そうでなくては、我がここにおるものか
自分の部屋に帰り着き、ドアを開けると、
「あ、お帰り♪
ねぇねぇ、どんな本持って帰って…どうしたのそれ!?」
スズが待ち構えていた。
俺が持って帰るはずだった片付けの報酬が気になってたんだろう。
しかし俺の格好を見るなり、飛びかかるような勢いですぐ側まで来ると、俺の怪我を一々触りながら確認し始めた。
「痛えよ…見るだけにしろ。
さっき帰り道で魔獣に出くわしたんだ、んで側に居た先生が怪我して、まあ仕方なく…」
怪我の原因をあらかた説明すると、スズが目を吊り上げて怒ってきた。
「だからってカツヤがこんなになる事ないでしょ!
もしかしたら怪我だけじゃ済まなかったかもしれないのに!」
「まあ、そりゃそうなんだが…
確かに警備兵のおっちゃん達が来るまで逃げ回ってた方が楽っちゃ楽なんだが、もし先生の怪我が酷かったら…って思って。
それなら魔獣を仕留めるか、それができなくても動けなくしてから先生を病院に連れて行った方が早いだろ?」
一応俺なりに弁解してみたが、
「とっさにそんな事考えつくのカツヤだけよ!
いい?
この際だからよく聞きなさい!」
一蹴された上に説教された…
「だいたい、いつもはぼーっとしてるくせに、なんでそんな時だけ逃げる事をしなくなるのよ!
もっと自分を可愛がりなさいよ!」
険しい顔でそれだけ言うと、そのまま部屋を出て行く。
その背中を目で追っていったら、スズと入れ違いにノリトが入って来た。
バンッ!
スズが勢いよくドアを閉める音に首をすくめながら、ノリトが話し掛けてくる。
「アイツ凄い剣幕だったぞ?
今度は何をしでかして…って聞かんでも分かるな。
その怪我、魔獣とやり合ったのはお前だったか」
「耳が早いな…ま、いろいろあってな」
ノリトは俺が話すまでもなく、ある程度の事は知っていた。
趣味の一つに人間観察なんてものが入ってるコイツは、2、3日に1回の頻度で2時間程の散歩をしている。
今日もその途中で警報を聞いて現場に行ってみたら、俺と内村は既にそこには居なくて、魔獣の死骸を片付けているところだったらしい。
「その作業してるおっさんから、魔獣とやり合った馬鹿が居るって聞いたんだ」
「うるせぇ、馬鹿って言うな。
銃も使わずに独りで魔獣とやり合ったんだから、誰か1人ぐらい褒めてくれたって良いだろ?」
俺がそう呟くと同時に、ノリトの後ろで声がした。
「褒めてやってもよい。
が、まあ我を現世に引き摺り出したのならば、あれぐらいの事は当然ではあるがな」
高らかな子供の声と共に、相変わらず腕を組んだ不遜な態度で、何も無い所からミコトが姿を現した。
「うお!
ちょっ…何だよお前!勝手に入ってくるな!」
初めてミコトを目にするノリトは、当然驚いて立ち上がり、ミコトを部屋から追い出そうとした。
「ノリト、いいんだ。
そいつとは知り合いなんだ、つってもさっき顔を合わせたばっかりだけどな」
ノリトに声を掛けて座らせる。
「我を追い出そうとするとは何事か!
こやつはうぬの知己か?」
「ああ、紹介しとくか…俺の側に居るなら知っといた方がいいだろ。
こいつはノリト、お前の言う通り俺のダチだ。
んでこっちがミコト、さっき学校で片付けをしてた時に俺が呼び出しちまったらしい」
学校での事をノリトに話している間、ミコトはウロウロと部屋の中を動き回って色々と物色している。
「なるほどな、だいたい分かった。
カツヤがそれで良いって言うなら俺も別に構わないが、ヤバくなったら直ぐに言えよ。
何しろ召喚獣でも無いんだろ?
俺の方でもいろいろ調べてみるけど、何かヒントになるような事があったら教えてくれ」
「ああ、面倒掛けるな」
「話は終わったか?
