スパイダーマンかお前は!
翌日の昼休み、ノリトに話があると言われていたから、売店でパンとお茶を買ってから屋上に上がる。
昨日の昼は雨が降っていたが、今日の空には雲はほとんど無い。
「ようこっちだ、ここならもう乾いてるぞ」
先に来ていたノリトが軽く手を上げて俺を呼んだ。
その正面に俺が座ると、さっそく用件を話し始める。
「傷の具合はどうだ?」
「背中と肩と脇腹、昨日18針縫ってもらったばかりにしては、動かしても別に支障はないな。
ただ激痛があるだけで、傷が開いたりする訳じゃねえし」
「相変わらずだなお前も…普通はそれだけの傷があれば学校なんて出ないで部屋で寝てるもんだろ」
「別にさっさと傷を治す必要があるわけじゃなし、安静にしてたって痛みが引くわけでもないからな」
ノリトは呆れたように苦笑する、
「スズのセリフじゃないが、そういう風に考えるのはカツヤだけだぞ。
お前がそんなだから、スズはお前の事を放っておけないんだろ。
そういえば昨日のミコトってのは居ないのか?
朝から見てないが…」
「ああ、アイツなら朝俺が部屋を出る前にどっか行っちまったぞ。
この町の事をもうちょっと詳しく知っておきたい、って言ってたから町からは出てないと思うけどな」
「そうか…昨日の魔獣の事なんだが、お前から話を聞く前…現場を見た時点で気になる事があってな」
眉間にシワを寄せながら言うノリトの言葉で、すぐに内容を察した。
「当ててやろうか?防壁の崩れ方が気に入らねえんだろ?」
「ああ、あの程度のデカさの魔獣じゃ防壁を破る事なんてできないはずだ」
「その通り…防壁が崩れたのは、あの魔獣が実体化した時の衝撃で崩れた」
「やっぱりか、いろいろ考えた中で最悪の答えだ」
ノリトが最悪だと言った理由もすぐに分かった。
昨日魔獣が俺の前に現れた時に、俺が一番に考えたのと同じだからだ。
今まで町の中で魔獣が実体化する事が無かった訳じゃない。
だが、町中で実体化するものと言えば、スズが丸焼きにしたような小さいサイズだけで、それもごくたまにだった。
言い方を変えれば、そういう小型の魔獣しか出現しなかった場所だからこそ町を造る事ができたし、今まで町が続いてきたのだ。
「高さが3m以上もあるような、あんなサイズの魔獣が防壁の内側に現れ始めたって事は、かなりまずいんだろ?」
「ああ、かなりヤバイ」
俺の問いかけに深刻な顔で頷いたノリトは、今のこの町の現状を説明し始めた。
「この町ができてからもう40年以上経ってるわけだが、正直防衛の点から言えば最悪のとこまできてるからな…
町を作り上げる時に居た戦闘向けの召喚士達も、今は2人しか残ってない。
俺を入れても戦力になる召喚士は3人だけだ。
銃も作ってはあるが、あのサイズの魔獣を相手にできる大きさの弾丸を撃てる銃ってのは、この町の技術じゃ無理だ。
だから元々あった物を使うしかないんだが、そんな事じゃ全然数が足りない。
このままじゃ、魔獣との戦闘の度に死者が出るようになってしまう」
「さすが、だてに人間観察なんて訳わからん趣味で散歩してるだけあるな」
「それ褒めてるつもりか?」
「当然だ」
「で、ここからの内容は誰にも言うなよ?
この問題を打開できるかもしれない案がある」
ノリトが頭を突き合わせるように顔を寄せて、声を落とした。
「ここから東に行った所に、都市が有るのは知ってるよな?」
「ああ、お前が小さい頃に住んでたとこだろ?」
ノリトは5年前、その都市から親父さんと一緒にこの町に移り住んで来た。
こんな町よりも遥かに安全で便利な都市から何で出ようとしたのか?
その辺の事情はよく分からなかった。
この町に来てからは、都市から来たよそ者として嫌う者も少なくなかったが、そんな事は俺にとってどうでもよかった。
親父さんは3年前に魔獣からノリトを庇って死んでしまったが、両親の居ない俺やスズとよく遊んでくれたし、ノリトとは今もこうしてつるんでいる。
「その都市にある建物の1つに、魔獣に対抗する為の遺物が保管してある。
【神盧】と呼ばれてる壺だ。
俺の家系はずっとこの遺物の管理を任されてきた。
親父について行ってソレを見た事もあるから、どこの建物に保管してあるかぐらいは覚えてる。
まあ、建物の詳しい構造とかはさすがにおぼえてないがな。
ただ、この遺物に関しては力ずくで獲ってくるしかない。
都市の連中にとっては、これ以上ないほど貴重な宝でもある。
だから、交渉とかしても無駄だ。
で、もしそれを持って来れなくてもそこまで潜り込む事ができれば、大型の魔獣に対抗できるだけの銃器やその設計図を獲って来れる」
「…遺物ねえ…でもそれを獲っちまったら都市の連中が困るんじゃないのか?」
「心配しなくていい、俺があそこを離れる頃にはその遺物を使う必要なんてないくらいに色んな物が進化してたから、もう長い事使ってないって親父が言ってた。
要するに今じゃただ飾ってあるだけの国宝級のお宝ってわけだ」
「へえ…ところでノリト、お前本気で都市に乗り込むつもりなのか?
