連鎖
[ 綾乃 ]
俺は今日もここに帰って来た。
ここは俺にとって居心地のいい場所では無くなった。
だけど、今日も俺はここに帰って来る。
きっと彼女に対して罪悪感を持っているからだろう。
数日前、彼女にはちゃんと別れを伝えた。
だから、こうして帰って来る必要は無いのかもしれない。
だけどこのままでは俺も彼女も前に進めない。
今日こそ……彼女にちゃんと伝えて、本当に終わりにしようと思う。
玄関に立つ。
奥にあるキッチンからは、今日も変わらずトントントンと音が聞こえた。
彼女は料理が得意だ。その料理を楽しみに帰宅した時期もあった。
だが、その手料理がいつからか疎ましく感じ出した。
彼女には何の非も無かった。すべては俺の身勝手な行動。
体の奥底から鉛のような物が込み上げてくる、それは重い溜息となって口から漏れた。
キッチンでは彼女が背を向けて料理をしている。
トントントン……
その背に言う。
「ただいま」
「おかえり、もう少しで出来るから待っててね」
トントントン……
「……あの」
「……」
「……あのな」
「……」
「もう……いいから」
「……なにが?」
トントントン……
「もう……そういうのいいから……」
「……キライになった?私のカレーライス?」
「いや……でも……もうそういうのは困る」
「……」
「だって……お前は……」
「……」
「……死んだんだ」
トン……
「……」
「死んだんだよっ!」
ガララッ!!
俺は襖を開ける。
そこには彼女の遺体。
「見ろ……見ろよ!!お前は死んでる!!」
「……」
「なぁ!見ろよ!」
「……」
「だから……もう消えてくれ……頼む」
「なぜ死んだの?」
「……おれが」
「……」
「殺した」
「……」
「おれが殺したんだよ!」
「……」
「だから……」
「……」
「もう……消えてくれ……綾乃」
「違うわ……」
トントントン……
「え?……」
「あなたが殺したんじゃない」
トントントン…… トントントン……
「私が……」
トントントン…… トントントン…… トントントン……
「あなたを殺したのよ」
[ 夕貴 ]
親友だった綾乃が死んだ。
自殺だった。
同棲していた恋人に別れ話を切り出されたのがきっかけだったようだ。
綾乃は恋人をメッタ刺しにした後、自分の命を絶ったらしい。
遺体は綾乃のアパートから見つかった。
二人の遺体は、押入れの中で見つかったそうだ。
綾乃が亡くなる1週間前に会った。
いつもの喫茶店で待ち合わせた。
久しぶりに会った彼女は、少し痩せた印象も持ったが、普段通りだったと思う。
彼に対して一つのグチも溢してはいなかった。
ただ……今思うと、死ぬ覚悟をしていたのではないか?
そう思う言葉を口にしていた。
「運命って、どんなに頑張っても変えられないものね」
頬杖を突きながらどこか遠くを見て綾乃は言った。
運命……
彼女は子どもの頃からその言葉をよく使った。
彼女が他の人とは少し違う。
そう初めて感じたのは二人が小学校6年生の時だ。卒業を数日後に控えた時だった。
私と綾乃はそれぞれの宝物を用意し、未来への自分に手紙を書いた。
そして、それをそれぞれの箱に入れて校舎裏にある山に埋める。いわゆるタイムカプセルと言うやつだ。
二人がお母さんになったら取り出してお互いのを見せ合いっこしようと決めた。
目印は、ちょっと変わった曲がり方をして伸びた木。
その木の下に穴を掘り、箱を入れて上から土をかぶせる。
その時に綾乃は言った。
「ねぇ?夕貴ちゃんは運命って信じる?」
唐突な質問に私は返答に困ったのを覚えている。
そんな私を見て綾乃は笑いながら言った。
「私はね、信じてないよ」
私はしばらく考えて言った。
「私も信じないよ!」
難しく考えての返答じゃ無かった。
ただ、大好きな綾乃が信じないのなら自分も!ってそういう子ども心だった。
私の返答に綾乃は嬉しそうに笑った。
この電車に乗るのは何年ぶりだろう。
私も綾乃も大学入学と同時に家を出た。
その後両親も都心のマンションに移り住み、私がこの線を利用する事は無くなった。
私は綾乃と埋めた箱を掘りに向かっている。
私はまだお母さんにはなっていない。
だけど、綾乃は死んでしまったし、それに……自分のお腹を優しくさする。
少しだけフライングしても綾乃も怒らないだろう。
あの箱の中には綾乃の思い出が入っている。それを彼女のお墓に持って行ってあげたい。
久しぶりの駅はほんの少し改装されて綺麗になっていた。
駅からしばらく歩くとその先の景色はさほど変化していなかった。
小学校が近くなるにつれて下校途中の子ども達とすれ違う。
私は懐かしい校舎を横目に裏山へと足を向けた。
裏山は昔と同じようにそこにあった。
箱を埋めた場所、それが解るだろうか?