ならば我の相手をせい」
部屋を見回るのに飽きたのか、ミコトがドカリと俺の横にあぐらをかいた。
「分かった分かった。
そういえばさっき、あれぐらいはできて当然みたいな事を言ってたが、俺が魔獣とやり合ったのを見てたのか?」
「おお見ておったぞ。
なりふり構わず動くのは、牛若や吉法師と変わらんな」
「誰だそれ?」
「知らぬのか…」
ミコトは顔をしかめた、いや…しかめるというよりは寂しそうに見える。
「なあミコト、一応お前に言っときたい事があるんたが…
あと確認したい事もある」
「何ぞ?言うてみい」
(俺が呼び出して俺の周りに居るというなら、もし俺が居なくなればどうするのか?
そうなれば俺という枷が無くなり、好き勝手暴れ回ったりするのか?)
学校からの帰り道でずっと気になっていた事だ。
取り敢えず、俺の事情から話す事にした。
「俺の寿命はもう尽きてるらしい」
「うぬは灰にならずにここにおるではないか」
ミコトは首を傾げながらそう返した。
「ああいや、言い方が悪かった…
医者の話じゃそう言ってたんだ」
1年前…俺は何の前触れも無く授業中にいきなり倒れた。
直ぐに病院に運ばれたが、原因が分からなかった。
できうる限りの検査が行われ、やがて脳に異常が見つかった。
しかし、それを見つけた医師は何もしようとはしなかった。
別にヤブ医者って訳ではなくて、手の施しようが無かったのだ。
そしてそれを付き添って来ていたスズとノリトにそのまま告げた。
医師としてはどう告げるか迷ったらしいが、スズが強引に聞き出したらしい。
本来ならば死んでいてもおかしくない状態で、そうでなくともこのまま植物人間のようになるというのが医師の判断だった。
しかし、俺は意識を取り戻した。
何がきっかけかは分からないし、たまたま運が良かっただけかもしれないが…
医師達は奇跡だ何だと騒いでいたが、次の日に再び検査をしてその結果に愕然とする。
「脳の異常は何一つ変化しておらず、正直いつ死んでもおかしくない、おそらくはもって1年が限界」
俺はそう告げられた。
それが分かってからの俺は、いつの間にか自然と【生きる】のを諦めた。
この【生きる】ってのは、自らの意思を持ってその意思に沿って行動するって意味だ。
簡単に言うと、目標を持ったり、何か趣味を持ってそれを楽しみに生活したり…要するに、この世界に居たいという執着や願望を持って生きる事。
それをしなくなってからは、何をしててもそこに自分が居るという実感が持てない。
何と言うか…ガラスが一枚あって、その内側から外を見ている感じ…
自分の事は、何をするにしてもどうでもいいと思ってしまう。
俺が事情を話すと、ミコトはただ、
「そうか」
としか言わなかった。別段驚いているわけではない。
「んでだ、もし俺が死んだらお前どうするんだ?」
「ふむ、うぬという媒体が無くなれば、おそらくは2日ほどで我はこの現世にはおれなくなるであろうな」
(取り敢えずの心配は無くなったか…)
そう思って一息ついたところで、
バンッ
部屋のドアが勢いよく開いてスズが戻ってきた。
その手には当然と言うべきか、得体の知れないモノが乗っていた。
「カツヤ、昨日言ってた通りにしてあげたわよ」
自信満々に言いながら、手に持っていたソレをテーブルの上に置いて、包をほどいて見せる。
昨日と違い、ぱっと見にはソレが何であるのか判断できなかったが、よく見ると…
「またヘビモドキの魔獣か?」
俺の問いに対して、スズはフルフルと首を振り、
「モドキじゃなくて、リアルなヘビ!」
「いらねえよ!ってか、よく簡単に見つけるもんだなおめえもよ」
「え〜文句いわないでよ〜せっかく昨日言われた通りにしたんだから」
スズの言う通り、昨日の俺の忠告をきちんと守り、皮を剥いだり血抜きしたりといろいろ改善されている。
だから昨日とは見た目が違い、すぐにはヘビだと分からなかった訳だが、
「昨日も無理やり口に詰め込みやがって、結局皮が硬くて食えたもんじゃなかっただろうがよ」
「だから今日はいろいろ処理してきてあげ…」
スズの言葉が途切れ、少し開いた口をそのままにしてミコトを凝視している。
「…だれこの子…」
「目の前に居たのに今更か?
