第19話:豚と魚の『ダブルスープ』! 異世界に響くズルズル音
地下湖での海鮮祭りを経て、私の手元には最高の食材が揃っていた。 オークの骨(豚骨)、地下湖の巨大魚のアラ(魚介)、そして昆布代わりの海草。 これらが揃って、作らない理由がない。
そう、ラーメンだ。
『キッチン・アトリエ』の定休日。 私はガルドーさん、キュイジー、ミシェルカを招集し、厨房に籠っていた。
「いい? ラーメンの命は『スープ』と『麺』、そして『タレ』のバランスよ」
寸胴鍋が二つ並んでいる。 一つは、オークのゲンコツ(大腿骨)を砕き、強火で長時間煮込んだ**『白湯スープ』。白く濁り、コラーゲンが溶け出してトロトロだ。 もう一つは、地下湖で獲れたエンペラー・ツナの頭と中骨、そして干した貝柱を弱火でじっくり煮出した『魚介スープ』**。透き通った黄金色で、繊細な香り。
「これを……合わせる!」
私は二つのスープを、絶妙な配合(動物6:魚介4)で丼に注いだ。 動物系のコクとパンチ、魚介系の香りと旨味。 互いが喧嘩することなく、手を取り合う『ダブルスープ』の完成だ。
「ここに合わせるのが、特製の『返し(タレ)』よ」
小鍋で煮詰めたのは、例の『醤油ポーション』。 そこに、チャーシューの煮汁、少しの砂糖、ニンニク、生姜を加えた秘伝の醤油ダレだ。 これを丼にレードル一杯分注ぐ。
――フワァッ。 スープとタレが混ざった瞬間、爆発的な「日本の香り」が立ち昇った。
「くぅぅ……! この匂いだけで白飯が食えるぜ……」 ガルドーさんが喉を鳴らす。
「麺いくわよ!」
大鍋で泳ぐのは、私が開発した特製麺。 この世界には「かん水」がない。だが、ダンジョンの鉱脈から採れるアルカリ性の湧き水を使うことで、小麦粉に独特のコシと黄色い色味、そしてツルツルとした喉越しを与えることに成功した。 手打ちの、中太ちぢれ麺だ。
平ザルで湯切りをする。 チャッ、チャッ、チャッ! リズミカルな音と共に、空中に湯のアーチがかかる。
丼へ投入。 箸で麺線を整える。
トッピングは豪華絢爛。 ・箸で切れるほどトロトロの『オーク・バラ肉のチャーシュー』 ・醤油ダレに三日漬け込んだ『半熟煮卵』 ・地下湖の『乾燥海苔』 ・シャキシャキの『メンマ(筍の乾燥発酵)』 ・そして彩りの『刻みネギ』
「完成。 **『特製・Wスープ醤油ラーメン』**よ!」
ドンッ! 四人の前に置かれたのは、琥珀色のスープに脂がキラキラと浮き、具材が所狭しと乗った一杯。
「……食べ方が分からないのですが」 キュイジーが困惑している。 「フォークで巻くのですか? それともスープのようにスプーンで?」
「違うわ。こうやるの」
私は手本を見せた。 箸で麺をガバッと持ち上げる。 スープが絡んだちぢれ麺が、湯気と共に現れる。 口を近づけ、一気に吸い込む!
――ズズズッ! ズズズズーッ!!
店内に響く、品のない、しかし最高に美味そうな音。
「……ッ!!」
口に入れた瞬間、小麦の香りとスープの旨味が暴れ回る。 豚のコクがガツンと来た直後、魚介の優しさが包み込み、醤油のキレが全体を引き締める。 そして喉越し。 ツルツルとした麺が喉を刺激し、胃袋へと落ちていく快感。
「はぁ……美味い……」
私は恍惚の溜息をついた。これだ。この背徳感こそがラーメンだ。
「お、音を立てていいのか!? ならば遠慮なく!」
ガルドーさんが真似をして、豪快にすする。
ズオォォォッ!!
「ぐほぉぉっ! 熱っ! でも美味ぇぇ!!」 ガルドーさんが目を剥いた。 「なんだこのスープは!? 濃厚なのに後味がスッキリしてやがる! 麺がスープを吸い上げて、噛むたびにモチモチしやがる!」
キュイジーもおずおずとすする。 ズズッ。
「……革命だ」 彼は震えた。 「スープ(液体)と麺(固体)が、口の中で一つの料理になる……! チャーシューの脂がスープに溶け出して、味が刻一刻と変化していく……! これは『食べるスープ』だ!」
ミシェルカは煮卵を割って叫んだ。 「黄身がトロトロですぅ! スープに浸すと最高ですぅ!」
全員が無言になった。 聞こえるのは「ズズッ」「ハフッ」「ゴクッ」という音だけ。 麺を食べ終え、残ったスープに白飯を投入する「追い飯」まで堪能し、全員が丼の底を見た。
「……ルネ殿」 キュイジーが真剣な顔で言った。
「これを店で出しましょう。特に夜。酒を飲んだ後の客にこれを出せば、間違いなく彼らは理性を失います」 「分かってるわよ。……『締めの一杯』は、悪魔の誘惑だもの」
翌日から、『キッチン・アトリエ』の夜営業に行列ができ、 「飲んだ後はルネの店でズズッといこうぜ」 というのが、街の飲兵衛たちの合言葉になったのだった。