私のそんな不安はスグに消える。
曲がった木が目に入った。木は私の記憶の中とほとんど変わっていなかった。
私は木の根元にしゃがみ込む。
そして、持って来ていたスコップで土を掘った。
腰を曲げる体制が、お腹の赤ちゃんに悪いのではないか?と不安だったが、思うほどはお腹に苦しさを感じなかった。
しばらく穴を掘る、がソコから何か出てくる気配はない。
曲がった木が他にもあったのだろうか?それとも、誰かに見つかってしまったのか?
そんな事を考え出した頃、スコップが何かにあたる感触。
土を横に払うように掘る。
ほどなくして、銀色の箱の一部が覗いた。
子どもにしては、結構深く掘ったものだ。
二人で埋めたその箱は二つ並んでその場所にちゃんと埋まっていた。
ブリキで出来た箱は、少し錆びている。
中身はどうだろう?自分の箱の蓋を開けてみる。
錆び付いているせいで少し開け難い。箱を回しながら四隅に少しずつ力を加える。
ガタッ
蓋が外れる感覚がした。
ソッと蓋を外し中を見る。
中には小さなウサギの人形と髪留め。そして封筒が入っていた。
このウサギの人形と髪留めは本来引っ付いていた。
私は当初それがお気に入りだったが、ある日うさぎの人形部分が髪留めから外れてしまったのだ。
それ以来髪に付ける事が少なくなって、そしてこの箱に入れた。
あの時、何を入れるか考えて「本当に大事な物」は入れれなかった。大事な物を手放すのは嫌だったのだ。
でも、タイムカプセルには大事な物を入れなくてはいけない。そう考えて、壊れてしまった大事な物を入れたのだ。
子どもらしい行動だな……と振り返る。
封筒を手に取るとそれは見ないで鞄にしまう。
これはお母さんになった日に自分に見せようと思った。
悩んだが綾乃の箱を開けてみる事にした。
同じように錆付いていたが、コチラもほどなくして蓋は開いた。
中にはノートが一冊入っていた。
帰りの電車に揺られながら綾乃のノートを開く。
ノートには最初のページから字が綴られていた。
小学生の女の子の字。
私はページの字に目を走らせる。
――――――――――
△月△日
今日は夕貴ちゃんと学校の裏山にタイムカプセルを埋めた。
私はカプセルの中にはこの「日記」を入れた。
――――――――――
最初のページはそれだけが記されていた。
私は奇妙な事に気が付いた。
この日記は土の中に埋められた日の事を書いている。
だけど、ノートのページはまだまだ続くのだ。
白紙なのだろうか?
と思い、ページを捲る……
「なに……これ……」
思わずノートを手から落としそうになった。
ノートの2ページ目以降……そこにはビッシリと文字が書かれていた。
最初のページと同じ字……間違いなく同じ小学生が書いた字だ……
私は2ページ目に書かれた内容に目を走らせる。
――――――――――
△月△日
卒業式の練習中、ミカちゃんが体調を悪くして倒れてしまった。
ミカちゃんが倒れたのはこれで3度目だ。
――――――――――
△月△日
今日は卒業式。
あの意地悪な林くんが泣いた、意外だった。
――――――――――
△月△日
夕貴ちゃんと夕貴ちゃんのお家で遊んだ。
クッキーを焼いたけど焦げてしまった。
落ち込む私達に、夕貴ちゃんのお母さんがケーキを買って来てくれた。
――――――――――
「なんで……」
私はノートに視線を落としながら呟く。
最初は綾乃の妄想なのかと思った。
卒業式の前日や、当日に綾乃が書いている事が本当にあった事実なのか?私は覚えていないからだ。
だけど……このクッキーの日の事は私もよく覚えている。
この日以来、私はお菓子作りに苦手意識を持っているのだ。
もしかして、綾乃は二人で箱を埋めた後掘り起こし、そしてこのノートを書いていたのだろうか?
私は先ほど土を掘った時の事を思い出す。
土の上には雑草が生え、掘り起こされたようには見えなかった。
この日記は綾乃の妄想なのか?
それとも、本当に起こった事が綴られているのか?
そして、この日記が一体いつまで書かれているのか?
私はソレが気になり無心で読み進める。
――――――――――
△月△日
夕貴が一緒にブラスバンド部に入部しようと言ってきた。
私も他に気になる部も無かったからブラスバンド部に入った。
――――――――――
△月△日
中間テストの結果が散々だった。
頑張らないとS高に行けないかもって先生に言われてしまった。
最悪。
――――――――――
△月△日
なんと私達の部が全国大会で優勝した!
3年間がんばったかいがあった
――――――――――
△月△日
下校途中の道で、夕貴が告白された。
K高の男子だ。
夕貴はその場で断った。
――――――――――
△月△日
P大学から合格通知が来た。
これで私も春から大学生、1人暮らしだ。
――――――――――
電車が駅に到着する。
私はノートを手にしたまま改札を出る。
目に入ったタクシーを捕まえ乗り込んだ。
私は自宅に向かうタクシーの中でもノートを捲る。
ここに書かれている事。
私が知っている内容はすべて現実にあった事だ。きっと綾乃個人の出来事もそうなのだろう。
だとすると?どういう事なのだろうか?