こいつはミコト。さっき学校で顔を合わせたばっかなんだけど、しばらく俺んとこにおく事になった」
俺の説明を聞いているのかいないのか、視線をミコトから外さないままスズがニヤリと唇を三日月型に歪めた。
「ミコトちゃん、私と遊ばない?」
どうやらミコトの容姿はスズのストライクゾーンを突き抜けたらしい…
スズは昔からカワイイ物に目がない。
例えば昨日言っていたように、コスプレの衣装でゴスロリを選び、それが自分に合わなかったと憤慨するように。
ミコトの顔は、一目では男か女かの区別がつかない中性的で非常に綺麗な顔である。
そしてその姿はぱっと見6歳の子供で、簡単に言えば愛らしく見える。
つまり、綺麗でしかもカワイイ(あくまで見た目は)というのでスズのハートを貫いた。
「スズ、一応言っとくがミコトは人間じゃねえ。
男か女かも分からんしな」
「あ、そ…ミコトちゃん、お風呂に入らない?」
「俺の話全然聞いてねぇな」
「聞いてるわよ、男の子か女の子か分かんないんでしょ?だからお風呂に入って確かめようと思って」
「重要なのはそこじゃねえ…ミコト、風呂って入った事あるか?」
自分の都合の良いようにしか人の話しを解釈しようとしないスズはほっといて、ミコトに顔を向ける。
「湯浴みか?かまわぬぞ…このおなごと湯に入るのであろう?
うぬも共に入るのか?」
「カツヤと一緒に入りたいの?
しょうがないなあ、一緒に入る?」
「アホか、早く行きやがれ」
ニヤニヤと笑うスズを部屋から追い出す。
ミコトは一応の風呂の入り方は分かっているらしく、スズがいちいちアドバイスしながらも風呂を楽しんでいる。
ミコトは体を洗い終わってから湯船につかり、ゆっくりと手足を伸ばしながら、
「スズ、そのしゃんぷーとやらは目にしみるな、
ところで…」
「なに?」
「うぬは、カツヤを好いているのだろう?」
「…ノリトに聞いたの?」
「否、誰に聞かずとも分かる。
カツヤに生きて欲しいのだろう?
少しでも長く共に居たいと思うておるのであろう?
なればこそ、蛇であろうとなんだろうと少しでも精のつきそうな物を食わせようとしておるのではないか?」
「えへへ…バレてたか…」
「カツヤにはその想いは言ってあるのか?」
スズは黙って首を横に振る。
「早く伝えた方が良かろう、人の子の生は短いぞ」
「…ダメ…無理よ…カツヤは、自分にはもうあんまり時間が残されてないって分かってから、変わっちゃったもの…
カツヤはね、生きようとすら思ってないの…
普通の人なら、そんなの考えるまでもない事なのにね…
普通なら、楽しい事を見つけたり、もし苦しい事があっても何とかして生きようとするのに、それができないのよ。
そりゃあ普通に生活してるけど、あれはただ人に言われた事、やらなければいけない事をこなしてるだけ。
多分、学校にも行かなくてよくなって、私やノリトが側に居なくなったとしたら、カツヤ…何もせずに死んじゃう…
人の事を大切にするくせに…
誰かを命懸けで守れるくせに…
自分の事は、して見せてるだけ…本心から自分の為に何かしようなんて、これっぽっちも思ってないの…
困った顔する時も、怒った顔も前とは全然違う…
笑う時なんて…綺麗すぎるの…私の…お父さんが死んだ時と…同じ顔で…カツヤはまだ、生きてるのに…
あの笑顔見ると…カツヤ…消えちゃいそうで…」
顔を覆う事もせず、シャワーを背中に浴びながら涙を溢れさせるスズの顔を、ミコトは黙って自分の肩に押し付けた…
そして、ゆっくりと呟く…
「全く、あやつめ…おなごにここまで想われておるというのに…
しかしの、スズ…案ぜずともよい。
あの男の本質は変わっておらぬ。
…ただ、忘れておるだけよ」
「…わすれてるだけ?」
スズの顔を自分の正面に向けさせて、ミコトは言い切る。
「そうでなくては、我がここにおるものか」