第16話:海のない街に潮騒が? 漁師ギルドの哀しきSOS
「……はぁ」
『キッチン・アトリエ』のアイドルタイム(休憩時間)。 私はカウンターに突っ伏して、深いため息をついていた。
目の前には、賄い用の昼食が並んでいる。 黄金チャーハン、オーク肉のスープ、サラダ。どれも絶品だ。 だが、私の心は乾いていた。
「ルネ殿? どうされました? どこか具合でも?」
皿洗いを手伝っていたキュイジー(三ツ星シェフ)が心配そうに覗き込んでくる。 私は力なく顔を上げた。
「……魚が、食べたいの」 「魚? 川魚のムニエルなら、昨日お出ししましたが」 「違うの! そういう『火を通した魚』じゃなくて……こう、もっと生の! 脂の乗った! 醤油とワサビで食べる刺身が食べたいのよぉぉ!!」
私はバンバンとカウンターを叩いた。 この街は内陸にある。魚といえば、泥臭い川魚か、塩漬けにされてカチカチになった干物しかない。 前世で毎朝、豊洲市場でピチピチの魚を見ていた私にとって、この「海鮮不足」は死活問題だった。 脂の乗ったマグロ、透き通ったイカ、甘いホタテ……想像しただけで禁断症状で手が震える。
カランカラン。 その時、ドアベルが鳴った。
「いらっしゃい……って、準備中よ?」
入ってきたのは、初老の男だった。 潮風……ではないが、水草と泥の匂いを纏っている。肌は日焼けし、手は節くれ立っている。 この街の『漁師ギルド(川漁専門)』の長、ザバだ。
「すまねぇ嬢ちゃん。飯を食いに来たんじゃねぇんだ。……ガルドーはいるか?」 「俺ならここだ。どうしたザバ、えらく深刻な顔だな」
奥から出てきたガルドーさんが、ザバの様子を見て眉をひそめた。 ザバはドカリと椅子に座り、重い口を開いた。
「……お手上げだ。俺たちの漁場が、終わっちまうかもしれねぇ」 「何があった?」 「街の外れにある古井戸だよ。あそこが崩れて、地下に巨大な空洞が見つかったんだが……そこが、とんでもねぇ『地下湖』に繋がってやがった」
地下湖。 ファンタジー世界にはよくある、地下水脈が溜まった巨大な地底湖だ。
「水が増えるなら、漁場が増えていいんじゃねぇのか?」 「それがよぉ……そこに住み着いてる魔物がヤバすぎるんだ。俺たちの網なんか一瞬で食いちぎられる。しかも……」
ザバは身震いした。
「見たこともねぇバケモノばかりだ。槍のように尖った口を持つ巨大魚に、足を十本も生やした軟体の悪魔……。あいつらが川に遡上してきたら、俺たちの小船なんてひとたまりもねぇ」
ガルドーさんとキュイジーが顔を見合わせる。 「槍のような口の魚(カジキか?)」と「十本足の悪魔(イカか?)」。確かに危険なモンスターだ。
だが。 私の反応は違った。
ガタッ!! 勢いよく椅子を蹴って立ち上がる。
「おじさん! その『十本足の悪魔』って、スミを吐く!?」 「ひぃッ!? あ、ああ……真っ黒で臭い液体を吐きやがる。あれを浴びると、数日は生臭さが取れねぇ……」 「その『槍の魚』の背中は、青黒くて、お腹は銀色に光ってる!?」 「な、なんで知ってんだ? まさにその通りだ」
ビンゴだ。 私の《神の舌》と《料理人の勘》が告げている。 それは魔物じゃない。 **『特大のアオリイカ』と『クロマグロ(あるいはカジキ)』**だ!!
地下湖は、おそらく海と繋がっているか、海水に近い塩分濃度を含んでいる塩湖なのだ。 つまり、そこは危険地帯ではなく……。
「**『天然の生簀』**じゃない……!!」
私の目からハイライトが消え、代わりに欲望の炎が宿った。
「ザバさん。その依頼、ウチが引き受けるわ」 「は? 嬢ちゃん、あそこは危険だぞ! Sランクのガルドーがいなきゃ……」 「ガルドーさんは連れて行くわ。キュイジー、あんたも来なさい」
私はエプロンを脱ぎ捨て、厨房の奥から「あるもの」を取り出した。 前世の知識と、ドワーフの鍛冶師ドラゴに頼んで作ってもらった、特注の武器。
――鋭利な刃を持つ『出刃包丁』と、細長い『柳刃包丁』。 そして、魔物の甲羅も砕く『解体用ハンマー』だ。
「え、ルネ殿? その殺る気満々の装備は……?」 「海鮮丼よ」
私は虚空を見つめて呟いた。
「あつあつの酢飯の上に、冷たい刺身を乗せるの。醤油を弾くほどの脂……コリコリとした食感……。それを、やるのよ」
私の気迫に、歴戦の冒険者であるガルドーさんですら、一歩後ずさった。
「お、おいルネ。目が怖いぞ。魔王を討伐しに行く勇者より殺気がある」 「当たり前でしょ! 鮮度は時間との勝負なのよ! 締め方を間違えたら味が落ちるの!」
私はザバに向き直った。
「案内しなさい。その『悪魔』たちを、片っ端から三枚におろして、この街の特産品に変えてあげるわ!」
こうして、『キッチン・アトリエ海鮮部隊』が結成された。 メンバーは、 ・狂気の料理人(私) ・盾役兼荷物持ち(ガルドー) ・魔法使い兼冷凍庫係 ・見習い兼・毒味役
目指すは地下湖。 待っていろ、私の寿司ネタたちよ!