綾乃は、その後定期的にノートを掘り出しては日記をつけていたというのだろうか?
一体なんのために?
ノートのページは残り少ない。
綾乃は死んだ。
まさか……その死の前日までこのノートは書かれているというのだろうか?
ノートを読み進める。
――――――――――
△月△日
就職が決まった。
小さな会社だけどやりたかった仕事だ。
――――――――――
△月△日 ***
――――――――――
△月△日
Aさんに食事に誘われた!楽しみすぎ!
――――――――――
△月△日 ***
――――――――――
△月△日
Aさんに食事を作ってあげた。
リクエストはカレーライス。
とても美味しいと喜んでくれた。
――――――――――
△月△日
夕貴と食事をした。
夕貴にも彼氏が出来たそうだ!
すでに結婚の予定も進んでいるらしい。
今度Wデートしようと盛り上がった。
――――――――――
△月△日 ***
――――――――――
△月△日
夕貴からのメール。
なんと妊娠したらしい!
新米ママに向けてブログをはじめたと言う事だ。
さっそく見に行く。幸せそうで羨ましい。
――――――――――
△月△日 ***
――――――――――
△月△日
Aさんの様子がおかしい。
好物のカレーライスを作ってあげても、何も言ってくれない。
――――――――――
△月△日 ***
――――――――――
△月△日
Aさんは今日も朝帰りだった。
遅くなる時は連絡だけでもして欲しいと伝えたが顔すら見てくれなかった。
――――――――――
△月△日
夕貴に相談したくてランチに誘った。場所はいつもの喫茶店。
お互い忙しくてなかなか会えなかったけど、半年振りに会う夕貴は幸せそうだった。
だけど、変だと思う事があった。
結局私の相談は出来なかった。
――――――――――
△月△日
夕貴のブログを久しぶりに見た。
なんであんなウソを書いているのだろう……
本人に聞いてみた方がいいのだろうか……
――――――――――
△月△日 ***
――――――――――
△月△日 ***
――――――――――
△月△日
Aさんが一週間帰ってこない。
――――――――――
△月△日
Aさんからメール。
明日荷物を取りにくると言うことだ。
カレーライス食べてくれるといいのだけど……
――――――――――
「お客さん、着きましたよ」
運転手の声で顔を上げる。
私の表情を見て運転手は怪訝な顔を見せた。
私はおつりも受け取らずタクシーを降りる。
マンションキーをセキュリティー部分に当てる。
手が震えている。
自動ドアが開くスピードが今日ほど遅く感じた事は無い。
怖かった。
後ろを振り向けば何か得たいの知れない者が付いて来ていそうで……
エレベーターに乗るのが怖くて、8階まで階段を駆け上がる。
ノートの先を見るのはやめよう。
見てしまうととても恐ろしい事が書かれているような気がした。
ノートは燃やしてしまって、そして忘れてしまおう。
今は一刻も早く部屋に帰りたい。
早く彼の顔を見たい。
笑顔でおかえりと言ってもらったら、この恐怖は消えるに違いない。
「あ……」
「え?……」
階段を8階に上った所に彼がいた。
彼も丁度帰宅した所のようで廊下で鉢合わせする。
「なんで……お前」
彼は驚きの表情を見せて呟く、そして足早に私に向かってくる。
その顔は怒っている。
そうだ……私は今、彼の子どもをお腹に宿しているのだ。
それなのに、階段を全速力で駆け上がってしまった。
彼が怒るのも当然。
目の前に彼が立つ。
「ごめん!ごめんね……でも……私、こわく……」
彼の手が勢いよく私に伸びた。抱きしめられるのだと思った……
(ドッ!)
「え?……仁志くん?」
私の体は強い衝撃と共にフワッと浮いた。
彼の顔が遠ざかっていく。
とても怖い顔……
なんで?
