第13話:決戦! 伝統のロースト VS 禁断の『圧力鍋シチュー』
『キッチン・アトリエ』の厨房は、かつてない緊張感に包まれていた。 中央の作業台を境に、右側はキュイジー率いる王都のシェフ軍団、左側は私と幽霊(包丁)だけのルネ・チーム。
目の前には、岩のようにゴツゴツとした赤黒い肉塊――**『火竜の肉』**が鎮座している。
「フン。先に忠告しておいてやろう。火竜の肉は、生半可な火力では表面しか焼けず、中は生のままだ。しかも、特有の硫黄臭さがある。貴様のようなアマチュアには手に負えんよ」
キュイジーは余裕の笑みを浮かべ、白手袋を脱ぎ捨てた。 彼の目が、職人のそれ(マジモード)に変わる。
「始めよ!」
合図と共に、キュイジーが動いた。
速い。そして美しい。 彼が取り出したのは、細長い特殊な針――ピケ針だ。 彼はその針に、細長く切った上質な「豚の背脂」をセットし、硬い火竜の赤身肉にブスリと突き刺し、縫い込むようにして脂を肉内部に通していく。
(……なるほど。『ピケ(脂肪注入)』ね。赤身でパサつきがちなジビエ肉に、脂のコクとジューシーさを足す古典技法。基本に忠実だわ)
さらに彼は、肉を香味野菜と高級な赤ワイン、そして数種類のハーブを漬け込んだマリネ液(漬け汁)に浸した。硫黄臭を、ワインとハーブの香りでマスキングする作戦だ。
「さあ、焼くぞ! 我が魔力よ、炎となれ!」
キュイジーの手から、青白い魔法の炎が立ち上る。 彼は肉をオーブンに入れるのではなく、自らの魔法で肉の周囲を包み込み、空中で回転させながら焼き始めた。
――チリチリチリ……。
完璧な火加減。肉汁を逃さず、表面を均一に焼き固めていく。 脂が炭火に落ちるような、芳ばしく上品な香りが厨房に広がった。 王道にして正道。誰もが認める三ツ星の仕事だ。
一方、私、ルネの調理は――。
「……なんだあれは?」 「おい見ろ、肉に『果物』を擦り込んでやがるぞ……」
敵のシェフたちがヒソヒソと囁く。 私は、岩のように硬い火竜の肉に、ダンジョンで採取した**『溶解パパイヤ(たんぱく質分解酵素の塊)』**のすりおろしを、親の敵のように揉み込んでいた。
「硬いなら、溶かせばいいじゃない」
私のスキル【食材鑑定】は、この肉の強靭な筋繊維が、強力な酵素の前では無力であることを見抜いていた。 常温で一時間放置。これだけで、鋼鉄の肉は豆腐のような柔らかさへの第一歩を踏み出す。
次に、臭み消しだ。 私はマリネなどという悠長なことはしない。
「ガルドーさん! 例の『ドワーフ殺し(アルコール度数96%の火酒)』、持ってきて!」 「お、おい、ここで火遊びする気か!?」
私は熱したフライパンに油を引き、表面を焼いた肉塊に、火酒をドバッとかけた。 すかさず、着火。
ボォォォォォンッ!!!
厨房の天井まで届くような巨大な火柱が上がった。 敵チームから悲鳴が上がる。 アルコールの揮発と共に、肉の表面の硫黄臭さが一瞬で焼き切れる。残るのは、ほのかな穀物の甘い香りだけ。
「さて、ここからが本番よ」
私は、店の奥から引っ張り出してきた、分厚い鋳鉄製の巨大な鍋――ダッチオーブンを用意した。
中に、表面を焼いた巨大な肉塊をドスンと入れる。 そこへ、炒めた大量の玉ねぎ、人参、セロリ。赤ワイン一本、トマトペースト、そして隠し味の『醤油ポーション』と『味噌(これもダンジョンの発酵だまりで見つけた)』を投入。
「蓋をするわよ!」
重い鉄の蓋を閉める。だが、それだけでは足りない。 私は、小麦粉と水を練って作った「硬い粘土のような生地」を、鍋本体と蓋の隙間に隙間なく貼り付け、密封した。
「な、何をしているんだ貴様!? そんなことをしたら蒸気の逃げ場がなくなって、鍋が爆発するぞ!」
キュイジーが手を止めて叫んだ。 その通り。普通なら爆発する。
「だから、抑え込むのよ。『圧力』をね」
私は鍋を石窯の強火の上に置いた。 鍋の中の水分が沸騰し、蒸気が発生する。逃げ場を失った蒸気は、鍋の中の気圧を猛烈に高めていく。
――シューーーーッ……。
小麦粉のシールの隙間から、微かに蒸気が漏れる音がし始める。限界ギリギリだ。
「スキル発動――【最適加熱】!」
私の目に、鍋内部の温度と圧力が数値となって浮かび上がる。 110度、115度、120度……! これだ。水の沸点を超えた、高温高圧の世界。
この環境下では、火竜の強靭なコラーゲン(筋繊維)は、短時間でゼラチン質へと分解される。 私は火加減を薪一本単位で調整し、爆発寸前のギリギリの圧力を維持し続けた。
(あと四十分……この状態で煮込めば、火竜はただの『極上ビーフ』に変わる!)
片や、優雅に魔法で肉を焼く三ツ星シェフ。 片や、爆発しそうな鉄鍋と格闘する12歳の少女。
異様な光景の中、厨房には二種類の、全く異なる「極上の香り」が満ち始めていた。
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