第14話:審査員は公爵!? トロける『火竜のシチュー』の衝撃
「――そこまで! 調理終了だ!」
ガルドーさんの野太い声が、熱気のこもった店内に響き渡った。 審査席に座るのは、美食家のバルトロメオ公爵、胃袋代表のギルマス・ヴォルグ、そして偶然居合わせた教会のアリア・ミスト(聖女)だ。彼女は「回復魔法の使いすぎでお腹が空いた」と来店したところを捕まった。
「では、先行。キュイジー・ロブション」
キュイジーが自信満々に銀のクロッシュ(蓋)を開けた。
「我が最高傑作をご賞味ください。『火竜のロティ ~王家の赤ワインソースを添えて~』です」
そこには、芸術品があった。 美しいロゼ色(ピンク色)に焼き上げられた肉の断面。 皿の余白には、煮詰められたソースが絵画のように描かれ、添えられた香草が彩りを添えている。
公爵がナイフを入れる。 スッ……。 抵抗なく切れる。完璧な火入れだ。
「……美味い」 公爵が静かに唸った。
「火竜特有の臭みは完全に消えている。噛むほどに、肉の中に仕込まれた背脂が溶け出し、赤身の旨味と絡み合う。ソースの酸味も上品で、肉の重さを感じさせない」 「うむ! 酒のつまみにも最高だ!」 「とってもお上品な味です……! 神聖な気持ちになります!」
審査員たちは絶賛。キュイジーは勝ったと言わんばかりに私を見下ろした。 確かに凄い。技術点なら満点だろう。 でも――。
「上品すぎるのよね、ご飯のおかずにするには」
私は、石窯から取り出したばかりの、煤けた鉄鍋をドンッ! とテーブルに置いた。 おしゃれな盛り付けなどしない。鍋ごと提供だ。
「後攻、ルネ・ヴィオラ。『火竜の特製煮込み(シチュー)』よ」
私はナイフを取り出し、鍋の縁を密封していた「小麦粉のパテ」をガリガリと削り取った。 封印を解くように。
「さあ、深呼吸して」
――パカッ。
重い鉄の蓋を持ち上げた瞬間。 ボフッ!! と白い蒸気の塊が爆発した。
「ぬぉっ!?」
審査員たちが仰け反る。 だが、その蒸気に含まれる「香り」を嗅いだ瞬間、彼らの表情が一変した。
濃厚。あまりにも濃厚な、肉と野菜の旨味が凝縮された香り。 焦げた醤油と味噌の香ばしさが、赤ワインの芳醇さと混ざり合い、暴力的な食欲を刺激する。
鍋の中では、黒に近い褐色(デミグラス色)のソースが、ボコッ、ボコッ、と重たい音を立てて煮立っていた。 その中心には、巨大な肉塊が鎮座している。
「とりわけるから待ってて」
私はお玉ですくおうとした。 しかし――
グズッ。
お玉が当たっただけで、巨大な肉塊がホロホロと崩れたのだ。
「な……!?」
キュイジーが目を見開いた。 私は崩れないように慎重にすくい、皿に盛り付けた。 繊維の一本一本までソースが染み込み、ゼラチン質がテラテラと輝く肉。 添えるのは、煮込みの出汁を吸いまくった人参と、マッシュポテト。
「召し上がれ」
公爵は、ナイフを持とうとして、止めた。 そしてスプーンだけを手に取る。 スプーンの縁を、肉に押し当てる。
――ヌッ。
豆腐か? と思うほど滑らかに、スプーンが肉に沈んでいく。 そのまま一口分をすくい、口へ。
「…………ッ!!!!」
公爵の肩が、ビクリと跳ねた。
噛む必要はない。 舌と上顎で押し潰すだけで、肉の繊維が解け、中から熱々の肉汁とソースが溢れ出す。 酵素で分解されたコラーゲンは、ねっとりとした旨味の爆弾となり、口の中すべてを支配する。
味噌と醤油のコク。 赤ワインの深み。 そして火竜の力強い脂の甘み。 それらが渾然一体となり、脳髄を直撃する。
「……あ、あぁ……」
公爵から、恍惚のため息が漏れた。 ヴォルグに至っては、白目を剥きかけている。
「なんだこれは……肉か? これは本当に、あの硬い火竜なのか!?」 「飲める……! 肉が飲めるぞぉぉ!!」
アリアも「神様、ごめんなさい……こんな贅沢な……」と言いながらスプーンが止まらない。
「バカな……! 煮込み料理など、肉の味を出し殻にするだけの調理法だぞ!?」
キュイジーが叫び、私の残った鍋に駆け寄った。 そして、自分ですくって食べた。
パクッ。
「……!」
キュイジーの膝から力が抜けた。 ガクッ、とその場に崩れ落ちる。
「……負けた」
彼は天井を見上げた。
「私のローストは、肉の表面を飾るだけの料理だった……。だがこれは、肉の魂を、芯の芯まで引き出している……。悔しいが、理屈抜きに……美味い」
完敗だった。 綺麗に飾られた皿よりも、鍋の底に残ったソースをパンで拭って食べたくなる。 それが、ルネの料理の強さだった。
「勝者、ルネ・ヴィオラ!!」
ガルドーさんの宣言と共に、店内は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
「さて、約束通り」 私はキュイジーの前に立った。
「あんたの店の『星』、もらうわよ」 「……ああ。好きにするがいい。私は料理人失格だ……」
項垂れるキュイジー。 私は彼のエプロンに手を伸ばし――。
胸に刺繍された三つの星のうち、一番端の一個だけをブチッと引きちぎった。
「はい、これ」 「……は?」
「星一個だけもらっとくわ。全部取ったらあんたの店が潰れちゃうでしょ? そしたら、あんたの美味しいローストが食べられなくなるじゃない」
私はちぎった星の刺繍を、自分のエプロンの端に安全ピンで留めた。
「あんたのロースト、焼き加減は最高だったわよ。今度、火入れのコツ教えてよね。その代わり、圧力鍋の使い方教えてあげるから」
「……っ」
キュイジーの目から、ポロリと涙が落ちた。 彼は立ち上がり、深く頭を下げた。
「……完敗だ。これからは師匠と呼ばせてくれ、ルネ殿!」 「師匠はやめて。重いから」
こうして、王都の三ツ星シェフ・キュイジーは、私の『非公認・一番弟子』となり、ことあるごとに店に食材(貢物)を持ってくるようになったのだった。
私のエプロンには、一つ星が輝いている。 ……まあ、醤油のシミみたいに見えなくもないけれど。