私は……
あなたに早く会いたかっただけなのに……
会いたかっただけなのに……
私はあなたに……
私はあなたに……
私はあなたに……
私はあなたに……
私はあなたに……
私はあなたに……
私のあなたに……
私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた私のあなた
私のあなた
[ 美沙 ]
「ねぇ、仁志が気を落とす必要なんて無いよ。落ちたのは夕貴の自業自得よ」
「……」
「悪いのは彼女よ。マンションの合鍵まで作ってたなんて……」
美沙の声は震えている。
「ごめんね……私が夕貴に仁志を紹介したから」
美沙は謝る。
美沙が謝る事は何も無い。
美沙は友達である夕貴に、俺と言う恋人を紹介しただけなのだから。
俺は、近藤夕貴にストーカー行為を受けていた。
マンションの前での待ち伏せ行為、一日に100通を超えるメール。そんなのが日常茶飯事だった。
あの日、このマンションの廊下で夕貴と出くわした。
セキュリティー付きの合鍵まで作っていたのだ。
あの時、怒りと恐怖が洪水のように沸いた。
気が付くと彼女の体を突き飛ばしていた。
殺すつもりがあったんじゃない。
彼女の後ろが階段だったとか、そんな事も目に入らないくらい彼女への恐怖と怒りが強かった。
大変な事をしてしまった。もう俺の人生は終わりだ。
そう思った……
だが、夕貴自身がつけていたブログから彼女の俺に対するストーカー行為がどれほど執念深いものであったかが判明した。
部屋から複数の隠しカメラも発見された。夕貴は常習的にこの部屋に合鍵で侵入していたのだ。
それは重要な証拠となり、正当防衛として終止符が打たれた。
「彼女のブログウソだらけだった……まるで仁志と関係を持ったみたいに……しかも子どもが出来たなんて」
「……」
「まさか、彼女があんな恐ろしい人だったなんて。仁志、ゴメンね。私の親友だったから私にも相談出来なかったんだよね……」
美沙は俯く。
「美沙……俺こそゴメンな。お前に早く相談しておけば良かった……」
「そんな、私は仁志と夕貴それぞれと会っていたのに……何も気が付かなくて」
美沙はそう言う。
俺はそれでも美沙に謝らなくてはいけない。
すべて『夕貴の妄想』で済ました事を。
せめて心の中でだけは謝らなくてはいけない。
俺が最初にあんな過ちを犯さなければ……
俺は夕貴と初めて会った日の事を思い出す。
――――――
「はじめまして近藤夕貴です、藤原さんのお話は美沙からよく聞いてます」
近藤夕貴の第一印象は「大人しそう」だった。
溌剌とした美沙とは対照的な女性だと感じた。
「俺もよく聞いてます、初めて会うのに初めての気がしないくらい」
「み……美沙、変な事言ってない?」
夕貴は頬を膨らます。可愛らしい女性だと、そう思った。
実際、美沙から日常的に夕貴の名は聞いていた。
俺と美沙が付き合うようになってからも、美沙は夕貴との付き合いを欠かしていなかった。
その度に、美沙から夕貴の近況を聞かされていた。
それまでは、顔も知らない女性の話しをただ聞いているという感じだったが、こうやって実際に会うとまた違ったイメージで捉える事が出来た。
逆に、夕貴は美沙から俺の話を聞いてたのだろう。
俺と同じ気分なのか彼女も俺の顔を見ながら笑みを見せていた。
度々3人で会うようになった。
それから、夕貴と個人的にメールをしだして……関係を持つまでそう間は無かった。
誘って来たのは夕貴だったと、そう思う。
だけど、罪悪感を持ちつつもその誘いに乗ってしまった事に間違い無い。
彼女が処女だという事もその時知った。
そこで留まるチャンスもあったのに……俺は欲望のままに行動をしてしまった。
その次の日、美沙の顔を見て激しい後悔に襲われた。
俺は彼女である美沙が大事だと気が付いた……
夕貴の口から漏れる前に、美沙に本当の事を話して精神誠意謝るべきだ。
だけど……許されるだろうか?ただでさえ許されない行為なのに、相手は美沙の親友だ。
結局、俺は美沙に本当の事は何も言えないままだった。
だが、その後いくら経っても夕貴の口から美沙に伝わる事は無かった。
夕貴にしてみても、親友を裏切ったと言う後ろめたさがあるのかもしれない。
このまま、お互いに火遊びだったと流れてしまうに違いない。
と、そう思い出した頃だった。
夕貴からメールが届いた。
タイトルは無く、本文には……
「妊娠したよ」
とだけ書かれていた。
「だってキミも困るだろ?」
夕貴と会うのは3ヶ月ぶりだった。
美沙が絶対に来ないような場所で待ち合わせをした。
久しぶりに会う夕貴は以前より痩せたような気がした。
「美沙に言うしかないよ」
夕貴が言う。
その言い方が諭すような言い方なのが少しひかかった。
「それは……だめだ……」
「大丈夫、私だって美沙の事は大事だもの、彼女を出来るだけ傷つけないように一緒に考えよ?」
「考える?……なにを?」
俺の問いに彼女は「え?」という顔を見せる。
「何って……このまま彼女を騙しておく事は無理でしょ?私とあなたが付き合ってる事、彼女に伝えないと」
「え?」
「今までは私も仁志君も美沙の事を考えて秘密にしてたけど……こんな事になったら黙っておくわけには」
夕貴はそう言いながらお腹をさする。
「まてよ」
