みちゃいけないよ
こないだの雨。
皆様はどうお過ごしでしたか。
昼間は強い雨が降りましたね。
見慣れた景色が雨が作った水の壁で全く見えませんでしたね。
まるで別世界のようでした。
いえ。
もしかしたら、本当に別世界だったのかもしれません。
どうしてそう思うのかって?
それじゃ、お話しいたします。
といっても、先日の話なんで勿体ぶって話す必要なんてないんですけれど――。
***
激しい雨の日を想像してください。
別に非現実的なほどでなくて大丈夫です。
夕立ちと言うやつに近いかもしれません。
ただ、あれは夕立ちではなかったかもしれませんね。
まぁ、いいか。
私は下校中でした。
差していた傘はあまり意味がなくて制服が濡れちゃって……明日も学校なのに憂鬱でしたね。
スカートなんか本当に悲惨でしたよ。
あぁ、また話が脱線してしまいました。
――とにかく下校中。
耳が割れそうな雨の中。
背後から十人ほどの人が歩いてきました。
足音も聞こえませんでした。
この雨の中ですしね。
だから、一人目が私の隣に来た時にようやく気づいたほどです。
その人達は私服ではありませんでした。
始めはスーツかと思ったのですが、後々考えるに喪服だったような気もします。
私は彼らが通りやすいように自然と道の左端に身体を寄せました。
彼らの歩みはとても緩慢でした。
雨のせいかもしれません。
だけど、正直そんなこと意識なんかしていませんでした。
だって人とすれ違うのなんて日常的に起こる事ですし。
「あれ」
「どうしたの?」
雨の中で話し声が聞こえました。
「この人……」
「だめだよ。失礼だよ」
「いや、違うの。この人ね……」
言葉と共に隣を歩いていた人の一人が僅かに身を屈めて傘の中を覗き込んできました。
流石に気味が悪かったですが、正直、あまりにも平和なこの国で生きる私には逃げるという考えが浮かびませんでした。
話は少し逸れますが、こういう時にこの国の豊かさを感じてしまいますね。
実に皮肉的ですが……。
「あー」
横目で見た相手はありふれた顔をした男性でした。
彼は顔を青くしてすぐに前を向いて歩き出しました。
「見ちゃいけないよ」
小声で他の人達に言いました。
始めに話していた人達はすぐに従いましたが、少し後ろに居た人達が理由を尋ねています。
「この人、生きてるんだ」
男性が小声で言いました。
「えっ?」
「嘘でしょ?」
「しっ。静かにって」
雨の中でも聞こえるざわめきを男性が小声で制します。
「大丈夫。気づかれなかったら平気だから」
何を話しているのだろう。
そう思いました。
だけど――。
「可哀想に」
「だめ。静かにして」
「だけど……」
「連れて行かれるよ」
響く会話があまりにも――。
この手の怪談でよく聞かれるもので――。
だからこそ。
私は自分の隣で何が起きているのかを悟ってしまいました。
会話はやがて消えました。
当然でしょう。
彼らは『怪異』に気づかれないように必死なのですから。
足が上手く動きませんでした。
転んでしまいそうでした。
だけど、止まっちゃいけないのだけは分かりました。
何も聞こえない雨の中、歩き続けるのは苦痛でした。
泣き叫びたい程でした。
ですが。
「自分の足だけを見ていなさい。転ばないように。絶対にこっちを見ちゃいけないよ」
不意にあの男性の声が聞こえました。
その声は明らかに私に向けられていました。
恐ろしかったです。
ですが、それに縋るしかありませんでした。
雨は段々と弱まりました。
気づけば日が差すほどに。
彼らの足音が聞こえました。
雨が止みつつありましたから。
そして。
雨が完全に止んだ頃、足音は消えました。
雨のない風景を見て――私は元の世界に帰って来たような気持ちになりました。
***
雨が生者と死者の世界を曖昧にすると知ったのはその翌日のことでした。
――果たして、どちらが闖入者だったのでしょうね。