それってこの町にとっては英雄的な行為でも、都市の連中にしてみればただの強盗だろ?
下手すりゃ俺達は帰って来れないし、もし上手くいったとしても都市の連中と殺し合うのは避けられないぞ?」
「ああ、本気だ。
お前以外には話さない…他の誰かに話しても止められるだけだろうからな…
俺達だけで行く」
珍しくノリトの顔に、絶対に譲らないという意思が浮かんでいる。
「確かにお前は成績も良いし、ドラゴンなんてのを召喚できる最高の召喚士様だけどよ…
本当にお前が本気なら、俺じゃなくて別の奴にするべきだぞ?」
俺は勉強嫌いだから成績も悪いし、召喚士でもない。
だがノリトは首を横に振る。
「お前だからこそ頼んでるんだ。
いくら成績が良い奴らでも、戦力にならないんじゃ話にならない。
それに勉強嫌いで成績が悪くて召喚士でもない普通のお前が、どうして俺やスズと同じ特待生なのか…
それこそお前じゃなきゃ駄目な理由だ」
何故俺達3人が親も保証人も居ないのに、建物を一つ与えられているのか…
3人がそれぞれ別の理由で入学時に特待生になったからだ。
ノリトは中学に上がる前に召喚士としての才能に目覚め、しかもドラゴンという最高クラスの召喚獣を使役できる上に、学力も飛び抜けていたから。
スズは俺から見れば頭と性格に問題有りまくりのように思えるが、その身体能力については頭と同じレベルのバカがつく。
腕力、反射神経、スタミナ等の運動能力から、視力、聴力、骨格形成、骨の強度に至るまで、その全てが常人とは比較にならないほど飛び抜けて優れていたから。
そして俺の場合は、
「この中高一貫校に入る時の戦略戦術試験で、普通なら1時間掛かる最高難度の問題をたった13分で解いた。
だからお前も特待扱いになった。
極めつけは、銃も持たずに白兵戦であの魔獣とやり合うような馬鹿だ。
お前以外にこんな真似は誰にもできない。
これがカツヤ以外は駄目な理由…ただ、帰ってこれる保証は無い」
ノリトの言葉に、俺は深く息をついてから、
「分かった、お前が本気なのはな…
あ〜しかしこれ、スズには言うなよ?」
「行ってくれるのか?
…死ぬかもしれないぞ?」
「行くさ、死んで元々…誰だって死ぬんだ。
ただ遅いか早いかの違いだ」
「すまない」
ノリトは複雑な笑みを浮かべて頭を下げた。
「しかしあれだな、スズに黙って行ったとしても、もしバレたりして後から追っかけて来たり、最悪俺達が帰ってこれなかったら、アイツ黙ってると思うか?」
「そう言われると…」
「黙ってるわけないじゃん!」
その声に俺とノリトが反射的に後ろを振り返ると、屋上のフェンスをスズがよじ登って来ていた。…外側から…
スズはフェンスを乗り越え、トコトコと俺の横まで来てしゃがみ込んで聞いてきた、
「出発はいつにする?」
呆れてものが言えない俺よりは幾分冷静だったノリトが突っ込む、
「どっからよじ登ってきたんだよ?」
「中庭からだよ、2人が話してるのが見えたから気になっちゃって」
「スパイダーマンかお前は!?
普通に階段から来りゃいいだろが」
「だって階段より早いじゃん」
「そういう問題じゃねえだろ…」
「2人共そう言うなら私だって言わせてもらうけど、私にすれば2人が黙って行っちゃう事に比べれば、校舎の壁をクライミングするのなんて問題にすらならないんだけど」
そう言うスズの顔は笑顔なのに、俺とノリトの背中の冷や汗が止まらない…
「まあ、どうしても私を連れて行きたくないって言うんなら、今すぐに全身の骨がバキバキに折れる音を聞いて、都市に行くどころか私の優しい看病無しじゃ御飯も食べられなくなるけど…」
「……町を出るのは1週間後でどうだ?」
「ああ、色々と準備する物もあるしそれでいいだろ。
スズはそれでいいか?」
「うん、いいよ♪
カッコイイ服とか選んで準備しとくから。
都市に行くんだから田舎者だって思われたくないしね」
非力な俺達はスズの脅迫に逆らえず…自然とスズを連れて行くしかなく…ってどうでもいいがスズよ、
田舎者だと思われたくないと思ってる時点で、お前は間違いなく田舎者だぞ!