「?」
「なんで、いつ、俺とキミが付き合ったって?」
「え?何言ってるの?酷い事言わないで」
「いや、確かに……俺はあの日間違った事をした……でも、誘ったのはキミだ。キミも遊びだと割り切っていただろ?」
「何?何の話?」
「だから!」
つい、大きな声を出してしまい口を閉ざす。
「だから……確かに、俺は一度だけキミとセックスした……だからってキミと付き合うとかそういう気持ちは一切無い」
「……」
夕貴はポカンとしている。
「だから……悪いけど……お腹の……おろして欲しい」
「……」
「費用やら、全部俺が持つから。あ、いや……当たり前だけど……」
「……」
「だから……その、今回のことは美沙には黙っていて欲しい」
「……」
「キミだって、美沙とは友達でいたいだろ?だから……」
何も言わない夕貴の顔を見る。
彼女は悩んだような顔を見せる。
「そうだよね、美沙は二人にとって大事な友達だものね」
「……」
「もう少し、ちゃんと考えてから伝えよう」
「……」
「私も美沙とはしばらく会わないようにしておくね」
「……」
「それより、式はいつにする?」
「……」
「お腹が大きくなって来る前に、日取りくらいは会社に伝えておきたいし」
話しがかみ合わない。
夕貴は、俺に怒っているのだ。それは、当然だ……
だが、まるで「それが当然」というように話す夕貴に気味の悪さも感じた。
それから、夕貴のストーカー行為はエスカレートした。
一日に100通を越えるメール。
マンション前での待ち伏せ。
メールの内容、会った時の反応、そのすべてが気味悪かった。
「鍵、会社に忘れて来ちゃって……仁志が帰って来るの待ってたの」
まるで、俺と生活しているような……
まるで、俺と毎日会っているような……
そんな言動を本当のように話すのだ。
気味が悪い……彼女の事を本当にそう思っていた。
そんな中での遭遇だった……
俺は恐怖から彼女を激しく突き放し、そして彼女は死んだ。
司法解剖の結果、夕貴は妊娠などしていなかった。
彼女の精神状態から、すべて彼女の妄想で処理された。
俺とのセックスも夕貴の妄想で終止符が打たれた。
安堵した……と共に、二度と美沙を傷つけるような事はしないと心に誓った。
――――――――
忙しかった日々がやっと少し落ち着いた。
この部屋は今月中に引っ越す事にした。
引っ越し後は美沙と同棲する事になった。
その準備期間と言って美沙はこの部屋にも泊まる事が多くなっていた。
「明日のデート久しぶりだし、オシャレ頑張っちゃうんだ!」
美沙はそう言いながら指の爪にマニュキュアを塗る。
数日前に買ってきた物で、新色だとはしゃいでいた。
「映画は何時からにする?」
明日のデートは彼女が見たいと言う映画に行く事になっている。
「そうだな……」
俺は目の前に置いていたノートパソコンを開く。
映画の時間を調べるためだ。
検索窓にカーソルを入れた時、嫌なタイトルが目に入った。
【YUKIの徒然】
夕貴が公開していたブログだ。
悪い関係になる前に「見てね」と言われて一度開いた。その履歴が残っていたのだ。
そこには、彼女の妄想が書き綴られていた。
いや、彼女にとっては現実だったのかもしれないが……
更新する者が消えでもブログは消える事無く残っている。
考えた事がある。
いつもマメに更新されるサイトが、とある日を境にぱったりと更新されなくなる。
忙しくて更新出来ないままズルズルと放置されただけかもしれない。
もしくは、管理者が急死したのかもしれない……その答えは出ないまま世の中から忘れ去られていく。
だが世の中が忘れても俺は忘れる事が出来ない。
彼女の妄想とは言え、そこには俺と彼女が恋人だったという偽りが綴られているのだ。
そして彼女と一夜を共にした日の事も……
ブログの管理会社に本人が死亡した事を伝えれば消してくれるのだろうか?
そういった事が何か解らないか?と思い、【YUKIの徒然】をクリックした。
――――――――
【YUKIの徒然】
『新しいマニキュア』
新しいマニキュアを買いました
うすいピンク、春色でお気に入り♪
これを塗って彼とデートに行くのが楽しみ*^^*
あ!もう旦那様って言ってもいいかな?練習練習(笑)
***年*月**日 **:**
(コメント)
はなこ
YUKIさんこんにちは!
キャー!妬けますよぉー!
式もうすぐですね、自分の事のようにドキドキしてます。
モチモチ
こんにちは^^!
マニキュア素敵な色ですね♪
うちの旦那はマニキュアの色が変わっても気が付かないんですよ!
もう、おしゃれする気も失せちゃいます~(泣)
YUKIさんの旦那様は優しくて羨ましいです。
――――――――
そこには結婚を控えた一人の女性の平凡な日常が綴られている。
夕貴をこのブログ上でしか知らない者にはそう映る。
「え?」
血の気がサーと引く。
視線はノートパソコンの隣に置いてあるカレンダーに移る。
頭の中で今日の日付を確認する。
**日……
今日は***年*月**日。
先ほどの記事が更新された日付をもう一度確認する。
そこには昨日の日付け……
どう言う事だ……夕貴はとっくに死んでいる。
なのになぜ昨日ブログが更新されているんだ?
誰かが夕貴になりすましてブログを更新している?
一体誰が?何のために?
