第20話:開催! 激闘・大食い大会 ~謎の美青年は底なしの胃袋を持つ~
『キッチン・アトリエ』が開店してから数ヶ月。 私の店は、街一番のホットスポットとなっていた。 そして今日、街の広場には特設ステージが組まれ、異様な熱気に包まれていた。
「さあさあ、集まった食いしん坊ども! 今日こそ決着をつけようじゃねぇか!」
司会進行役の商人ギルドの男が叫ぶ。 開催されるのは――**『第一回・キッチン・アトリエ杯 争奪! 大食い選手権』**だ。
優勝賞品は、「ルネの店・一ヶ月無料パスポート」。 この権利を巡って、街中の猛者たちが目の色を変えてエントリーしていた。
「選手入場! まずは優勝候補筆頭! 鉄の胃袋を持つ男、ギルドマスター・ヴォルグ!!」
「うぉぉぉッ!」という歓声と共に、ヴォルグが腕を突き上げて登場する。 「今日の俺は朝から水しか飲んでねぇ! 店の在庫を食い尽くしてやる!」
「続いて、キッチン・アトリエの守護神! 賄いで鍛えた胃袋は伊達じゃない、ガルドー!!」
「へっ、悪いがパスポートは俺が頂くぜ。ルネの飯は俺のガソリンなんでな」
屈強な冒険者たちが次々と壇上に上がる中、一人の男が静かに現れた。 長身痩躯。透き通るような金色の髪に、縦に割れた瞳孔を持つ金色の瞳。 浮世離れした美貌を持つ、謎の青年だ。
「……誰だありゃ? 優男に務まるのか?」 「おい兄ちゃん、悪いことは言わねぇ、帰ってママのおっぱいでも飲んでな!」
観客からの野次が飛ぶ。だが、青年は気にする素振りもなく、ただ鼻をヒクヒクさせていた。
「……いい匂いだ。焦がした醤油と、獣の脂の匂い。我慢できん」
ステージ裏で調理を担当する私は、その男を見て背筋がゾクリとした。 (……何あいつ。鑑定スキルが弾かれる? ただの人間じゃないわね)
だが、客は客だ。 私は巨大な中華鍋を振るった。
「第一回戦、スタートよ! メニューは**『山盛りオーク唐揚げ』**!!」
ゴングが鳴った。
◆
参加者の前に、キロ単位の唐揚げが積まれた皿が置かれる。
ガツガツガツッ!! ヴォルグとガルドーは、野獣のように唐揚げを口へ放り込む。 「熱ッ! でも美味ぇ!」「ニンニクが効いてて止まらねぇ!」
一方、謎の美青年は。
ヒョイ、パクッ。ヒョイ、パクッ。 優雅だった。 まるで小菓子でも摘むかのように、揚げたての熱々唐揚げを涼しい顔で口へ運んでいく。 咀嚼音すらしない。喉が動いたかと思うと、唐揚げが消えているのだ。
「な、なんだあいつ!? 速ぇぞ!?」 「骨まで食ってやがる!」
気づけば、青年の皿は空になっていた。
「おかわり。……足りないな。もっと持ってこい」
私は目を丸くしながらも、追加の唐揚げを揚げ続けた。 こいつ、やるわね。
◆
第二回戦。『特盛・激辛マヨカレー』。 ダンジョンのスパイスとマヨネーズを融合させた、濃厚かつスパイシーな一品。
ここで脱落者が相次いだ。 「からぁぁい! 水ぅ!」「腹が……もう入らねぇ……」
ヴォルグも滝のような汗を流している。 「くそっ、辛さが胃を刺激しやがる……だがスプーンが止まらん!」
しかし、美青年は平然としていた。 「ふむ。この刺激、悪くない。喉の奥がカッと熱くなる感覚……久しぶりだ」 彼はカレーを飲み物のように流し込み、完食。
そして迎えた決勝戦。 残ったのは、ヴォルグ、ガルドー、そして謎の青年の三人だけ。
「ファイナルラウンド! メニューはこれよ!」
ドンッ!! テーブルに置かれたのは、洗面器のような巨大なすり鉢に入ったラーメン。 **『超特大・全部乗せマシマシラーメン』**だ。
チャーシュー10枚、煮卵5個、野菜タワー、そして極太麺が3キロ。 総重量5キロを超える化け物だ。
「うっ……見るだけで胃もたれが……」 さすがのヴォルグも顔色が青い。ガルドーさんも「これはキツイぜ……」と苦笑い。
だが、青年だけは、恍惚の表情を浮かべていた。
「素晴らしい……。この黄金色のスープ、輝く脂……。これこそが、私が求めていた『供物』だ」
「いただきまーす!!」
青年は箸を持たず、なんと丼(すり鉢)を両手で持ち上げた。 そして、直に口をつけた。
ズゴォォォォォォォォッ!!!
会場が静まり返った。 まるで滝が逆流するかのような、凄まじい吸引音。 麺が、具材が、スープが、一塊となって青年の口の中へ吸い込まれていく。
「バ、バカな!? 噛んでないぞ!?」 「ダイソンかあいつは!?」
ほんの数分。 青年はすり鉢をテーブルに「カォン」と置いた。 中身は、一滴の汁も残さず消滅していた。
「……ふぅ。ごちそうさま。美味かった」
彼は優雅にナプキンで口を拭った。 ヴォルグとガルドーは、まだ麺の半分も食べていない。勝負ありだ。
「勝者! 謎の美青年、ギル!!」
割れんばかりの歓声の中、私は彼――ギルに優勝パスポートを渡した。
「あんた、一体何者? 人間の胃袋じゃないわよね」
私が小声で尋ねると、ギルはニヤリと笑った。その瞬間、彼の瞳孔が縦に裂け、人のものではない威圧感が漏れ出した。
「ふふ。今はただの『通りすがりの腹ペコ』だよ。……美味かったぞ、小さき料理人よ。我が長い生の中で、これほど心が満たされたのは初めてだ」
彼は私の頭をポンポンと撫でると、風のように去っていった。 残されたのは、呆然とする観衆と、食材が空っぽになった厨房。
「……あいつ、絶対に『ダンジョンの主』か何かよね」
私の勘は当たっていた。 彼こそが、この地域のダンジョンを統べる古龍**『ギル・ガ・メス』**。 数百年ぶりに目覚めた最強のドラゴンが、ただの「ラーメン好きの常連客」として私の店に通うようになるのは、もう少し先の話だ。
「ま、お金さえ払ってくれれば、神様でもドラゴンでもお客様よ!」
こうして、伝説の大食い大会は幕を閉じた。 そして数日後。 店に届いた一通の手紙が、私のスローライフを終わらせることになる。 差出人は――『アークライド王国・国王』。
「……嫌な予感しかしない」




