愛のリペアマイスター ♡第9話 ひきがね♡
ふむふむ。靴の修理って凄ーい♪
暁斗が男性物のローファーの修理をするのを、しばらく燈は興味深く見ていた。サドル部分の縫い直しをしている。
「ミシンじゃなく手作業なのね!? すごい!」と燈が言うと
「うん。複雑なステッチだからね」と暁斗。
とても静かで優雅な時間が流れる。靴を直すという職人技を燈は間近でゆっくりと目の前にし、ファンタスティックな気分になった。そして……(この器用な指があたしの躰を悦楽へと引きずり込んだのね)だなんて、暁斗の指先へくぎ付けになるごとにドキドキした。
1時間半ぐらい燈は『靴歓ぶ』に居た。そして
「暁斗、あたし先に帰っておくね! お家、万が一見つけられなかったら電話をください」と言った。
「うん。燈、気を付けてね。待っててね! 必ず行くから」
「はい」
燈は暁斗のためにおもてなしをしたくて、なにかお料理でも……と思ったが、暁斗は……帰ったら家でごはんを食べるのかも知れない……だから作るのは軽食ぐらいにしようと決めた。
(あ! そういえば、暁斗さんってノンアルって飲むのかな~? わかんないけど一応買っとこーっと)
帰り道にあるスーパーへ寄り、上機嫌の燈。お得意のチーチクを作ることに決めた。チェダーとカマンベールチーズのコントラストが美しいのだ。そこに青紫蘇を巻き、ちくわの中に入れる。シソの風味がたまらない逸品だ。山盛り作っちゃう!
*
フ~! できたー! 途中1~2個つまみ食いをしつつ楽しくお料理終了。
燈は、シャワーを浴び綺麗にし、スウィートな気分で暁斗を待っていようと思った。
ンー、気持ちイイ……。このバスルームでも……暁斗といろんなことシタイ。
燈は優しく素肌に磨きをかけた。オフロ上がりのお肌と髪の手入れも入念に。お花の香りのするボディクリームでマッサージをした。
鏡を覗き込み(うん♡お色気満点だわ)悦に入る燈。
時計を見るともうすぐ夕方5時半。
カーテンから外を見ると、蒼い夕闇から濃紺の夜へと入りゆく12月の空。
(気を付けて来てね、暁斗)心に呟く燈。
好きなひとを待つ時間というのも至福の時だ。わくわく、ソワソワ、ドキドキ……。燈は時々、自分の長い黒髪の香りをかいでみたり、お肌の潤いをチェックするかのように腕を撫でてみたり、魅力的な女で居ようと余念がない。
ホットココアを飲みつつ(新しいお洋服、ほしいな~)なんてインターネットでファッションサイトをぼんやり見ていた。
時計を見ると6時20分。もうそろそろ来てくれるかしら? 暁斗……。
♪ピンポーン。
あ! すぐにインターホンをチェックする燈。暁斗だ!
玄関へ駈けて行きドアを開ける。
「暁斗っ!」
「燈ぃ~!」
燈はすぐに暁斗のたくましくしなやかな腕に抱かれた、腰が折れそうなほど。
「お仕事お疲れさまでした、暁斗。来てくれてありがとう」
「うん。こちらこそお招きいただきありがとう、燈」
「ウフフ♪」嬉しくて、嬉しくてしょうがない燈。
暁斗の手を引っぱりまずはキッチンへと招き入れる燈。
「女の子のお部屋って感じだね~」暁斗がキョロキョロする。
「ンフフ。ピンクとハートが好きなの!」
「うん。にしてもよくこれだけ揃えたね~」
「エヘ……。座ってください」
暁斗へそう促し、燈は訊いた。
「暁斗って、ノンアルコールビールは飲みますか?」
ニッコニコになり暁斗「もっちろん、オレ酒豪だよ?」「そうだったのね! お車だからじゃあ、これね!」
「うん、ノンアルもよく飲むよ。ありがとう燈!」
そうしていそいそと冷蔵庫から自慢のおつまみを取り出す燈。
「ハイ!」
「わ、綺麗だね!」
「うん、いっぱい作っちゃった」
大きな平皿2つを手に持ち、暁斗にみせる燈。
「アッハハハ~、すごい! これだけでごはんになるほどの量だ」
「………じゃあ、カンパーイ!」
ふたりはプシュッと開けた缶のまま乾杯をした。
可愛らしい蝶々の形をした箸置きにお箸が二膳並んでいる。
「食べて! 暁斗」
「うん」
もぐもぐもぐ……。「ン! 美味しいよ」
優しい瞳で感想を述べる暁斗。
とても、しあわせ……。
「今日は忙しかったの? 暁斗」
「ううん、そんなに、だな。ただ、ちょっと複雑な、ああ、燈が見ていたローファーの修理ね、あれが大変だったよ」
「そうなんですね……あたし、疲れた暁斗にこの身を捧げ、尽くしたいわ……」
「燈、かわいいよ……」
ちょっぴりエッチななムードが漂う。
と、丁度その時だ。暁斗のスマホが鳴った。
「ちょっとごめんね、燈」
燈は……その時、離れれば良かったのだ。あとから心底思った。でもその時は、暁斗のそばに居たかった。とても電話が気になったし……。
女性の声が小さく聴こえた。会話内容までは聞き取れない、というか『女性』という時点で内容を聴き取らないように意識を自然と遠くにした。
それでもはっきりと残ってしまったのは、『暁斗の普段見せない表情や声音』だった。胸が苦しくなった。
とてもソフトで相手への情を感じさせるやわらかい暁斗の声。自分への態度とはまた違う、でも『相手への情』を感じ取ってしまったのだ。
(奥さんだ)すぐに燈には分かった。
そばにはいるが、暁斗の言葉も脳内に入って来ないように意識をぼやかした。
地獄のような電話の時間のあと、燈は暁斗にしがみ付いた。
(誰?)とも訊きたくもなく訊けず、訊かず……そのままベッドで愛し合った。
とてもカンじる……気持ちイイ。暁斗と燈はあまりにも相性が良すぎる。
ふたりはココロだってリボン結びされている。おそらく赤い糸だろう。
燈は、それでも……さっきの電話のことがひっかかり、淋しかった。
けれど、黙って顔に出さないように努め、ふたりだけの愛の時間は艶やかに流れた。
「燈……」
帰り際に燈の憂鬱感を知っていた暁斗が名を呼ぶ。
「はい……」
「愛してるよ」
「……」
「燈、心から好きなんだ。アソビなんかじゃない」
「暁斗、奥さんとシないで。もしも奥さんとシたら、あたしすぐ別れる。脅しなんかじゃないの」燈は泣き崩れている。
続けて必死で言う。「あたしのヤキモチは異様なの、病なの。だから、もしそうなら、死んでしまう。生きて行くためにお別れします」
「燈、それは、絶対にない。信じてもらえないかもしれないけど、妻はそう言った行為をとても嫌がる。何年もそういう行為をしていないし、オレは燈が好きなんだ。他の女性とそういうことをしたくない」
「わかりました」
力なく答えた燈。
燈は感情の起伏が激しい。現在の診断名は双極性障害だが、これまではPTSD・境界型人格障害・強迫性障害等色んな病名がカルテに記されていた。
暁斗が後ろ髪をひかれるような様子で帰って行ったあと、燈は嫉妬と愛について考え続けた。
あ……燈、大丈夫かな……。