「ねぇ?どうしたの?怖い顔して」
美沙が俺を見て言う。
「え?いや……ちょっとおかしな事が……」
「どうしたの?」
「これ……見てくれ」
美沙が「あっ」と口を開く。
「仁志……もうこんなの見ない方がいいよ」
「それは、解ってる、でもそういう事じゃなくて……」
俺は日付部分を指で指す。その時ゴクリと唾を飲み込んでしまう。
だが、俺の緊張とは裏腹に美沙は軽い口調で言う。
「予約投稿でしょ?」
「え?」
「予約投稿だよコレ」
「……」
「事前に記事を書いておいて公開したい日付と時間を決めておくの」
美沙の説明で肩の力が抜けた。よく考えればそりゃそうだ。
自分が一瞬でも持ったバカバカしい思考に小さく笑ってしまう。
「もう!こんなの見ちゃだめ!」
そう言って美沙はノートパソコンを閉じる。
そこに添えられた指……その爪には、うすいピンク色のマニキュアが塗られていた。
次の日は予定通り朝から美沙と映画を見た。
ショッピングにも付き合い、夕飯も外で済ませた。
帰宅して順番に風呂に入る事になった。
俺が風呂から出てリビングに行くと夕貴が丁度ノートパソコンを閉じた所だった。
「パソコンありがとう、携帯だと目がショボショボしちゃって」
美沙は目をこする。
「夕貴もブログとかしてるのか?」
「まさか?私はそういうの苦手なの。ちょっと調べものをしてただけ」
「じゃあ私もお風呂入るね」
夕貴はそう言って風呂に向かった。
風呂からシャワーの音が聞こえるのを確認してノートパソコンを開く。
昨日見た夕貴のブログがどうしても気になっていた。
マニュキュアの色がたまたま一緒だったと言うのもある。
だがそれ以上に気になるのは、妄想とは言え一ヶ月も先の事を書くだろうか?と言う事だ。
夕貴は自分の死など考えてもいなかったはずだ。
なのにわざわざ予約投稿を使ってなぜブログの更新を?
【YUKIの徒然】をクリックする。
――――――――
【YUKIの徒然】
『映画見たよ♪』
――――――――
一番上にあるタイトル、それは俺の心臓を跳ね上がらせた。
また更新されている……しかも。
俺は続きに視線を向ける。
――――――――
【YUKIの徒然】
『映画見たよ♪』
今日は彼と映画を見に行ったよ。
あの春色のマニュキュア付けてね^^
見た映画は話題の「***」
主人公が彼女を抱いて空を飛ぶシーンが最高で……
ネタバレはダメですね!
とにかく、とってもとっても面白かった♪
***年*月**日 **:**
――――――――
「え?どう言う事だよなんで……」
内容は今日の美沙とのデートとまるっきり同じだ。
しかも更新されたその時間は……つい先ほど、俺が風呂に入っていた時間だ。
カチャ
風呂場のドアが開く音で慌ててブログを閉じる。
「ねぇ、ビール飲もうよ」
しばらくして美沙が風呂場から出て来るとそう言った。
「ああ……」
「どうかした?」
「いや、何も」
まさか美沙が?
ビールを注ぐ美沙の横顔を見る。隠し事をしているようには見えない。
直接聞いてみようか?
本当はそうするのが一番なのだろう。
だけど、もしたまたま偶然だとすると……美沙を酷く傷つけてしまう。
考えた俺は、次の日ケーキを買って帰った。
行列が出来る人気のケーキ屋のものだ。
俺が記念日以外でケーキなど買って帰るのは珍しい。
美沙は驚きつつも喜んでくれた。
(パシャ!)
「うん、綺麗に撮れた」
美沙は手に携帯を持って満足げな顔を見せる。
「ケーキの写真なんか撮ってどうするんだ?いつもはそんな事しないだろ?」
「え?でも、これってKビルの有名ケーキ屋のでしょ?あの行列の!会社の女の子の間でも人気なのよ、食べた事自慢しようと思って」
美沙は悪戯っぽく笑う。
「それに、記念日で食べるケーキも嬉しいけど、なんだか何でも無い日に買ってきてくれたケーキって、それはそれでスゴク嬉しいな」
美沙の笑顔が心に痛かった。
――――――――
【YUKIの徒然】
『サプライズケーキ』
――――――――
そのタイトルから始まったその日の記事は、ケーキのプレゼントを喜ぶ内容と共に昨日美沙と食べたケーキの写真が貼られていた。
間違いない、ブログを更新しているのは美沙だ。
だが……なぜ美沙がそんな事を?
夕貴が死んだ日、震える俺の体を抱きしめ、泣いていた美沙。
その美沙が、夕貴のフリをしてブログを書く事の意味が解らない。
それ以前の記事も読み直してみる。
ブログは夕貴が死んだ*月*日以降を境にしばらく更新が止まっていた。
だが、*日を境に再び更新が始まる。
その内容は、彼に作った料理の話しや仕事のグチなど他愛の無い日常。
それから、結婚に向けての幸せな思い。
ブログを通してしか夕貴の事を知らなければ同一人物が書いていると疑わないだろう。
だが、それはありえない。夕貴は死んでいるのだ。
となると、夕貴に成り代わりこのブログを更新している者が居る。
そして、それは美沙だと言うのか?
