニヤリと笑った。
「30分待ちかせるけど、いい?」
◆
私は王城の厨房を占拠した。 キュイジーとミシェルカに指示を飛ばす。
「ミシェルカ! 『風魔法』と『氷魔法』で、この黒い木の実(炭酸の実)のエキスを強炭酸にして冷やしなさい! 砂糖を限界まで溶かして!」 「は、はいぃぃ!?」
「キュイジー! ジャガイモの皮むき! 太めのシューストリングカットよ! 揚げ油は牛脂を使いなさい! 香りが違うわ!」 「イエス・シェフ!!」
私はメインの『バーガー』に取り掛かる。
バンズは、持参した自作の『ふわふわ白パン』。 パティは、オーク肉(豚)とバイソン肉(牛)の合挽き。つなぎは少なめ、肉肉しさを残す。
そして、命となる**『テリヤキソース』**。 私の相棒『醤油ポーション』に、大量の砂糖、みりん代わりの果実酒、そして隠し味に『生姜』と『マヨネーズ(ポム)』を少し加える。 鍋で煮詰めると、とろりとした飴色のソースができあがる。 甘辛く、濃厚で、日本人のDNAを直撃するあの香りだ。
パティを焼く。ジュウウウッ! 焼き上がったパティを、熱々のテリヤキソースにドボンと潜らせる。 ソースを纏って輝く肉。
バンズの下にマヨネーズを塗り、シャキシャキのレタス(代わりの葉野菜)、そしてソースたっぷりのパティをオン。 さらに追いマヨネーズ。
「完成。 **『異世界特製・ギルティ(有罪)てりやきバーガーセット』**よ!」
◆
勇者の部屋に、暴力的な匂いが侵入した。 揚げたてのポテトの油の匂い。 甘辛い醤油と、焦げた肉の香り。
「お、おい……嘘だろ……?」
カイトが震える手でワゴンを見つめる。 そこには、茶色の紙に包まれたバーガーと、山盛りのポテト、そして黒く泡立つ炭酸飲料があった。
「食えば?」
カイトはひったくるようにバーガーを掴んだ。 バンズが指の跡がつくほど柔らかい。 大口を開けて、かぶりつく。
――ガブリ。
ブシャアッ! 溢れ出る肉汁とテリヤキソース。 口の周りを茶色く汚しながら、カイトの動きが止まった。
「……ッ!!!」
甘い。辛い。脂っこい。 マヨネーズの酸味が、濃すぎるタレと絡み合って、脳髄を痺れさせる快楽物質に変わる。 バンズは雲のように軽く、パティは肉の塊だ。
「う……うめぇぇぇぇッ!!!」
カイトが絶叫した。 目から涙が噴き出す。
「これだよ! 俺が求めてたのはこの味だよ! この、体に悪そうな味が食いたかったんだよぉぉ!!」
彼はポテトを鷲掴みにし、口へ放り込む。 カリッ、ホクッ。 強めに振られた塩が舌を刺激する。 すかさず、黒い炭酸水を流し込む。
シュワワワッ! 喉を突き刺す炭酸と、過剰な糖分。
「ぷはぁっ! ……生きてる! 俺は今、生きてるぞぉぉ!!」
あっという間に完食。 カイトは私の前に土下座する勢いで頭を下げた。
「あんた……いや、姉さん! 一生ついていきます! 俺の専属シェフになってくれ!」
私はやれやれと肩をすくめた。 後ろで国王と大臣たちが「おお、勇者が復活した!」「これで世界は救われる!」と抱き合って泣いている。
「専属は無理よ。私には店があるし」 「じゃあ、俺が店に行く! 魔王討伐? 知るか! 毎日このバーガーが食えるなら、俺はこの国に骨を埋める!!」
「……あーあ」 ガルドーさんが呟いた。 「また一人、ルネの料理の奴隷が増えちまったな」
こうして、私は王都に来て早々、勇者の胃袋を掌握してしまった。 だが、これは始まりに過ぎない。 勇者が元気になったことで、国王からとんでもない依頼――**『魔王城への出張ケータリング(遠征)』**を命じられることになるのを、私はまだ知らなかった。




