第12話:王都からの刺客『炎の料理人・キュイジー』
その男は、昼時の喧騒に包まれた『キッチン・アトリエ』に、あまりにも不釣り合いだった。
冒険者たちの汗と、脂の跳ねる音、そして食欲をそそる醤油の香りが充満する店内に、純白のコックコートを纏った長身の男が立っていた。 金髪をオールバックになでつけ、胸には『王室御用達』を示す三つの星の刺繍。 手には白い手袋。 まるで汚いものを見るような目で、熱心に生姜焼き定食をかっこむヴォルグ(ギルマス)を見下ろしている。
「……嘆かわしい。実に嘆かわしいですね」
男はハンカチで鼻を押さえ、大げさに溜息をついた。
「バルトロメオ公爵が絶賛していると聞き、わざわざ王都から視察に来てみれば……ここは豚小屋ですか? 餌に群がる家畜しか見当たらない」
ピタリ、と店内の空気が凍りついた。 食事中だった冒険者たちが、殺気立った目で男を睨む。ガルドーさんが無言で立ち上がり、拳を鳴らす。 だが、男は動じない。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
私はカウンターの中から、平然と声をかけた。 ただの嫌な客なら塩を撒いて追い出すが、こいつからは同業者特有の――それも、かなり腕の立つ料理人の匂いがしたからだ。
「フン。……いいでしょう。この店のスペシャリテ(看板料理)を出しなさい。私の舌を満足させられるものがあれば、ですが」
男はハンカチを椅子に敷き、優雅に座った。
私は無言で厨房に戻り、一皿の料理を作った。 『オーク肉の生姜焼き』。 この店を支える、最強のスタミナ定食だ。
「おまちどうさま」
ドン、と男の前に置く。 男は眉をひそめた。
「黒い……。ソースが黒すぎる。見た目の美しさが欠落している。それにこの野蛮な匂いはなんです? 鼻腔を直接殴られるような……」
文句を言いながらも、彼はナイフとフォークを手に取り、肉を口へ運んだ。
――モグッ。
咀嚼する。 一回、二回、三回。 男の目がカッと見開かれた。
(……!? なんだこのインパクトは! 獣臭いオーク肉が、なぜこれほど柔らかい!? それにこのソース……塩辛さの中に潜む、熟成された豆の旨味。そして、痺れ根の清涼感……!)
美味い。 悔しいが、本能が「美味い」と叫んでいる。 白パンではなく、この謎の穀物をかき込みたい衝動に駆られる。
だが、男はフォークをカチャンと皿に置いた。
「……下品だ」
彼はナプキンで口を拭い、私を睨みつけた。
「味は濃い。旨味も強い。だが、これは料理ではない。ただの『ドーピング』だ」 「はぁ?」 「素材の味を殺し、刺激的な調味料で舌を麻痺させているだけだ! しかも聞けば、ポーションだのスライムだの、ゲテモノ(ダンジョン素材)を使っているそうじゃないか! 神聖な料理への冒涜だ!!」
男は立ち上がり、胸の三ツ星を誇示するように張った。
「私はキュイジー・ロブション。王都の三ツ星レストラン『ル・ソレイユ』のオーナーシェフにして、貴族たちから『炎の料理人』と呼ばれる男だ」
キュイジー。その名は私でも聞いたことがあった。 伝統的な宮廷料理の天才で、素材の選定に厳しく、少しでも規格外の食材は廃棄するという完璧主義者。
「この店は認めん。公爵様がこのような魔女の料理に惑わされているのを黙って見てはおれん! 今すぐ店を畳みたまえ!」
店内の冒険者たちが「なんだとコラァ!」「表へ出ろ!」と立ち上がる。 私はそれを手で制し、カウンターから身を乗り出した。
「へぇ。私の料理が気に入らない?」 「ああ、気に入らないね。邪道だ」 「じゃあ、あんたの言う『正道』とやらで、私に勝てるの?」
キュイジーの眉がピクリと動いた。
「……なんだと?」 「料理人なら、口じゃなくて皿の上で語りなさいよ。勝負しましょう。もしあんたが勝ったら、店を畳んで弟子にでもなってあげる。でも、私が勝ったら……」
私はニヤリと笑った。
「あんたの店の『三ツ星』、一つ置いてってもらうわよ」
挑発。 プライドの高いエリートには、これが一番効く。 案の定、キュイジーの顔が真っ赤になった。
「き、貴様……! 子供だと思って容赦していれば! いいだろう、その勝負受けよう!!」
キュイジーは指をパチンと鳴らした。 すると、店の外から部下たちが、巨大な氷漬けの木箱を運び込んできた。
「お題は私が決める。……これだ!」
ドォォォォン!! 木箱の蓋が開けられる。 そこに入っていたのは、赤黒い鱗に覆われた、巨大な脚肉。
「**『火竜の肉』**だ!」
店内がどよめいた。 火竜。Sランクの冒険者でも苦戦する最高級モンスター。 その肉は、焼けば極上の味と言われるが、同時に「熱耐性が高すぎて火が通らない」「処理を間違えると硫黄臭くて食えない」という、料理人泣かせの超難関食材だ。
「私はこの最高級食材を、伝統の技法で『ロースト』にする。貴様のようなダンジョン漁りの小娘に、この高貴な肉が扱えるかな?」
キュイジーは勝ち誇った顔で笑った。 普通の料理人なら絶望するだろう。火が通らない肉なんて、どう料理しろというのか。
だが。 私はその肉を見て、舌なめずりをした。
(火竜……! 前世でも扱ったことのない未知の食材! しかも、この筋肉の繊維……圧力鍋でトロトロに煮込んだら、絶対に美味しいやつだわ……!)
「いいわよ、受けて立つわ」
私は包丁(幽霊)を空中に浮かせ、エプロンの紐を締め直した。
「ただし、私のやり方でね。……見てなさい、そのプライドごと『圧力』かけて柔らかくしてあげるから!」
王都のエリート VS 異世界の転生料理人。 プライドと看板を懸けた、食の決闘の幕が上がる!