信じたくないが、夕貴が死んで以降の内容は全てが俺と美沙の間に起こった事だった。
美沙のこぼす会社のグチも夕食時に俺に話していた内容と同じだ。
なぜ美沙がそんな事をする必要があるのか?
美沙に直接問おう……
そう考えた矢先にその記事は更新された。
――――――――
【YUKIの徒然】
『報告』
今日は皆さんに報告があります。
暗い内容でゴメンなさい。
実は、私の親友が殺されました。
階段から突き落とされたのです。
でも、正当防衛で終わってしまいました。
相手の人は、彼女が襲ってきたから押してしまったと言うのです。
相手の人は何も罰せられていません。
すべて親友が悪いのだそうです。
でも、私は見ました。
親友の遺体を。
彼女はその手に一冊のノートを大事に持っていました。
彼女自身の血で真っ赤に染まっていて内容は読めませんでした。
でも、彼女は事件当初もそのノートを握り締めていたのです。
その手にはナイフやバッドが握られていた訳じゃ無いのです。
ただのノートを持った彼女が相手を襲おうとしていたなんて……私は信じられません。
絶対に、アイツは殺意を持って彼女を押したのです!
絶対に絶対に絶対にそうなんです!!
私は、許しません。
あの男を許しません。
***年*月**日 **:**
(コメント)
みみみ
YUKIさんこんばんは。
それはツライ思いをしましたね。
親友の事を思うYUKIさんに私も胸が痛くなりました。
でも、YUKIさんあまり思いつめないで下さいね。
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モチモチ
YUKIさんがこんなに感情的になってるなんて。
とにかく落ち着いて下さい。
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通りすがり
はじめてコメントします。
失礼ながら、そういう事はあなたが首を突っ込む事では無いと思います。
警察に任せて下さい。
遺族の皆様はあなた以上に辛い思いをしているのです。
あ
許さないとか言ってるけど、具体的に何をどうするの?
あなたはここで親友の死を書いて、それを悲しむ自分アピールをしてるだけ。
ノラねこ
つり記事乙
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はなこ
急に来た方が心無いコメントをしていますね。
YUKIさんがどんなに優しくて可愛らしい方か、今までの記事をすべて読んでいれば解る事です。
YUKIさん、どうか今はムチャをしないで下さいね。
お腹の赤ちゃんも大事な時期です。
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なんだ、これは……なんなんだ。
美沙が夕貴と親友だった、というのは事実だ。
だが、今回の事で夕貴の異常性を美沙も知り、夕貴に怒りを向けていた。俺にはそう見えていた。
だけど……夕貴を突き落とした俺の事を美沙が心の底では軽蔑していたとしたら?
夕貴が死んだ日、憔悴する俺を抱きしめて一緒に泣いていた夕貴だが、あの涙は、俺にではなく夕貴にだったのだとしたら?
いや……それ以前に、美沙が俺と夕貴が浮気した事を実は知っていたら?
そういえば美沙はブログなど興味が無いといいながら、予約投稿などの事に詳しかった……
このブログを更新しているのは美沙なのか?
だとしても美沙がこのブログを夕貴になりすまして更新している理由は?
親友が残したブログ、そのブログを終わらせてしまう事は美沙にとって夕貴が本当に死んでしまうような気分だったのかもしれない。
だから、記事を更新した。
最初は俺の過ちも一度の事と忘れる気だったのかもしれない。
だが、夕貴の気持ちになってブログを更新している内に、夕貴の事など忘れのうのうと生活する俺に怒りを募らせていたのかもしれない……
ガチャ……
風呂場の戸が開く音、俺は慌ててパソコンを閉じる。
美沙が部屋に戻って来た。
「ごめんね、今日は先にいただいちゃって」
「いや……じゃあ、俺も入ってくるよ」
「うん……」
その時見た美沙の表情はなぜか緊張しているように見えた。
風呂場の戸を閉めるとシャワーの栓を捻り水を出す。
そして、音を出さないように風呂場を出て、洗面所の扉を小さく開ける。
洗面所から体は出さずに首を伸ばし、リビングを覗く。
リビングのドアは一部がガラスになっていて、そこから美沙の姿が見えた。
リビングでは、美沙がノートパソコンの前に座っていた。
真剣な表情でキーを叩いている。
俺は洗面所に体を戻して扉を閉める。そして持ち込んで来た携帯を手に取る。
そこから夕貴のブログにアクセスする。
「え……」
たった今更新されたブログが一番上にあった。
――――――――
【YUKIの徒然】
『今から行動します』
今、あの男の部屋にいます。
あの男は何も反省していない。
親友の命を奪っておいて、毎日反省もせず生きている。
許せない許せない許せない。
ナイフを用意しました。
この後親友の敵を討ちます。
***年*月**日 **:**
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ゾクリとした。
美沙は俺の事を殺す気だ。
俺に対する憎悪を膨らませて、それをいつにするかずっと考えていたのだ。
そして、それを今日に決めた……
珍しく先に風呂に入りたがった事、先ほど見せた緊張した顔つき……
全ての辻褄が合い、背筋がゾクリとした。
この部屋から逃げなくては。
カタ……
「!」
扉のすぐ外で物音がした。
俺はシャワーヘッドを取り外す。それを握りしめて静かに扉の前に立つ。
カサ……
耳を澄ませると扉のすぐ外で確かに人の気配を感じる。
間違いない……美沙は俺が出て来た所をナイフで刺す気だ。
俺は、深呼吸をしてノブを握ると勢いよく扉を開いた。
「きゃ」
やはり美沙は扉の前に居た。
俺を待ち構えていたのだ!意表を突かれた顔で俺を見ている。
そして、はっとした顔で後ろに回していた手を前に突き出す。
その手にはナイフ。
やはりそうだ、美沙は夕貴の敵として俺を殺す気だ。
殺されてたまるか!
