ドラゴンの召喚
目当ての防壁まで辿り着いてから、タラップを登り防壁の上まで上がる。
ノリトはすぐにバッグを開いて双眼鏡を取り出し、防壁の外の状況を確認し始めた。
「やっぱり見晴らしが良いよね!」
腰に手を当てて、防壁の外に広がる景色を見るスズ。
スーツにばかり目がいっていたが、スズもバッグを背負っている。
「スズのバッグには何が入ってるんだ?」
「ん、お弁当」
「お弁当って…そんなもん背負ってるくせにスキップなんかしたのかよ?」
中身はもうめちゃくちゃだろ…
「へーきへーき、お弁当って言っても乾パンとかの携帯食とお水だもん」
それを聞いたノリトが、珍しくスズを褒める。
「一応俺も持ってきたんだが、少しでも荷物を減らす為にあまり多くは持ってこなかったんだ。
良く気付いたな」
「えへへ♪
ノリトはともかく、カツヤは手ぶらで来るだろうなって思って」
「ああ…そういや食い物持ってきてないの俺だけか…
全然考えてなかった。
ありがとうな、スズ」
素直に感謝したつもりだったが、何故かスズは怒ったようにミコトの方を向いてしまった。
そのスズの顔を見たミコトが、
ガスッ!
いきなり俺の後頭部に飛び蹴りをかましてきた。
「痛えよ…何しやがる」
「おなごにあのような顔をさせるでないわ、たわけ」
(何なんだよ…)
ミコトが怒っている理由が分からず、首を傾げた時にノリトから声がかかる。
「おい、お前らもう少し真面目にやれよ」
「…すまんな」
釈然としないと思いながらも、取り敢えず謝ってこれからの行動について確認する。
「ノリト、ドラゴンの速さは軽く走らせるぐらいでいいからな。
急ぎたい気持ちもあるだろうが、あんまり速いと俺達が掴まっていられない」
「我はドラゴンとやらには乗らんぞ、飛べるからのう」
ミコトの言葉に、ノリトが頷く。
「分かった、好きにしていい。
それじゃあ行くぞ」
ノリトが、防壁の外側にドラゴンを召喚させる為の錠言を呟き始める。
錠言とは、召喚士と召喚獣を繋ぐ為の言葉。
「其の気高き魂の前には、あまねく全てが平伏すであろう…
其の強大な力の前には、何者であろうと立ち塞がる事叶わぬであろう…
汝が契約者の錠言に応え、其の至高なる雄々しき存在を我が前に示せ」
バシュッ…ドドォ…
ノリトの呟きが終わると同時に轟音が響き渡り、防壁の外側にドラゴンがその姿を現した。
防壁の高さは7mあるが、ドラゴンの頭の高さはほとんど変わらない。
ヨーロッパから伝わっている伝承のイメージとあまり変わらないが、翼は無く…その代わりに太い腕が肩からと背中から都合4本生えている。
このドラゴンを初めて見た時に、何故翼が無くて腕が4本も生えているのか分からなかったが、ドラゴンが魔獣と戦ったのを見て分かった。
翼があっても、この身体の大きさではすぐに飛ぶ事はできない。
だから、翼ではなく腕…
無駄を省き、ただ純粋に目の前の敵を屠る為に生まれた存在だと思えた。
ゴゥルルルゥ…
喉を鳴らすドラゴンの顎を撫でながら、ノリトが声を掛ける。
「よし、早く乗れ」
「じゃあ私からね!」
スズが最初にドラゴンの肩に跨り、俺とノリトがそれに続く。
「何処から魔獣が来るか分からない、気を引き締めておくようにな!
行くぞ!」
ノリトの言葉でドラゴンが走り出す。
ドラゴンの足が大地に着くたびに結構な揺れが伝わってくるが、このくらいなら片手でもどうにか掴まっていられるだろう。
「もう少しスピードを上げるか?」
ノリトが聞いてくるが、俺はそれを止める。
「いや、このままでいい。
これ以上の速さになれば、掴まっておくのに余計な体力を使うからな…
さっきも言ったように、都市に入るまでできるだけ体力を残しておきたい」
「ねえ、場所変わってよ。
これじゃ前が見えない!」
「お前がそこに乗ったんだろ?
デカイ頭があるんだから、場所を変わったって…」
スズの文句のおかけで、気付いた事があった。
「前が見えないなら、後ろ向いてろよ」
「ええ!?それじゃつまんない!」
「後ろからも魔獣が来るかもしれないだろ?
シマウマ並の視力を今こそ役立てろよ」
「分かったわよぅ…」
スズは渋々ながらも後ろ向きに体勢をかえた。
ミコトは後ろから飛んで来ていたが、しばらくすると見えないほど高い位置に上がって行った。
どうせ飛ぶなら見晴らしが良い方がいいのだろう。