俺は被害者だっっ!!
「わぁぁぁぁ!!」
持っていたシャワーヘッドで美沙の顔面を思いっきり殴る。
「きゃぁっ!!」
間髪入れずに頭を殴る。
美沙はその場にしゃがみ込む。
俺は馬乗りになると美沙の頭を顔を殴る。
「仁志!やめて!痛い!!」
美沙は抵抗して暴れる。
俺は手を止めない。
ガッゴッ!
重い音と共に美沙の頭からは血が飛ぶ。
ガッゴッ! ガゴッ! ゴッ!
それは廊下の白いクロスに飛び散り周囲を赤く染めて行く。
「はぁ……はぁ……」
美沙から声も動きも無くなった。
死んだ……俺が殺した……
だが、夕貴の時と同じだ。
これは正当防衛だ。
だって美沙はナイフを持って俺を……
だらりと床に落ちる美沙の手を見る。
その付近にはどこを探してもナイフなど落ちていない。
その代わり何か別の物が落ちている。
それはパーティーでよく使うクラッカーだった。
なぜクラッカー?
風呂から出て来る所を待ち伏せしてナイフで刺すつもりだったのだろう?
そうブログに書いていたじゃないか。
俺は携帯を手に取ると画面をタップする。
血まみれの手で画面を撫でる度に赤い線が画面を汚して行く……
「え?……なんで?……どうして……」
――――――――
【YUKIの徒然】
『殺した』
あの男が恋人を殺した。
シャワーヘッドで何度も何度も殴って殺した。
あの男はやっぱり殺人者だ。
あんな男生きてる資格が無い。
死ぬべきだ。
死ね!
***年*月**日 **:**
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「なんでだよ……美沙は死んだ……なんで更新されてんだよ……」
血にまみれた美沙の目が俺をじっと見ている。
その目は俺にこう言っている……
「う……あ……」
美沙の死体から逃げるようにリビングに行く。
テーブルの上のノートパソコン。
画面が目に入る……そこには、見た事も無いブログが開かれていた。
――――――――
【ミーサの日記】
『サプライズ返し!』
今日は先日の彼からのサプライズのお返しサプライズをします!
1.お風呂から出て来た彼をクラッカーで驚かす!
2.ミーサ特製手作りケーキを二人で食べる!
結果はまた報告します。
***年*月**日 **:**
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テーブルの上にはケーキが置かれている。
「え?……え?……」
手に握る携帯に視線を落とす。
――――――――
【YUKIの徒然】
『』
しねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしね
***年*月**日 **:**
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[ 貴子 ]
『本日未明**のマンション一室で女性と男性の遺体が発見されました。女性は室内で頭を複数回殴られ死亡。男性は飛び降り自殺と見られています。現場の状況から怨恨のもつれを視野に入れ警察の捜査が……』
朝から嫌なニュースだ。
私はテレビの電源を切る。
コーヒーを淹れるとカップを手に持ち貴子の待つダイニングテーブルに向かう。
カタカタカタ
貴子は楽しそうにキーボードを叩いている。
娘の死後、貴子はパソコンに向かう時間が多くなった。
パソコンは娘が使っていたもので、データが入ったままだ。
きっと写真整理などに忙しいのだろう。
「あんなに機械は苦手だって言ってたのに、最近よくパソコンに向かっているな」
「ええ、最近ブログを書いているんですよ」
そう言って笑う。
娘の死後、笑う事の少なくなった彼女だがパソコン画面を見ながら楽しそうに笑う姿を見かける事も多くなった。
外出が多くなったのもパソコンを触り出してからだ。
それまで見なかったような内容の映画を見て来たり。人気のケーキ屋でケーキを買って来て写真を撮ったり。
以前の彼女はしなかった事もするようになった。
「ブログか、楽しそうだな」
「ええ、とても楽しかったわ」
そう言って貴子は笑う。
とても満足そうな笑顔で。
おわり